Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第九十八夜/第3の低音~

脇役シリーズ3人目。
この人は一般的に物凄く知名度がある人ではないだと思うのですが、個人的に結構好きな声で音源をかき集めている人の1人です(意外とギャウロフだけじゃなくていろんな人の音源を集めてるんですよ!笑)

Clabassi.jpg
Enrico VIII (Donizetti)

プリニオ・クラバッシ
(Plinio Clabassi)
1920~1984
Bass
Italy

知名度がある人ではないとは言いましたが、日本ではあのNHKイタリア・オペラで来日しており、伝説的と言われているような公演にも登場しているので、全く無名ではないかと思います。また、探してみるとプローチダ(G.F.F.ヴェルディ『シチリアの晩禱』)やアルヴィーゼ(A.ポンキエッリ『ジョコンダ』)、エンリーコ8世(G.ドニゼッティ『アンナ・ボレーナ』)など大きな役でも録音を遺していますし、オールスターキャストと言うべき『イル=トロヴァトーレ』(G.F.F.ヴェルディ)の映像でもフェランドを務めているなど活躍をしており、少なからずその実力を評価されていたと言って良さそうです。

とは言え脇での渋い仕事で絶妙な仕事をしている印象の強い人です。特にバリトンやバスが複数いる演目で第2バス、第3バスとして登場したときの存在感は素晴らしく、彼にしか出せない味わいがあります。イマイチな歌手が歌うと第1バス、場合によっては第2バスにも隠れてしまうような役であっても、しっかりキャラクターを出して呉れることもあって、ロッシ=レメーニやクリストフ、ザッカリア、ネーリなど有名バスとの共演も多く、重宝されていたことが良くわかります。

プライヴェートでは、往年の名テノール、ベニャミーノ・ジーリの娘のソプラノ歌手リナ・ジーリの夫君。歌手ファミリーですね^^

<ここがすごい!>
物語に於いて要石の役割をしている役、要役と言うべきものがあるかと思います。詳しく言うと、出番は必ずしも多くないけれども、その言動が物語を大きく動かしたり、主人公に大きな影響を与えたりするような役をイメージしています。映画などでは時としてカメオ出演的に大物が演じたりする、アレです。オペラの世界でもそういう役はあって、例えばそれはリゴレットに呪詛をかけるモンテローネ伯爵(G.F.F.ヴェルディ『リゴレット』)であり、行き詰まった物語の終結に突如現れるカルロ5世の亡霊(同『ドン・カルロ』)であり、悪代官の怒りを買って犠牲となる長老メルクタール(G.ロッシーニ『グリエルモ・テル』)である訳です。こうしたところで最も力を発揮するのが、誰あろうクラバッシなのです。それこそ上記の役は全て録音しています。モンテローネ伯爵に至っては少なくとも3つも!メルセデスで鳴らしたベルビエを以前ご紹介しましたが、それと同じような或種の貫禄さえ感じさせます(笑)

脇での活躍が多かったとはいえ、どっしりとした安定感のある響きの重厚な美声。ややくぐもったような感じはあるのですが、彼一流のゴツゴツとした歌いぶりと相俟って独特な魅力を作り出しています。
歌に於いては「流麗とした」とか「なめらかな」みたいなことが良く高い評価を得ますが、必ずしもいつもそういうものばかりが優れているとは私個人としては思っていません。様々な人がさまざまな表現をすることで歌の世界は広がりますし、特にオペラのようにドラマの要素があるものの場合、歌いぶりに個性があることがプラスに働く場合も多い。クラバッシのゴツゴツした歌はそういう面で非常にいい個性を持っていて、僅かな登場場面であっても役柄を印象的なものにすることができると言っていいでしょう。或時には剛毅で力強い人物、また或時にはどこか不器用さの漂う人物、別の時には超然とした人物、悪役、頑固者、老人……等など。暴君のことばはより頑迷で峻厳なものとして響き、呪いの歌はより強烈な異質感を伴って観客の耳に残ります。だからこそ、大きくはなかったとしても要役での起用が増えるのだろうと思うのです。第3の男のスペシャリストには、それ相応の理由があるのです。

基本的にはシリアスな演目での起用が多い人ではありますが、コミカルな役柄でも藝達者なところを聴かせます。もう少しこっちの路線も残して呉れたらなあと思うところで、バルトロ(W.A.モーツァルト『フィガロの結婚』)とか歌ったら結構面白かったんじゃないかしら。

<ここは微妙かも(^^;>
脇役を中心に大役まで器用にこなしていく彼ですが、上述したゴツゴツした歌い回しがあまりあっていない曲、もっというとたっぷりとしたカンタービレを優雅に聴かせて欲しい曲とかでは、ちょっと不満が残るかも。また、ヴィンコと同じく大冒険はしないので、そういうのが聴きたいとなると、物足りなさは出てしまうと思います。

<オススメ録音♪>
・修道士(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)
サンティーニ指揮/クリストフ、フィリッペスキ、ステッラ、ゴッビ、ニコライ、ネーリ共演/ローマ歌劇場管弦楽団&合唱団/1954年録音
・フィリッポ2世(同上)
ヴェルキ指揮/NHK交響楽団/1959年録音
>修道士役で録音しているものはやはり不滅の名盤でしょう。特に男声低音がこれだけ充実している録音はそうそうありません(ゴッビはロドリーゴには異質ではあるけれども)。上述の通り修道士は出番こそ少ないものの、カルロ5世の亡霊でもあり、要役というべき非常に重要な役で、まさにクラバッシの本領が発揮できる役です。果たして少なからぬ大物も録音しているこの役ではありますが、個人的にはベストの歌唱だと思っています。彼らしい厳しい、辛口の歌いくちが、この世ならざる超然たるものとして、この悲劇を引き締めてくれています。諦念が感じられるような、祈りのような旋律が実に似合っていて、沁みます。この録音ではクリストフとネーリといういずれも馬力のあるバスが共演していますが、彼らと同じ演奏で登場してこれだけ説得力のある修道士ができる人は、まずいないといっていいと思います。この修道士のイメージが強い彼ですが、実はNHKイタリア・オペラの際のガラでフィリッポ2世のアリアを歌っています。彼がここまでの大役を歌った記録はおそらく他にはないと思いますがこの歌唱単体を取り出すなら、かなり完成度が高いように思います。脇の歌手として少なからぬ舞台に立っていたからこそ出せる味わいと言いますか、しっとりとした悲哀の感じられる歌。実力の高さを改めて知ることができます。

・モンテローネ伯爵(G.F.F.ヴェルディ『リゴレット』)
セラフィン指揮/ゴッビ、デ=ステファノ、カラス、ザッカリア、ラッザーニ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1955年録音
>この役はいくつか録音していて、いずれも存在感のある歌唱を発揮していますが、手に入りやすいのはやはりこの音源でしょうか。この作品、悪役は公爵のイメージがありますが、ヴェルディはそもそもこの作品に『呪い』という題名をつけたかったという話もあり、リゴレットを苦しめる呪いをかけた本人は誰あろうこの役、そしてリゴレットを復讐に駆り立てる直接のきっかけになっているのもこの役なので、しょぼいとがっかりなのであります。クラバッシは例えばモルやペトロフのような凄まじい声という訳ではありませんが(むしろこの2人がこの役を録音しているのがびっくりなんですが)、ここでもそのごつごつした美声をたっぷりと鳴らして荒々しい歌を作っていて、伯爵の怒りの大きさを感じさせます。声量もしっかりあるので、1幕のアンサンブルのような込み入ったところでもずっしりと呪いが聴こえてくるのは爽快なほど。このぐらいやってくれるとぐっと緊張感が増します。

・長老メルクタール(G.ロッシーニ『グリエルモ・テル』)
ロッシ指揮/タッデイ、フィリッペスキ、カルテリ、コレナ、トッツィ、シュッティ、パーチェ共演/トリノ・イタリア放送交響楽団 &合唱団/1952年録音
>これは隠れ名盤と言っていいと思います。タッデイほか主要キャストがこれだけ揃っているとこの大作の聴き映えも一際増します^^メルクタールは1幕の最後に引っ立てられ、2幕の3重唱で処刑されたことが示唆されるので出番こそあまりありませんが、彼が尊敬されているからこそスイス人たちの怒りがいや増すわけですから、相応の重みが必要です。ここでは長老としてのずしりとした重みのある声と歌い口がお見事。1幕フィナーレでもはっきりメルクタールのパートが聴こえてきます(意外とここまで聴こえてくるのは少ないかも)。引っ立てられる前に切る見栄もばっちり決まっています。

・埃国王(G.F.F.ヴェルディ『アイーダ』)
ショルティ指揮/L.プライス、ヴィッカーズ、ゴール、メリル、トッツィ共演/ローマ歌劇場管弦楽団&合唱団/1961年録音
>こちらもこれまで何度も登場してきている癖のある名盤ですね笑。この作品そもそも男声低音にはそんなにスポットが当たっていない上に、同じバスでもランフィスの方がキャラクターが強くて影が薄くなりがちなのですが、彼らしい仕事ぶりでキャラクターをはっきり出しています。ここではいかにも豪儀そうで、自信満々の王様。ラダメスが娘との結婚を望んでいないことなど全くお構いなしという感じがよく出ています。冷徹な政治家らしいトッツィのランフィスとの性格の違いが出ているのも◎

・オジリーデ(G.ロッシーニ『モゼ』)
セラフィン指揮/ロッシ=レメーニ、タッデイ、フィリッペスキ、マンチーニ、デ=パルマ共演/ナポリ・サン・カルロ劇場管弦楽団&合唱団/1956年録音
>埃国ものでもう1個。ここでもまた第3バス、大臣オジリーデを演じています。またしても歌う場面はあまり多くありませんが、今度は上述の録音でトッツィが演じていたような、国王に忠実で異教徒に冷酷な神官という人物像を作り上げています。実に憎々しいまでの悪役ぶりですし、ロッシ=レメーニやタッデイと伍しても堂々たる声で脇ではありますが重厚な存在として光を放っています。古い録音なのでロッシーニ・ルネサンス以降のような軽さはありませんが、セラフィンの指揮は上々ですし、この時代のロッシーニの演奏として楽しめるものだと思います。

・アドルフォ(F.シューベルト『アルフォンソとエストレッラ』)
サンツォーニョ指揮/アルヴァ、ダンコ、パネライ、ボッリエッロ共演/ミラノRAI管弦楽団&合唱団/1956年録音
>伊語版。真面目なシューベルト・ファンの人たちが眉を顰めそうな気がしますが、この手のものの中ではかなり優秀な演奏だと思います。全体に伊的な仕上げになったことで、歌曲の連続のようであった元の作品がぐっとオペラらしくなっています。アドルフォはパート的には第3バスだと思うのですが、エストレッラに関係を迫ったりマウガレートを唆したり、或いは反乱を企てたりと実質的な悪役でかなり活躍します。クラバッシはこの役をかなり性格的に歌い上げていて、例えば合唱と絡むアリア(と言っていいと思う)では黒幕らしいオーラが実によく出ていて◎重唱部分でもかなり辛口な表現で、物語を盛り上げています。或意味で彼の歌が一番聴ける録音かも笑。共演陣も優れています。

・ドン・バジリオ(G.パイジェッロ『セビリャの理髪師』)
ファザーノ指揮/ブルスカンティーニ、ミシアーノ、ツィーリオ、バディオーリ共演/ヴィルトゥオージ・ディ・ローマ合奏団&コレギウム・ムジクム・イタリウム/1970年録音
>これは来日公演の映像があるのですが、すみません全部観られていません^^;ただ、ロッシーニではなくパイジェッロの方のセビリャの映像ですし、日本語字幕もありますから結構貴重且つ有意義な音盤かと。動くクラバッシが見られるという意味でも、我々にとっては非常に有意義です!(←我々誰だよ!)更に言うと意外と少ない彼のコミカル路線の録音です。この時代の作品を歌うにしてはかなり声が重いとは思うのですが、思いのほかフットワークが軽く口跡も見事でうきうきと聴けます。後半の高速アンサンブルでの早口もお手のもの。ロッシーニのバジリオも残してくれればよかったのに!笑

・コッリーネ(G.プッチーニ『ラ=ボエーム』)
モレッリ伴奏/1954年録音?
>彼のこの役は大変完成度が高かったそうなのですが――そしてそれもまた然りと思えるところなのですが――、残念ながら全曲はまだゲットできておらず。しかしここでのピアノ伴奏で聴ける外套の唄ひとつとっても、非常に味わい深い歌です。わずか1分少々の短い歌の中に、しみじみとした哀惜の念とコッリーネの優しい人柄とが凝縮されています。この演奏が入っているアリア集は言わば名唱撰、ここでご紹介している他の歌唱も入っているため、彼の藝をコンパクトに知ることができてありがたい代物です。とはいえこのCDそのものの非常に入手が難しいのですが……

・モチェニーゴ(G.ドニゼッティ『カテリーナ・コルナーロ』)
チラーリオ指揮/ゲンジェル、アラガル、ブルゾン共演/聖カルロ・ナポリ劇場管弦楽団&合唱団/1972年録音
>珍しい演目の音源ですが、実力の高いメンバーが揃った充実した公演です。モチェニーゴはヴェネツィアの貴族で、キプロスを思いのままとすべく陰謀を企てる、実に陰湿な悪役です(笑)が、ここでも彼の独特の歌いくちがぴったり来ていて、強権的で悪辣な人物を大変リアルに造形しています。かなりドラマティックな表現をしていますが、未完の『アルバ公』を除くとドニゼッティの最後の作品ということもあってか違和感なく、むしろ効果的に聞こえるように思います。カテリーナはじめ主人公たちはこんなやつに人生狂わされるのかと思わせる一方で、悪の魅力もしっかりと湛えているあたり流石名優と唸らされるところ。

・ライモンド・ビデベント(G.ドニゼッティ『ランメルモールのルチア』)
バルトレッティ指揮/スコット、ベルゴンツィ、ザナージ共演/NHK交響楽団&東京放送合唱団/1967年録音
>NHKイタオペの伝説的名演のひとつ。重厚な美声でこのメンバーの中でも主役の一人として十二分に実力を発揮できることがよくわかります。どっしりした声も相俟って、彼のライモンドはルチアの側に立って彼女を心配する養育係というよりは、ルチアの周りの大人代表というのがふさわしいような威厳と安定感をもったキャラクターになっているように思います。仲裁の部分も、両者納得して引き下がるのがよくわかるというところ。折角ならばアリアも歌えばよかったのにというのは、ないものねだりでしょうか。

・アルヴィーゼ・バドエロ(A.ポンキエッリ『ジョコンダ』)
プレヴィターリ指揮/ミラノフ、ディ=ステファノ、ウォーレン、エリアス共演/ローマ聖チェチリア音楽院管弦楽団&合唱団/1957年録音
>ちょっと意表を突くメンバーですが、Deccaのスタジオ録音です。そして各々のキャストが非常に役にハマっていて、マイナーな音盤ながら個人的にはかなり好きなジョコンダ。彼はいつもながらの荒削りな歌唱で、頑固でプライドの高そうな権力者の人物像を作り上げています。アリアが出色で、苦虫を噛み潰したような顔が目に浮かぶようです。また、ラウラに死を迫る場面は大変迫力があって、これなら確かに家の名誉の方が人の死よりも大きいと考えていそうだなという感じ。渋みのある存在感が演奏全体の印象を盛り立てています。

・フェランド(G.F.F.ヴェルディ『イル=トロヴァトーレ』)
プレヴィターリ指揮/デル=モナコ、ゲンジェル、バスティアニーニ、バルビエーリ共演/RAIミラノ交響楽団&合唱団/1957年録音
>RAIのオペラ映画の音源。映画版なので、ちょこまかと細かいカットが入っています。デル=モナコのノリが今一つ悪いが、放送音源にもかかわらず全体にしっかりイタオペした佳演。ここでの彼は無骨な軍人らしさがよく出ていてこれもまた秀逸。伯爵の第一の部下であることもしっくりくるし、軍団から昔語りをせがまれる、或る種の人望的なものも滲み出ているように思います。先程来たびたび述べているように声量もあるので、アズチェーナを引っ立てる場面のアンサンブルもしっかり聴こえてきてよいです。

・ジョヴァンニ・ダ=プローチダ(G.F.F.ヴェルディ『シチリアの晩禱』)
ヴォットー指揮/プロッティ、フェラーロ、ロベルティ共演/トリエステ・ヴェルディ劇場管弦楽団&合唱団 /1959年録音
>録音に恵まれなかったメンバーが揃ったライヴ音源で、カットこそ多いもののかなりホットな演奏が繰り広げられていてオススメ。共演のフェラーロとプロッティがそれぞれかなり高い音を朗々と鳴らしていてゾクゾクします。さてそんな中でクラバッシは、他の人物の心の揺らぎなどよそにひたすら革命に邁進していく実在の英雄プローチダを演じています。ここでもまた全体に渋みの効いた精悍で厳しい人物を構築する一方、有名なアリアで歌われる故国愛は真実味に満ちており、感銘を受けます。最後にはアッリーゴたちを追いやってしまうものの、本来は高潔な人物であることが感じられるパフォーマンスです。

・エンリーコ8世(G.ドニゼッティ『アンナ・ボレーナ』)
ガヴァッツェーニ指揮/ゲンジェル、シミオナート、ベルトッチ共演/RAIミラノ交響楽団&合唱団/1958年録音
>あの凄まじいカラスのライヴの裏音源と言いますか、同じくガヴァッツェーニの采配と楽譜により、シミオナート以外の面々を入れ替えての放送音源です。クラバッシはカラスの方ではロシュフォール卿を演じていて、そこでも第3の男らしいアシストをしているのですが、ことこの演目に関してはエンリーコの方がいいと思います。国王らしい品格のある充実した声を持ち合わせている一方で、逆らう者は一切赦さないやや狂信的なまでの強い意志を感じさせます。アンナに対する恐ろしいまでの冷酷さが非常にリアルに歌われていて、嫌な男だと思う以上に恐ろしさが印象に残ります。生涯に妃を何人も取り替えたヘンリー8世という人を考えると、これは大変な説得力ではないかと。シミオナートのこの役をまともな音質で聴けることもラッキーですし、ゲンジェルがスタジオで録音したものという意味でも貴重です。
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