オペラなひと♪千夜一夜 ~第廿五夜/おぞましき声~2012-10-19 Fri 00:39
さて、いよいよ新たなクールに入りました!本当にいよいよですね汗。
今回は「評価の分かれる?名歌手たち」をテーマにお送りしていこうと思いますが、例によって盛大な中断を挟む可能性高く……まあ適当に(笑) 非常に優れた演唱をするにも拘わらず、批評家筋からもオペラ・ファンからもあまり評価がよくなかったり、極端に評価が分かれる歌手がいます。今クールはそんな人たちを見ていきたいと思います。 ま、結局は「私この人好きなのに何で評価低いネン!」大会になりそうな気がしますが…… ********************************** 例によって例のごとくバスから。 ![]() Bertram ボリス・クリストフ (Boris Christoff, Борис Кирилов Христов) 1914~1993 Bass Bulgaria 勃国は小さい国なのに、どういうわけだか20世紀を代表する名歌手をたくさん輩出していて、特にバスにはかつてご紹介したニコライ・ギャウロフをはじめラッファエーレ・アリエ、ニコラ・ギュゼレフ、ディミタル・ペトコフなどなど国際的な活躍をした人たちが多くいます。 そういったひとたちの草分けとなるのがこの人ボリス・クリストフです。 独特のヴィブラートのかかった暗い色彩の声は大変印象的。 まったく伊的でも独的でもない、スラヴにしかありえない音色ですが、その響きは空前絶後と言ってもいいような、ある意味で不気味な力に満ちています(そして顔が怖い笑)。 ただこの人歌手としての素晴らしさとは別に、人間的に相当問題のあったようで……マリア・カラスと衝突したり、ギャウロフが共産党に追従していると発言してスカラ座から契約を打ち切られたり、フランコ・コレッリに小道具の剣を突き付けたり……枚挙に暇がありません(^^;ま、歌手が大スターだった時代の人なんだと思います。 なお、以前ご紹介したティート・ゴッビとは義兄弟。ちょっとここは意外。 脳腫瘍を患って引退や復帰を繰り返したりしていたこともあり、必ずしも実際的な活動時間は長くはありませんが、数々の印象的な録音を残しています。 キリル文字の“Х”なので、「フリストフ」という読み方も稀にありますが(「フルシチョフ」と「クルシチョフ」のようなもの)、ここは一般的な「クリストフ」で統一します。 <演唱の魅力> まずは上述のとおりそのメガトン級の声について語らなければならないでしょう。本当にごっついスラヴの声。露国や東欧にも名歌手と言われる人はたくさんいますし、スラヴの声の特徴のひとつは或る種の迫力ではないかと思っているのですが、彼の声を聴いてしまうと、その迫力で対抗できる人はほとんど数えるほどしかいないでしょう。 逆に言えば、単純に響きだけを俎上にとるなら伊国や独国的な洗練からはほど遠い土臭い声なので、例えばチェーザレ・シエピやクルト・モルのような心地よく美しい声を至上とする向きには受けは良くないのかもしれません。けれど、この土臭い、アクの強い響きでこそ生きる役というのもたくさんあるし、そうした声だからこそできる表現、そこから生まれる感動というのもある訳で、オペラというのはやはり一筋縄ではいかない世界だと思うのであります。 彼は、その持前のごつい声を駆使してかなり濃厚な表情付けを役にしていきます。考えようによってはコテコテもいいところなんだとは思うんだけど、それが生きる役で最大限に発揮されると、他の追随を許さない。やっぱり王道こそ最強なのだと思わせてくれます。特にМ.П.ムソルグスキー『ボリス・ゴドゥノフ』はイサイ・ドブロヴェンとアンドレ・クリュイタンスの指揮で録音していますが、いずれも素晴らしい。何がすごいってどちらの録音でも題名役である皇帝ボリスのみならず、ボリスに敵対する老僧ピーメン、破戒僧ヴァルラームという全く違った個性を持つ3つの役(!)を1人でこなしているということ。そしてそのいずれにおいても完成度の高い演唱で唸らされます。他にもC.F.グノー『ファウスト』の破壊力満点のメフィストフェレスはあの役のひとつの金字塔だと思いますし、G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』の悲哀を滲ませたフィリッポ2世もこの役を語るうえで忘れられないでしょう。 もうひとつ、このひとを映像で見たことは実はあまりないのですが、この魁偉な容貌、もっと平たく言ってしまえばおっかない顔(笑)が大きな魅力になっていることは厳然たる事実であるかと思います。ここまでに列記した役名を見ればわかるとおり、バスは基本的に王様とか悪魔とか僧侶とかそういった役が多いのです。そこに持ってきてどこか頼りないとか、どこか弱そうだったりすると見ていて非常にがっかりする訳です。こんな強面にこんなことをこんな声で言われたらそりゃぁ……みたいな部分がどうしても必要になってくる。彼はその面で言っても全く問題なく、或る意味で天から二物を貰っていると言っていいのかもしれません。 <アキレス腱> ……と、かなりべた褒めな感じで書いてきましたが、この人の好き嫌いは結構別れます。ネット上で見ても私みたいなべた褒めな人がいる一方で、全然ダメという評も散見されます。この違いは一体どこからくるのか。 ひとつには声と演唱を合わせた時のコテコテ感やおどろおどろしさがあまりにも……という向きはあるのでしょう。近年のより演劇的なオペラを志向する向きからすれば、あまりにも大時代的で大仰な表現が多いというのは、わかる気がします。実際時々表情過多でイラッとすることがないかと言えば嘘になる訳です。 あと薄味なぐらいがちょうどいい役っていうのもある気がしていて、そういう役にはちょっと……例えばG.プッチーニ『ラ=ボエーム』のコッリーネはアリアの録音がありますが、それだけで割とご馳走様でした(^^; <音源紹介> ・ボリス・ゴドゥノフ、ピーメン、ヴァルラーム(М.П.ムソルグスキー『ボリス・ゴドゥノフ』) ドブロヴェン指揮/ゲッダ、ザレスカ、ボルイ、ビェレツキ共演/フランス国立放送管弦楽団&パリ・ロシア合唱団/1952年録音 >超名盤。なんとクリストフ一人三役(ボリス、ピーメン、ヴァルラーム)ですwwwそしてこの3つを聴くだけで、彼の藝の懐の深さも知れるというもの。特にボリスの死は絶品!ムソルグスキーはやっぱり歌というよりは芝居に近い部分があり、そう考えるとこの人は歌も芝居も達者だったんだな、と思う訳です。彼の一人三役でのこの作品の録音は他にクリュイタンス指揮のものもあるのですが、こちらのがより露風情が感じられる演奏だということ、若々しいゲッダや録音のあまりないボルイなどの共演陣の良さから考えるとこちらかなと思います。 ・メフィストフェレス(C.F.グノー『ファウスト』) クリュイタンス指揮/ゲッダ、ロサンへレス、ブラン、ゴール共演/パリ・オペラ座管弦楽団&合唱団/1958年録音 >超名盤。もうこの声で悪魔なんかやられたらたまらんですよね(笑)電気風呂のような刺激と書いていた人がいますが良くわかります。まさに悪魔声、悪魔役といった感じ、そしてその表現力の闊達さ、豪快さ。加えて共演陣も美声揃いで、ゲッダ&ブランとの3重唱はこの音盤のハイライトのひとつです。ファウストとヴァランタンを手玉にとって上機嫌のメフィストフェレスが目に見えるよう。クリュイタンスの洒脱な棒も見事なもの。 ・フィリッポ2世(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』) サンティーニ指揮/ラボー、ステッラ、バスティアニーニ、コッソット、ヴィンコ、マッダレーナ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1961年録音 サンティーニ指揮/フィリッペスキ、ステッラ、ゴッビ、ニコライ、ネーリ、クラバッシ共演/ローマ歌劇場管弦楽団&合唱団/1954年録音 >一転してこちらは愛されないものの悲哀を歌います。黒田恭一氏が昔「悲劇の声」と言っていたのがよくわかる録音。どちらの録音もクリストフの圧倒的な存在感と表現に感服させられます。あとは共演者の趣味でしょうか。全体には61年盤のが良いのですが、ゴッビ、ネーリ、クラバッシって言う男声低音は54年盤も魅力的なんですよね(笑) ・イヴァン・スサーニン(М.И.グリンカ『皇帝に捧げし命』) マルケヴィチ指揮/ゲッダ、シュティッヒ=ランダル、ブガリノヴィチ共演/コンセール・ラムルー管弦楽団&ベオグラード歌劇場合唱団/1957年録音 >マイナーな作品なので録音があるのがありがたいです^^こういうのを聴くと、やっぱり彼の声が生きるのは露ものなんだな、と思うのです。ここでも味のある歌唱と強烈な存在感で、特に有名なアリアの部分は哀感が良く出ていて素晴らしい。シュティッヒ=ランダルの露語はどうなのかよくわかりませんが歌は清楚で良いし、ブガリノヴィチもあまり聴かない人ですがかなり聴かせます。ゲッダは数ある録音の中でも指折りの録音と言ってもよく、特に難しくて長らくカットするのが当たり前だったアリアが素晴らしいです。 ・ベルトラン(G.マイヤベーア『悪魔のロベール』) サンツォーニョ指揮/スコット、メリーギ、マラグー、マンガノッティ共演/フィレンツェ5月音楽祭管弦楽団&合唱団/1968年録音 >ここでのクリストフもまた見事なものだと思います。重たいと言う意見があるのもわからなくはないですが、主人公を悪に導くキャラクターとしてこれぐらい強烈な隈取の表現もありなのではないかと。仏流のスマートで気取った悪魔ではなく、貫録たっぷりの地獄の遣いです。前出ですが希代の名唱を聴かせるスコットやスタイリッシュなメリーギなど聴きどころの多い音源。 ・ドン・ルイ=ゴメス・デ=シルヴァ(G.F.F.ヴェルディ『エルナーニ』) 2014.10.31追記 ミトロプーロス指揮/デル=モナコ、バスティアニーニ、チェルケッティ共演/フィレンツェ5月音楽祭管弦楽団&合唱団/1957年録音 >超名演の録音ですが、惜しむらくは音がいまいち。とはいえこれだけのライヴを聴けることだけでも素晴らしいです。いまどき聴くことのできない超熱血ヴェルディで、異様な空気が漂っています。この異常な熱気の中で異常な役を演じられるのは、やっぱり異常なひとクリストフなんでしょう(笑)ビリビリするような巨大な声!恨みつらみの籠った歌唱で復讐の鬼となって行く老人を熱演しています。特に終幕の3重唱での登場は、殆ど怨霊登場です。ミトロプーロスの指揮と共演3人も熱気を通り越して狂気に近い爆発っぷり!これは是非! ・フィエスコ(G.F.F.ヴェルディ『シモン・ボッカネグラ』)2014.10.31追記 サンティーニ指揮/ゴッビ、デロサンヘレス、カンポーラ、モナケージ共演/ローマ歌劇場管弦楽団/合唱団/1957年録音 >アバド盤の存在で陰に隠れてしまっている感もありますが、名盤と言っていいでしょう。主人公シモンの因縁の相手として存在感のある演唱を繰り広げています。いつもながらかなりアクの強い歌ではありますが、シモンを演じるゴッビもまた個性が強い歌い手であるため、バランスが取れていると言えそうです。登場した瞬間に悲劇的な空気を作り出せる手並みは流石のもの。モナケージは悪くはないのですが、この2人のキャラクターに霞んでしまっている感があります。要役だけにここが締まると本当はよかったのですが。他ではデロサンヘレスの活きのいい歌声が格別です。 ・イヴァン雷帝(Н.А.リムスキー=コルサコフ『プスコフの娘』)2014.10.31追記 フバット指揮/バコセヴィチ、コスマ、ガエターニ、ボッタ共演/トリエステ・ヴェルディ歌劇場管弦楽団&合唱団/1968年録音 >伊語盤ではありますが、露ものを積極的に西側諸国でも取り上げた彼の業績のひとつ。このマイナーながら面白い演目を楽しめる貴重な音源でもあります。露史に於ける代表的な暴君の1人と言っていいイヴァン雷帝を、クリストフが隈取りで演じています。怒りを顕わにするところなどまさにド迫力で、こんなん出てきたら確かにみんな委縮してしまうだろうなという圧倒的な演唱。残念なことに指揮や共演がいまひとつなので作品の真価を伝えているとは言い難いのですが、彼の歌は非常に印象的です。 ・アンリ8世(C.サン=サーンス『アンリ8世』)2014.10.31追記 アルフレード・シモネット指揮/RAI管弦楽団/1960年録音 >アリア集から。サン=サーンスの珍しいオペラのアリアですが、これがまた隠れた名作と言っていいものです。ボリス、フィリッポ、イヴァンと暴君に定評のある彼ですから、ここでも悲哀と憤怒の入り混じったお見事な歌唱。異常人ヘンリー8世のやや狂気じみた不吉なオーラをよく醸し出しています。知る限り唯一の全曲盤もいい演奏なのですが、折角なら彼の横綱芝居で全曲を聴いてみたかったと思わせる録音です。(ちなみにエルネスト・ブランも同じアリアを遺していて、いつもながらエレガントな歌唱!こちらはライヴ録音のようなので、全曲出てこないかなあと思っていたりします。) ・ファイト・ポーグナー(R.ヴァーグナー『ニュルンベルクのマイスタージンガー』)2014.10.31追記 マタチッチ指揮/タッデイ、カペッキ、インファンティーノ、リッツォーリ共演/トリノRAI交響楽団&合唱団/1962年録音 >伊語歌唱による異色盤ですが、かなり楽しめる演奏です(まあ僕がヴァグネリアンじゃないからかもしれませんが笑)。マタチッチの豪快かつ伸びやかな指揮がニュルンベルクの人たちを闊達に描く中、千両役者と言うべきタッデイとカペッキのやり取りが実に愉快痛快!そして彼らより歌うところは少ないとはいえ、この人がまた恰幅のいい歌で非常に印象に残ります。ちとドスが効き過ぎな気もするのですが、職人の親方ですからこれぐらいコワモテでもいいのかもしれません。或意味最重量級のポーグナーと言えるでしょう。 ・歌曲集『死の歌と踊り』(М.П.ムソルグスキー) (ごめんなさい詳細わかりません) >死神の独白を主にした4編の歌からなる歌曲集。男声女声問わずいろんな人が歌っていますが、これもこの人の歌にとどめを刺すといったところで、特に司令官は名唱でしょう。ムソルグスキーのある意味でグロテスクな音楽と、この人の悪魔的な声は相性がいいんだなと、変なところで思わず納得してしまったりします。 スポンサーサイト
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コメント
10代のころより、ひとりひっそりと、オペラ全曲盤のLPレコード(1980年代半ばからはCD盤にて)イタリアオペラとドイツ歌曲CDを中心に聴きくらし、趣味のほとんどを上記の2ジャンルに限定して暮らしてまもなく50年にもなってしまいました。
そしてここ1年来、basilisoさんのこのブログをひょんなことで発見してからは毎日のようにここのブログ(特に歌手千一夜の欄)を読み返し、日々のこの上ない愉楽のひと時をすごさせていただいています。私自身が数十年来愛惜して止まない歌手たちへのbasilioさん独自のユニークな感想を読んでいますと、忘れかけていたオペラへのかけがえのない愛情が沸々とよみがえってくるのです。 何よりも有難いなあと現在、心から感謝ひとしきりなのは『フランスオペラ』の魅力を60歳過ぎて始めて知りえたことです。 特に「ファウスト(グノー)」のすばらしさを教えていただき、amazonでクリュインタス指揮クリストフの全曲CDを購入、一聴、してすぐこの曲とこの演奏CDは、私のかけがえのない掌中の珠となりました。(特にクリストフには魅了させられっぱなし状態で今にいたります。) 以来、『ミニヨン』CDで、マリリン・ホーンのすばらしさを再発見できたり、J・サザーランドを真から楽しめるようになったり・・etc,etc 筆不精の私ですが、一度は心からの感謝をせねばと、お便りした次第です。 お忙しい毎日でしょうが、できましたら、今後とも忌憚のないオペラ歌唱史をつづっていってください。 長文にて失礼しました。
ようこそのおはこびで。お褒めのおことば、私には過分ながら、本当にありがとうございます。長きに亘るご愛読、こちらこそ感謝しております。
私自身は声楽を勉強した訳でもないのみならず、まともに体系的に音楽教育を受けたこともない、下手の横好きの一介の素人に過ぎませんが、お楽しみいただけて何よりです^^また、『ファウスト』や『ミニョン』をはじめとする仏ものは、いまでこそ必ずしも評価は高くありませんが、伊ものや独ものとは全く別の藝術世界を持っている作品だと思っています。至らぬところばかりの拙文で、その魅力を少しでもお伝えできたのならば、非常に嬉しいことです。 なかなか更新もできていませんが、これからも書いていく励みになりました!ありがとうございます。 |
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