Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第百三夜/伯爵の復権~

索引を作って改めて思ったことがいくつかあるのですが、そのうちの一つに、「ロッシーニが好き」と言いながら最初の100夜ではそんなにロッシーニを得意にした人をご紹介できていなかったなあということがあります。
と言う訳で今回はベル・カントもの、特にロッシーニでの活躍で人気を博した名テノールをご紹介。

Blake.jpg

ロックウェル・ブレイク
(Rockwell Blake)
1951~
Tenor
America

ロッシーニの演目の再評価が進んだ近年、彼の作品の上演機会も多くなり、そこで必要とされる猛烈なアジリタをこなすことができるテノールも増えてきました。既にご紹介した人で言えば伊的なサーヴィス精神旺盛なシラグーザがいますし、彼以外にもこの領域で圧倒的な存在感を放っているフローレス、バルトリとの共演も多く知的な歌唱が持ち味のオズボーン、黒人らしい艶のある声が個性的なブラウンリーなどなど……とはいえ、現在の彼らの活躍があるのは、20世紀後半のロッシーニ・ルネッサンスの流れがあったからであることは、言を俟ちません。
ロックウェル・ブレイクは、ラウル・ヒメネスやクリス・メリット、グレゴリー・クンデらと共にこの時代を牽引し、新たなテノールの時代の嚆矢となった名手中の名手です。

彼を語る上で欠かせないエピソードと言えば、『セビリャの理髪師』(G.ロッシーニ)のアルマヴィーヴァ伯爵の大アリアの復活を上げねばならないでしょう。
詳述されているWebサイトも多いので、ここでは簡単に。ロッシーニ演奏が下火であった時代にあっても傑作として演奏され続けていた『セビリャの理髪師』ではありますが、本来作中の山場となっていた2幕終盤の伯爵の大アリアは、演奏困難であることを理由に長い間演奏されていませんでした。ロッシーニ再興時代以前では、スタジオ録音で僅かに2例、1958年のラインスドルフ盤でチェーザレ・ヴァレッティが、1964年のヴァルヴィーゾ盤でウーゴ・ベネッリがそれぞれ歌っているのを除くと実演でも殆ど歌われていなかったと言います。
その復活に貢献したのが誰あろうブレイク。それまでは多くの公演で大アリアは判断の余地なくカットの憂き目に合っていたのだそうですが、彼はこの役を受ける契約にあたっての条件として大アリアを歌うことを盛り込み、世界中の劇場でこの歌を歌ったのだとか。彼のお蔭で我々はこの曲を愉しむことができるようになった訳ですが、一方で「俺はこれ歌うんじゃあ」というブレイクのスターっぷりを感じたりもして、ちょっと微笑ましい^^
実際彼がこの曲を歌っている映像を観ると、これでもか!というドヤ顔ぶりが面白かったりもします笑。演劇としてのオペラを考えたときに、あんまり素のドヤ顔が出て来てしまうのはどうかなというのもあるのですが、これだけ爽快な顔をされるとなんちゅうか赦しちゃうよね笑。

<ここがすごい!>
このひとについては、卓越した技術と勢いのある歌いっぷりに魅力が集約されていると思います。何と言ってもあの速射砲のようなスピード感のあるコロラテューラには有無を言わせない強烈なパワーがあります。このパワーはひとつには彼の声が、ロッシーニを得意とするテノールの中では比較的重量感のあるもので、もっと言ってしまえば或種の野太さを持っているところに起因しているように思います。この重さの違いは、例えば先ほどのシラグーザやフローレスの声などと較べていただければ一耳判然ではないかと。そして実はその分、彼の転がしはよく聴くと当世のロッシーニ・テナーよりも強引さや粗さが感じられるものではあるのですが、それが音楽的に不満足な結果を生んでいる訳ではなく、むしろ先ほど述べたようなパワフルさやぐいぐいとドライヴするスピード感といったユニークな魅力に繋がっています(念のため付言しておきますがブレイクに強引さや粗さが感じられると言ってもそれは超高次元の話で、これだけ歌えて粗いというのもどうなのかという気もしますが^^;)。

また、どうしてもその転がしの技術や刺激的な高音に耳が行ってしまうところはあるのですが、彼の強みの一つとしてその息の長さも特筆すべきものだと言えるでしょう。あの凄まじい超絶技巧のいったい何処で呼吸をしているんだろうかと思いながら聴いていると、こちら側がむしろ息が詰まってしまうぐらいブレスが少ないです。アリアの最後などで高音を張る部分なども、唖然とするぐらいのロングブレス!いったいいつまで伸ばすのよ、と途中で笑いがこみあげてくるほどです。とりわけその凄さを感じさせるのは、恥ずかしながら私自身全曲聴くことはできていないのですが『なりゆき泥棒』(G.ロッシーニ)のアルベルト伯爵のアリアです。これ、youtubeに上がっているんで是非ご視聴ください。さんざっぱら超絶技巧を尽くした揚句に最後の音を延々と伸ばし、しかもその音を1回pまでデクレッシェンドした後にクレッシェンドでfまで引き戻して終わるという、にわかには信じがたい藝当をさらりとやってのけています!ブレス・コントロールの訓練の賜物と言うべき圧巻のパフォーマンスで、彼の技術が一朝一夕に作られるものではないことがよくわかります。

もうひとつ、彼の歌を聴いていてとても愉しいのは、彼自身が非常に自信満々に、如何にも楽しそうに自分の技術を披露しているところです。良くも悪くもかつての「テノール馬鹿」的な気質を引き継いでいると言ってもいいかもしれません。自分が目立つためにアンサンブルをぶち壊すような真似こそしませんが、自分が目立てる部分では徹底的に自分をアピールし、それを楽しむタイプの歌手。うまくない人にこれをやられるとアイタタタタな話になりますが、彼ぐらい実力があると、むしろアスリートの名演技を見ているかのような爽快感すらあります^^このごろはこういう意味での主張のある人が少なくなっている気がしていて、それはそれで残念にも思えます。

<ここは微妙かも(^^;>
卓越した技術とパワーが魅力のブレイクですが、声そのものは所謂美声ではありません。現在のベル・カントの名手たちのような明るくて軽い、透明感のある声では全くなく、むしろ音色としてはやや暗めで硬さのある響きで、これが独特の力感を生んでいる一方、悪声と感じて受け付けない人もいるでしょう。また、上述のとおりやや強引さのあるコロラテューラも好き嫌いの出そうなところです。

あと、先ほど申し上げた「テノール馬鹿」的なドヤ顔歌唱はきらい!という向きにはおススメはできませんね^^;

<オススメ録音♪>
・アルマヴィーヴァ伯爵(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)
ヴァイケルト指揮/ヌッチ、ダーラ、フルラネット、バトル共演/メトロポリタン・オペラ管弦楽団&合唱団/1989年録音
>数多ある本作の録音・映像の中でも最高峰のもののひとつと言っていいのではないかと思います。何と言っても男声陣が最強!軽妙なヌッチに面白過ぎるダーラ、重厚ながらもコミカルなフルラネットと揃っています。とりわけ伯爵のオーソリティとして世界中で大アリアを披露していたころのブレイクを、こうして音質画質とも良好な形で観ることができるのは本当にありがたいところ。ライヴと言うこともあって勢いのある表現で、荒削りながら力強い伯爵像を築き上げています。やはり大アリアはもう文句なく素晴らしい!失われた超絶技巧に期待を膨らませていた客席の熱狂も納得です。登場のカヴァティーナから情熱的でスタイリッシュな魅力がありますし、酔っ払いや音楽教師に化けて出てくるところもコミカル。彼の例の自信満々なドヤ顔っぷりが喜劇としての面白さも生んでいますし、同時に自分の運命を切り拓くこの役にリアリティを与えてもいます。この役を知るためには、一度は観ておきたい映像ではないかと思います。

・オジリーデ(G.ロッシーニ『エジプトのモゼ』)
アッカルド指揮/スカンディウッツィ、ペルトゥージ、デヴィーア、スカルキ、ディ=チェーザレ共演/ナポリ・サン=カルロ歌劇場管弦楽団&合唱団/1993年録音
>これもよくぞ映像を遺して呉れました!と言う代物。音質は鑑賞には問題ないレヴェルですし、年代を考えると必ずしも画質はよくはありませんがまあ許容できますし各役ともルックスもイメージに合っています。ブレイクはヘブライの女と戀に落ちる埃国の王子と言う役どころで、あらすじ上全体に直情的で過激な行動が目立つ人物なのですが、これが彼の個性に凄くよく合っていて、強烈なインパクトがあります。アリアこそないものの技巧的に厄介な重唱がいくつもあって、しかも物語を進めて行くのは彼なのでかなりの難役だと思うのですが、歌唱上転がしも高音も圧倒的ですし、見た目としてもまさに役と一体化していると言っていいぐらい。シリアスものをやってもカッコよく決まる人だということがよくわかります^^

・リナルド(G.ロッシーニ『アルミーダ』)
マジーニ指揮/アンダーソン、R.ヒメネス、山路、スルヤン共演/エクサン・プロヴァンス音楽祭管弦楽団&合唱団/1988年録音
>よくこんなものが残っていたなあと思わされる物凄い演奏です。音質こそ冴えませんが、そんなことを言っては罰が当たります(笑)この役もアリアこそないものの演奏困難な重唱が目白押しで歌える人はかなり限られますが、彼の歌唱には余裕すら感じられます。やや癖のある声は、ここではリナルドに英雄然とした雰囲気を齎すのにも一役買っています。その重さのある声での迫力のあるアジリタ!特に有名なテノール3重唱での歌いぶりは目覚ましく、固唾を飲んで聴きいってしまいます。その3重唱で絡んでくる2人がまた凄い。優美な声で気品を感じさせるラウル・ヒメネスも見事ですし、夭逝した日本の名テノール山路の格調高いスタイリッシュな歌がこうして全曲で聴けるのは大変ありがたいところ。そしてこの2人はいずれも1人2役で臨んでいます!ブレイクが1951年生まれ、ヒメネスと山路がそれぞれ1950年生まれと、この世代の層の厚さを感じさせます。

・ジャコモ5世(G.ロッシーニ『湖上の美人』)
ムーティ指揮/アンダーソン、デュパイ、メリット、スルヤン共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1992年録音
>ポリーニ盤と並ぶ本作の東西の横綱と言うべき名盤!ムーティのきびきびとした指揮の下、特にこの時代を代表するロッシーニ・テノール2人の対決をきちんとした音質で聴くことができるのは非常に嬉しいところです。あの有名なロマンティックなカヴァティーナがやはり印象に残ります。これはどちらかと言えば彼の得意とする勢いのある歌というよりも、全体にはゆったりとした中に超絶技巧を散りばめたようなもの。ゆったりしているからこそ却って聴かせるのは難しい歌だと思うのですが、堂々とした貫禄を感じさせる歌いぶりで文句ない名唱です。対するメリットはいつもながらの野太い声でブレイク以上にスリリングな転がしを繰り広げていて、こちらも絶唱!アンダーソンも切れ味の鋭い技巧を聴かせますし、デュパイも高水準です。

・アルベルト伯爵(G.ロッシーニ『なりゆき泥棒』)
詳細不明
>上述のとおりごめんなさい、これは全曲でちゃんと聴けていなくて、youtubeに落ちていたアリアを1曲聴いただけですが、彼の技術の確かさをわかりやすく感じられるものなので^^大前提として元がファルサの曲と言うこともあってか、彼の明るいキャラクターが非常に活きています。映像は何種類か観られるのですが、いずれにおいても意気揚々と楽しげに余裕を持って歌っているのが微笑ましいです(実際には信じられないような超絶技巧を繰り広げているのですが笑)繰返しになりますがあの速射砲のようなコロラテューラからの最後の高音ロングトーンをデクレッシェンドした後にクレッシェンドしてfでフィニッシュ!!!(何を書いてるのか自分でもよくわからなくなるwww)は何度聴いても感動させられます。

・フェルナンド・ファリエーロ(G.ドニゼッティ『マリーノ・ファリエーロ』)
ダントーネ指揮/ペルトゥージ、セルヴィレ、デヴィーア共演/パルマ国立歌劇場管弦楽団&合唱団/2002年録音
>どうしてもロッシーニばかりが並びますが、それ以外の演目でももちろん卓越した歌唱を遺しています。この作品はドニゼッティがよりドラマティックな音楽を志向して書いた作品で、舞台を考えても“ドニゼッティの『シモン・ボッカネグラ』”といってもいいと思います。そういう意味でより力強い重たい声が要求される一方、まだこの時代らしい華やかな転がしや刺激的な超高音も求められるというこれまた歌唱面では相当にきつい役ですが、キャリアも後半になってからであるにも拘わらず卓越した歌を聴かせています。アリアでの高音はやや構えて出す感じこそありますが十二分の鳴りですし、決鬪に向かう場面の切迫感も堪りません。共演陣はいずれもベル・カントの名手と言うこともあって聴き応え充分!

・ジョルジュ・ブラウン(F.A.ボワエルデュー『白衣の婦人』)
ミンコフスキ指揮/マシス、ナウリ共演/パリ管アンサンブル&仏放送合唱団/1996年録音
>ロッシーニを中心に活躍した後、彼は活動の中心を仏ものへと移していきます。その時代の代表的な録音と言えるのがこちら。ゲッダやセネシャルがそれぞれの魅力を引き出したながらも技巧的にはかなり端折って歌っているのに対し、ブレイクは彼お得意の転がしをあらんかぎりに披露しています(楽譜を見ていないのでどちらが本来のあり方なのかはわかりませんが^^;、ロッシーニより少し前と言うことで技巧が好まれる時代の作品なのは確かだと思います)。仏ものの優雅さよりはメカニックな技巧と推進力の方が勝っている感じはありますが、これはこれで実に爽快な歌唱^^ヒロインのマシスも華があって魅力的ですし、悪役のナウリも歌う場面は短いながら適度に下卑た人間臭さが出ていていい味出してます。
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