Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第九十六夜/気をつけよ!気をつけよ!~

さて100回までラストスパートと言うことですが、前回宣言したとおりここからまたシリーズもの。実はずっとやりたかったんですが名脇役シリーズです!

アリアをドカンと歌って注目を浴びまくる主役もオペラの世界には大事なのですが、その音楽や演劇の世界をより豊かに、広くするのは、魅力的な脇役たちです。そこをケチるのと、いい人を持ってこれるのではだいぶ公演全体のイメージが変わってきてしまう。
ややっこしいことにここにいい歌手を持ってくるのは大事なんだけれども、必ずしも大物を持ってくればいいかと言うと、また違うもの。いや、もちろんカメオ出演的に大物が出てきたりすればそれはそれで流石なパフォーマンスをして呉れることも多いんですけど、主張が強すぎてしまうこともままあるんですよね^^;
となると、脇役歌手たちの出番になる訳です。

そんな脇の名優たちをこれから4回に亘ってご紹介していきます。

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イーヴォ・ヴィンコ
(Ivo Vinco)
1927~2014
Bass
Italy

綺羅星のようなスターが伊ものを彩っていた時代の、数々の名演を陰に日に支えた、脇役バスきっての名手の1人です。脇役脇役と連呼していますが、実際にはフィリッポや宗教裁判長(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)、ザッカリア(同『ナブッコ』)やアルヴィーゼ(A.ポンキエッリ『ジョコンダ』)といった主役クラスの役も歌っており、そこでも充分な活躍をしていることからも、その実力は伺えるのではないかと思います。

派手さこそあまりありませんでしたが、風格のある厳めしい美声としっかりした歌で舞台をキリッと引き締める、いかにもヴェテランの名優と言った風情があります。バスはチョイ役であっても年長者の役や権力者の多いものですが、そうした役柄を演じても決して物足りなさは感じさせず、むしろ僅かな出番であってもどっしりとした役柄相応の落ち着きと存在感を示して呉れる人と言えるでしょう。

私生活では烈女フィオレンツァ・コッソットの夫君として長く知られており、共演も多いです。今回ご紹介するディスクでもかなりの数一緒に登場していますし、ちょっとほっこりするようなエピソードもあるのですが、晩年に離婚しています。
親族関係だと甥っ子のマルコ・ヴィンコがモーツァルト、ロッシーニ、マイヤベーアなどで現在活躍中、来日もしています。

<ここがすごい!>
ヴィンコを評価しているオペラ聴きに彼のオススメの録音は何かを尋ねたら、多分10人中10人が筆頭に挙げるのがセラフィン盤『イル=トロヴァトーレ』(G.F.F.ヴェルディ)のフェランドでの歌唱ではないかと思います。ここでの歌唱は、本当にもうべらぼうにうまい!この役はギャウロフやトッツィと言った大御所も録音しているのですが彼らを含めても、この役のベストでしょう。そしてそこに、彼の美質と言うのは良く顕れているのではないかと。

『イル=トロヴァトーレ』ではバスが俎上に上ることは殆どありません。歌う量から言っても、主役4役の方が圧倒的に多いですし、彼らに強烈な個性も与えられているからです。しかし一方で、実は開幕第一声(Allerta! Allerta! ―― 気をつけよ!気をつけよ!)を発して観客をオペラの世界にぐっと引きこむのがこの役なら、この異常な物語の背景を伝えるのもこの役で、そういう意味で公演全体の成否を握っているとも言えます。変な話、ここでずっこけてしまうと、その後の主役4人が活かしづらくなってしまう。ヴィンコの声や歌唱には派手さはありませんが、まず緊張感があります。Allerta!の一声で衛兵たちだけではなく、聴衆である我々もまた舞台に気をつけねばならないと感じさせるような力があるのです。次いで口跡の良さがあります。話のうまい人は、その語り口だけでぐっと聴き手を引き寄せてしまいますが、ちょうどそれと同じように、伯爵家の因縁話をぐいぐいと聴かせてしまうのです。そして、歌がうまい。雰囲気だけで誤魔化す訳では決してなく、細かい装飾などをきっちりこなす技術もあり、非常に端正で説得力のある歌。彼のフェランドで聴くことのできるこうした一連の長所を、堅実に安定的にいずれの演奏でも感じさせるのが、ヴィンコの良さであり、プロ根性的なところではないかと思います。チョイ役であってもいい仕事をするんですよね^^

伊人にしてはやや硬さのある声なので、流麗なカンタービレを聴かせるタイプではないのですが、他方でそれによって僅かな出番であっても登場人物の威厳や重量感を増している部分もあるように思います。如何にも峻厳な権力者であったり、尊敬を集める年長者という感じ。そういう意味で声もまた彼の得意とした役柄にあっていたと言いますか、或いは知的な彼のことですから、自分の声の特質をよくわかっていたんだろうなという気もします。

<ここは微妙かも(^^;>
上述もしましたが、実力はあるけれども派手さはありません。また安定感のある実直な歌唱と言うことを裏返すと、大冒険をするタイプではないということにもなります(というか、脇を中心にしている歌手にとってはそうしたことは必ずしも必要ないことですよね)。ドン・バジリオ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)のように大袈裟にやった方が面白い役などでは、やや食い足りなさを感じるときもあります。

<オススメ録音♪>
・フェランド(G.F.F.ヴェルディ『イル=トロヴァトーレ』)
セラフィン指揮/ベルゴンツィ、ステッラ、バスティアニーニ、コッソット共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1962年録音
>好みはあれど不滅の名盤でしょう。この盤の魅力は既にあちこちで語られていますし、ヴィンコの良さについても上述している訳ではありますが^^声の豊かさの面でも最も充実した時期のものですし、録音もgood!渋いながらも筋肉質な美声が、如何にも伯爵麾下の老軍人といった風情があります。バスティアニーニとの声の相性もいいですね、物凄くうまくて存在感もあるんですが、決して主役を喰わない絶妙な匙加減です(これがギャウロフやトッツィだと伯爵より強くなってしまう…というか彼らが出てる音盤の伯爵役がどちらも弱過ぎるという説はあるwそれもかなり有力w)声量もかなりあるので、アズチェーナがひっ立てられるところの裏でのバスティアニーニとの掛け合いも聴き応えバッチリです!フェランドを聴くなら(という聴き方も酔狂だけど)、まずはこれを!

・スパラフチレ(G.F.F.ヴェルディ『リゴレット』)
ガヴァッツェーニ指揮/バスティアニーニ、クラウス、スコット、コッソット共演/フィレンツェ五月音楽祭管弦楽団&合唱団/1960年録音
>筋肉質と上述しましたが、そういうところが活きているのはこちらも。ネーリのような凄みの効いた声の殺し屋ももちろん恐ろしいですが、ヴィンコの場合は精悍でドスが効いた迫力よりも職人気質的なリアリティがあります。渋みのある声は低い音域でもしっかり響き、リゴレットの気持ちを煽るのには充分過ぎるほど。ここでもバスティアニーニやコッソットとの相性は◎です(ただ、彼らがこの役に合っているかと言うと微妙なところはありますが^^;)

・宗教裁判長(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)
サンティーニ指揮/クリストフ、ラボー、ステッラ、バスティアニーニ、コッソット、マッダレーナ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1961年録音
>スカラ座不滅の名盤ですね。彼の演じているものの中では主役級の役どころのひとつでしょう。彼の厳しい声が役柄と非常に合致していて、派手なことをしている訳ではないのですが非常に説得力がある演奏になっています。ネーリやタルヴェラと言ったこの役であたりを取った人たちはかなり力で押していく人が多いように思いますが、むしろここで聴かれる彼の歌で印象に残るのは、その歌唱の丁寧さや正確さで、装飾なども実にきっちりと歌っています。ヴェルディが書いたとおりに歌うことで得られる効果を知ることができる点でも貴重でしょう。かなりエモーショナルに歌うクリストフとも好対照です。その他のメンバーもこの作品の一つの範足りうる見事な歌唱!必携の録音でしょう。

・オロヴェーゾ(V.ベッリーニ『ノルマ』)
デ=ファブリティース指揮/ゲンジェル、コッソット、リマリッリ共演/ボローニャ市立劇場管弦楽団&合唱団/1966年録音
>これはメジャーではないですが、数あるノルマの中でも指折りの超名演と言っていいと思います!ここでも雰囲気作りの達人ヴィンコが冒頭から威厳たっぷりの堂々たる歌唱で盛り上げています。またライヴと言うこともあってか、長老としてのどっしりとした存在感に加えてやや荒々しい表情付けになっているのですが、これがローマ帝国に虐げられた異教徒の長という感じを実によく引き出しています。この演奏、このあと出てくるゲンジェル、コッソット、リマリッリの3人もやや異常なテンションの高さで切り結んでいくのですが、そうした熱演の下地を作っていると言ってもいいのではないかと^^大推薦盤です!

・ザッカリア(G.F.F.ヴェルディ『ナブッコ』)
バルトレッティ指揮/バスティアニーニ、パルット、オットリーニ、ロータ共演/フィレンツェ五月祭管弦楽団&合唱団/1961年録音
>これもまた彼にしては大きな役ですが、その実力を遺憾なく発揮しているものではないかと。重心の低い力強い声が、民衆を導く宗教的指導者と言う役柄にも似合っていますし、異教の王への怒りをかなり直截に荒々しく表現する一方で、静謐な祈りは敬虔でストイックな空気に満たされていて、彼のいろいろな芝居を楽しめる代物でもあります。共演は必ずしもベストではない印象で、中でもパルットがいまいちなのが痛い。バスティアニーニの男らしいナブッコは魅力的ですが、ライヴ的な瑕はやや多いか。ないものねだりですが、円熟を迎えてからの歌唱があったらどれだけ素晴らしかっただろうと思ってしまいます。。。アリアのない役ですがイズマエーレのオットリーニがハリのある美声で聴かせます。

・バルダッサーレ(G.ドニゼッティ『ラ=ファヴォリータ』)
グラチス指揮/コッソット、アラガル、コルツァーニ共演/トリノ王立歌劇場管弦楽団&合唱団/1968年録音
>こちらも名演。彼の辛口の声と歌い回しが、息子に、王に、王の妾にと各方面に怒りまくっているこの権力者の姿をよく表していて、特に2幕フィナーレの衆人の目の前で王の態度をなじるところなど鳥肌が立つような迫力があります。最低音域のパートでもあり、実際の権勢を握っている役柄でもある訳ですが、そこをしっかり決めて呉れているので演奏そのものも引き締まった感じがします。若いパワーに溢れたコッソットと瑞々しいアラガルに、録音の少ない名手コルツァーニと共演も聴き逃せません。

・アルヴィーゼ・バドエロ(A.ポンキエッリ『ジョコンダ』)
ヴォットー指揮/カラス、フェラーロ、カプッチッリ、コッソット共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1959年録音
>カラスの新しい方のジョコンダですが、こちらもまた役者が揃っています。ここでも権力者ではあるものの、思いどおりにならない男の憤懣やるかたなさみたいな感じが顕わになっていて秀逸。頑固で冷酷な人物をよく描いていて、妻の死体の横でいけしゃあしゃあと華やかな宴を開いてしまうところなどもリアルに感じられます。カラスがここでもまたドラマティックな歌唱を披露している他、若きカプッチッリののびやかな美声が見事なバルナバ、キレッキレなコッソットなど聴きどころには事欠きません。これまた録音の少ないフェラーロも程よくリリカル程よくロブストでこの役柄にあった理想的な歌唱。名盤です。

・ライモンド・ビデベント(G.ドニゼッティ『ランメルモールのルチア』)
サンツォーニョ指揮/スコット、ディ=ステファノ、バスティアニーニ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1959年録音
>慣習的なあるものの、個人的には低音陣に魅力を感じる音盤です。いやスコットもディ=ステファノもいいんですが、彼女らについてはもっと出来のいい別の音源があるし、というところ。ここまでのところはどちらかというと怒り狂っているようなレパートリーが並んでいましたが笑、こうした優しい役でも滋味のある歌唱を遺しています。この役はギャウロフやシエピ、レイミーと言った大物が演じても説得力のある所ではあるのですが、ヴィンコが演じると或意味でフェランドなどと同じように、控えめながら言うべきことはしっかり言う忠臣というような人物像が見えてきます。2部1幕のフィナーレの仲裁には説得力がありますし、ルチアの発狂を嘆く場面も強く訴えかけるもの。そして彼が仕えるのがここでもまたバスティアニーニ!おそらく数あるエンリーコの中でも最も気品ある貴族的なものでしょう。嫌な奴なんですが、兎に角カッコいい!

・コッリーネ(G.プッチーニ『ラ=ボエーム』)
フォン=カラヤン指揮/フレーニ、G.ライモンディ、パネライ、ギューデン、タッデイ共演/ヴィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1963年録音
>こちらもまた名脇役ヴィンコの持ち味に合った役だと言えるでしょう。見せ場の小さなアリアが印象的で有名な役ではあるのですが、実演では若者たちのアンサンブルでの出番が中心になってきます。主役の面々を立てつつ、出過ぎず埋もれず自分の仕事を自分の流儀できっちりやるというのは、アンサンブルが多い演目では重要ではありますが、一方で難しくもあります。ここでの彼はそういう匙加減が絶妙です^^共演陣も理想的!(何度聴いてもショーナルにタッデイでびっくりするw)

・バルトロ(W.A.モーツァルト『フィガロの結婚』)
ジュリーニ指揮/タッデイ、モッフォ、ヴェヒター、シュヴァルツコップフ、コッソット、カプッチッリ共演/フィルハーモニア管弦楽団&合唱団/1959年録音
>最後に毛色の違うものをひとつ。伊ものの重たい演目でのバイプレーヤーというイメージが強い彼ですが、こんなものも遺しています。そしてこれがまた面白い!コレナのような如何にもブッフォでもなければ、モルのようなモーツァルト流儀と言う訳でもないんですけれども、絶妙に人間臭いバルトロ。フィガロへの復讐を熱く語れば語るほど、「うまくいきませーんよー」というオーラが漂ってきます笑。それでも不思議と嫌みのない、飽きの来ない、そんな人物に仕上がっています。こちらも共演が豪華ですがベストは伯爵夫人でしょう。カプッチッリのアントニオはやたら声が輝かしくて笑えますww
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