Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第百二夜/知られざる実力者~

100回を迎えたことですし、ちょっと最初の頃のように各パート1人ずつご紹介するスタイルに戻ってみようかなと思います^^
前回はソプラノでしたので、今回はメゾをご紹介しましょう。

Diadkova.jpg

ラリッサ・ジャチコーヴァ
(ラリッサ・ディアドコーヴァ、ラリッサ・ジャジコ―ヴァ)

(Larissa Diadkova, Лариса Ивановна Дядькова)
1954~
Alto, Mezzo Soprano
Russia

再び露国の名手を。
彼女もまたゲルギエフの手兵として長くマリインスキーを支えてきた大ヴェテランです。以前ご紹介した範囲からだと、プチーリンやアレクサーシキン、それにプルージュニコフといった面々との録音が多いですね。ネトレプコとの共演もあります。
マリインスキーで活躍したメンバーの中では比較的西欧での録音も多く、アバドやパッパーノの指揮で伊ものにも登場しており、いずれも高い評価を得ています。サン・カルロ劇場の引越公演で一緒に来日した際には、迫力ある声でアズチェーナ(G.F.F.ヴェルディ『イル=トロヴァトーレ』)を演じて話題になったようです(あのころはまだ金欠学生だったからなあ……金欠はいまも変わらないけど^^;)。

とは言え後輩のボロディナなどに較べるとまだ国際的な活躍は少ないですし、アリア集などを出している訳でもないので、知名度が高い歌手とは言えないかなと思います。彼女ぐらい実力があれば、今だったらライヴ・ヴューイングに出演したりして話題になっただろうという気がします。美人とは言いませんが、独特の中性的な顔つきで舞台上での存在感もありますし。

名前の日本語表記の安定しないオペラ歌手と言えば以前ご紹介した土国のプリマ・ドンナ、ゲンジェルが代表選手ですが、このジャチコーヴァも負けず劣らずで、見る資料見る資料名前が違うんじゃないの?と思うくらいです^^;困ったことに彼女の出演する録音を数多く出しているPHILIPSの日本盤でも音源によって表記がまちまちで、混乱に拍車をかけています。英語の綴りを見ると確かに「ディアドコーヴァ」に読めてしまうのですが、露語の標記的には「ジャチコーヴァ」と読むのが一番よいように思います。

<ここがすごい!>
露国のメゾはいい人がたくさんいて、このシリーズでもこれまでにアルヒーポヴァ、オブラスツォヴァ、それにドマシェンコをご紹介してきました。それぞれ個性のある声の人たちではありますが、いずれも重厚で深みのある、ちょっとアクを感じさせる響きの声でした。それがざっくり言えばアルヒーポヴァなら土臭さに、オブラスツォヴァなら迫力に、ドマシェンコなら色気に繋がっていた訳です。
ジャチコーヴァもまた深くて豊かな響きの声です。アルトと言ってもいいでしょう。しかし、彼女の声にはアクをそれほど感じません。むしろすっきりとした、クリアな響きにこそ魅力があるということができるように思います。水の澄んだ、しかし底が見えないぐらい深い淵のような、透明感のある真っ直ぐな深さ、とでもいいましょうか。そしてその声質のまま低い方からかなりの高い音までスカッと声を飛ばすことができます。広い音域を均質な美しい響きで鳴らすことができる、というのは基本的なことのように思われますが、実現するのは難しいことで、その点からだけでも彼女の実力の高さが窺えます。

そういった響きの声だからでしょう。彼女のレパートリーを見てみると確かに露ものらしいものなのですが、露もののメゾと言ってぱっと思いつくような情念の塊をどろどろと描くようなものとはちょっと傾向が違います。その適性がよく発揮されているのは、特にラトミール(М.И.グリンカ『ルスランとリュドミラ』) やニェジャータ(Н.А.リムスキー=コルサコフ『サトコ』)といったズボン役だと思います。寡聞にして未だ鑑賞していないのですが、『ボリス・ゴドゥノフ』(М.П.ムソルグスキー)の映像で、後輩のボロディナが貴族の娘マリーナを演じているのに対し、彼女が皇太子フョードルとして共演しているものがあることなどは、ひとつ象徴的な例だということができるかもしれません。端正で凛々しい、若い騎士を思わせるような声と、スタイリッシュでべたべたし過ぎないきりっとした歌い口。そう考えて改めて聴いてみると、演目こそ全く違えど例えばホーンやラーモアのような男役で定評のあるメゾたちとどこか似た印象を受けるように思います。個人的にはヴァーニャ(М.И.グリンカ『イヴァン・スサーニン』) は最高なんじゃないかと思うのですが、残念ながら録音はないようです。

ただ、だからと言って女の情念みたいなものを歌いあげるのは苦手かと言えばそんなことはないのが、彼女の凄いところでもあります。お国もので行くならば、マイナーながらカシチェヴナ(Н.А.リムスキー=コルサコフ『不死身のカシェイ』)では色気のあるエキゾチックな歌が印象に残ります。変にべたべたした表現にしていないことで、むしろ若い女性の活き活きとしたキャラクターが感じられるのです。そして――実はこれこそが彼女の代表盤になるかもしれませんが――、パッパーノ盤でのアズチェーナ!(G.F.F.ヴェルディ『イル=トロヴァトーレ』)ここではいつもながらのクリアで音域の広さを感じさせるスッキリとした声でありながらも、伊的なパッションと迫力を感じさせて演奏に彩りを添えています。この演奏そのものが現代的でフレッシュなものだからこそ彼女が活きているということは言えると思いますが、これはこれで見事なもの。この演奏での世界観を維持しつつ、真の主役が誰なのかをわからせて呉れるパフォーマンスになっており、彼女の知的なセンスを感じさせます。

<ここは微妙かも(^^;>
声もよし、歌もよし、舞台センスもあるとどの録音を聴いても悪いところのおよそない人なんで、微妙どころを述べるのも難しいです^^;
ただ、常に平均以上のパフォーマンスをしてくれるし非常によく頭を使った歌唱をしている一方で、ものすごく強烈な個性を押しだしたり熱狂的な表現をするタイプではないので、人によるとちょっと醒めた印象と言うか、優等生的だなあと思われる方もいるかもしれません。上述のとおり、それこそが彼女の持ち味でもあるので、如何ともしがたいところではありますが。

<オススメ録音♪>
・ラトミール(М.И.グリンカ『ルスランとリュドミラ』)
ゲルギエフ指揮/オグノヴィエンコ、ネトレプコ、ベズズベンコフ、ゴルチャコーヴァ、プルージュニコフ、キット共演/サンクトペテルブルク・マリインスキー劇場管弦楽団&合唱団/1995年録音
>超名盤。彼女の録音で印象的なものを1つ選べと言われたら、僕はこれかなと思います。ゲルギエフの指揮も、ネトレプコやオグノヴィエンコといった共演も非常に優れていますし、彼女の美質もとてもよく出た演奏です。硬質ですっきりとした、しかし響きの豊かな美声は、リュドミラを救いに向かう騎士の1人に相応しい凛々しい印象です。特に1幕フィナーレのアンサンブルでの勢いのある歌いぶりはお見事。もちろん3幕の大きなアリアでのロマンティックな歌い口も素晴らしいです。この役かなり出番が多いのですが、全曲に亘ってしっかりとした存在感を感じさせる歌唱で、もしこれでルスランがしょぼい人だったらどっちが主役だかわからなくなりそうなくらいです笑。実際にはオグノヴィエンコが、往年のペトロフやネステレンコに負けない充実した歌唱なので、当初はルスランと対立し、やがて友情を育む頼りになる友人としての、説得力のある人物像を築き上げています。

・リュボフィ(П.И.チャイコフスキー『マゼッパ』)
ゲルギエフ指揮/プチーリン、アレクサーシキン、ロスクトーヴァ、ルツィウク共演/サンクトペテルブルク・マリインスキー・オペラ管弦楽団&合唱団/1996年録音
>こちらもまた超名盤。特にプチーリン、アレクサーシキン、そしてジャチコーヴァのヴェテラン3人のうまさが光ります。彼女はこの録音の他にレイフェルクスやコチェルガと共演した父ヤルヴィ指揮の音盤でもこの役を演じており、エキスパートの感があります。派手な出番がある訳ではありませんが、脇役以上の存在感を与えているのは彼女の技量でしょう。彼女の声の響きが、ここでは年配の女性らしい落ち着いた雰囲気を伴っていてしっくりくる一方、娘を奪われ夫を殺される悲劇の人物としての感情の動きも、動的にしっかり描いていて素晴らしいです。

・カシェヴナ(Н.А.リムスキー=コルサコフ『不死身のカシェイ』)
ゲルギエフ指揮/プルージュニコフ、シャグチ、ゲルガロフ、モロゾフ共演/サンクトペテルブルク・マリインスキー劇場管弦楽団&合唱団/1999年録音
>リムスキー=コルサコフの小さいながらも興味深い作品をゲルギエフが素晴らしい手腕で仕上げた名盤です。歌唱陣も平均点の高い出来ですが、とりわけ題名役のプルージュニコフと彼女のカシェヴナが出色です。この役は、当初は父の命でいつものとおりに殺そうとした王子に惚れてしまい、しかし王子には拒絶され……とオペラ的なオイシさてんこ盛りな影の主役であり、要役としての難しさもありますが、抜群の表現力で思わず感情移入して聴いてしまいます。他の露国のメゾだったら物凄く濃い歌唱と演技で味付けをしていきそうな役柄なのですが、ジャチコーヴァの表現は上述のとおりむしろもっとクールに感じられるもので、最初に登場したときの殺人を厭わない魔王の冷酷な娘という雰囲気がとてもリアル。もちろんその先ほだされて行く部分もいいですし、アリアでのエキゾチックな香りも秀逸です。彼女の藝の広さを感じとることができる演奏と言えるでしょう。

・ニェジャータ(Н.А.リムスキー=コルサコフ『サトコ』)
ゲルギエフ指揮/ガルージン、ツィディポヴァ、タラソヴァ、アレクサーシキン、ミンジルキーイェフ、グレゴリヤン、ゲルガロフ、プチーリン共演/サンクトペテルブルク・マリインスキー・オペラ管弦楽団&合唱団/1994年録音
>露的熱狂と言うところで行くともうひとつふたつな感はあるのですが(ゲルギエフの指揮とガルージンでしょうね問題は)、この作品を知るのに悪くはないものと思います。この役も露節の炸裂したゴロヴァーノフの強烈な録音では、アントノーヴァがまた土臭さ満点の民謡節で演じていた印象が強いのですが、ジャチコーヴァはここでもまた彼女らしいえぐみの少ない表現で、別の魅力を引き出しているように思います。もちろんどちらがいいという訳ではなく、アントノーヴァが持っていた露的で異様な熱気が少ない代わりに、与えられた旋律本来の美しさをストレートに引き出していると言えるのではないかと。或意味でロマンティックな吟遊詩人の風情をジャチコーヴァの方に感じる人も多いかもしれないと思います。彼女が得意とするズボン役ですし、おススメできます。

・アズチェーナ(G.F.F.ヴェルディ『イル=トロヴァトーレ』)
パッパーノ指揮/アラーニャ、ゲオルギウ、ハンプソン、ダルカンジェロ共演/LSO&ロンドン・ヴォイセズ/2001年録音
>これは異色の名盤と言っていいと思います。この演目が長い上演の歴史で培ってきたような、重厚で力感溢れる伊的熱狂の粋をつくした味付けの濃ゆい演奏から一旦離れて、現代的で引き締まったフレッシュな魅力を再構築したパフォーマンスです。まずは偏にパッパーノの力だと思いますし、一見ミス・キャストに思えるゲオルギウ、ハンプソン、ダルカンジェロの3人がそれぞれ脂身の少ない声と歌唱で、ユニークなうまみを引き出しています。とはいえそれだけだとドライで味気なくなってしまいそうなところに、全体をぶち壊さない範囲で効果的に伊国の風を吹き込んでいるのが、アラーニャと(惜しいことに彼はアプローチとしては凄く納得いくのですが、彼の声の美質が活きていなくて残念)、そして意外にもジャチコーヴァなのです。ここでの彼女はいつものように透明感のある艶やかな美声を巧みに使いながら、熱気の感じられる歌唱を繰り広げています。高音も気分よく抜けますし、低音のドスも凄まじい。でも、単なる迫力押しではないのです。むしろ歌唱スタイルそのものから行けばゲオルギウたちと同じような現代的でさっぱりとした感じですらありながらも、伊ものらしいトロッとしたアツさを強く感じさせるという点で、彼女が一番ユニークかもしれません。こんなアズチェーナもあるのか、と思わせられること請け合いです。
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コメント

>最初の頃のように各パート1人ずつご紹介するスタイルに戻ってみようかな・・・

大賛成です!今後も楽しみ~ww
 
 現在でも、(映像は参考ていどで)純音楽的にCDで歌劇を愛聴している私が一番魅かれるのは(自己分析してみると)歌手の個性・歌唱が如何に自分を魅せてくれるのか・・・が一番の関心所のようです。(良し悪しは別として)

 自分の知らなかった多くの歌劇や歌手たちの魅力をbasilio氏に喚起されて、次々と体験してきた1年余だったと今あらためて思います。(私の場合は、ほとんど関心外だった仏ものと露物かな)
 この“ルスランとリュドミラ”と“エルムレル指揮イーゴリ公”は今では私のスタンダードナンバーとなって、ちょくちょく聴いています。
良いですよね~“ルスラン”。の~んびりとおおらかな曲想・・。親しみやすいメロディーの数々。
今風に言うと 「癒されます」かな?ww
 
2016-02-06 Sat 17:37 | URL | 南天の実 [ 編集 ]
> >最初の頃のように各パート1人ずつご紹介するスタイル
> 大賛成です!
ふふ、いつまでもつかわかりませんがね笑。
 
> 純音楽的にCDで歌劇を愛聴している
私もおんなじような受容をしているので、おっしゃることはよくわかります^^
観られるに越したことはないけど、そうなると演目も機会も限られてしまいますからね……

>  自分の知らなかった多くの歌劇や歌手たちの魅力を……
そうおっしゃっていただけるとこちらも何とか書いていこうと行く気力が湧きます。
ありがとうございます㎜

ルスラン、いい曲ですよね^^間のびを指摘する人もいるし、そうだなあと思うところもない訳じゃないですけど1曲1曲がよくできていると思います。聴いていてワクワクするような曲になっていますし^^
2016-02-08 Mon 09:31 | URL | Basilio [ 編集 ]

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