Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第廿六夜/The American Baritone~

評価の分かれる歌手その2はバリトンのこの人です。

Milnes2.jpg
Lord Enrico Ashton

シェリル・ミルンズ
(Sherrill Milnes)
1935~
Baritone
America

豊かな声量、輝かしい高音、舞台映えする容姿で知られた往年のアメリカのバリトンです。「豊穣」ということばのよく似合う声でたっぷりと歌われた全盛期の録音には、一種独特の魅力があります。

同じぐらいの世代のカプッチッリがどちらかといえば専らヴェルディを歌い、録音もほとんどヴェルディ1本であったのに対し(彼についてはそのうちまたご紹介したいと思いますがこれは惜しいこと。ジェラールやスカルピアなんかをもっと残していて呉れたら!)、ミルンズはかなり広範にさまざまなレパートリーを持ち、録音も残しています。このため後の世代の我々は彼の様々な歌を楽しむことができます。
一方でそのことで、彼が或る意味で小器用なだけの歌手だと思われてしまっているようにも思うのです。

<ここがすごい!>
まずはこの人も声そのものの魅力について述べなければならないでしょう。
全盛期には本当に深々と響く豊かな声をしています。「演技力」であるとか「容姿」であるとかばかりが取り沙汰され、声自体の魅力に不足する歌手の多い昨今と比べると、この点だけでも歌手としての地力が違うように思います(もちろん「演技力」や「容姿」が大事でない訳ではないのですが)。
バリトンらしい低音域はもちろん、スリリングな高音まで豊かな響きと声量を持っているところもいい。どの音域でも余裕がある感じがあるんですよね、バリトンとしては信じられないぐらいの高音出してたりするんですが(例えばG.F.F.ヴェルディ『リゴレット』の録音で出しているHigh Hとか)。そういった高音をスカーンと当ててくれるところもまことに気持ちがいい(笑)オペラ歌手としてのエンターテイナーとしての側面を前面に打ち出している人なのでしょう。

また、歌い口や言葉捌きの巧さというのもこの人の美点だと言っていいでしょう。特に伊ものや仏ものでその良さは強く感じられるように思います。旋律の美しさをバリトンらしい力強さを以て引き出すことのできる人だと思います。

加えてこの人を特徴づけているのは、舞台姿も含めた或種の「伊達さ」というか、なんというか漠然としたイメージですがアメリカンな感じだと言えるように思います。何を演じてもカッコいいんです、悪役、お父ちゃん、ヒーロー…そしてどれにも共通して感じるのは古き良きアメリカ映画に出てきそうなキャラクターづくり。何となくやりそうなことは読めて、或る意味で紋切り型なんだけど、それを逆に魅力にしてしまっているというか。歌唱の様式感とかそういうものとはまた全然別の次元のもので、そこにマンネリズムみたいなものを指摘してどの曲でもみんな一緒じゃんと言ってしまうのは容易なんだけれども、それだけでは切って捨てがたいところがあるんですよね笑。うーん、うまく彼の魅力を言語化できないんだけど、手堅いというか安心して聴いていられる部分があるんですよね(^^;
個人的にはG.F.F.ヴェルディ『ルイザ・ミラー』のミラー、G.ドニゼッティ『ランメルモールのルチア』のエンリーコ、G.プッチーニ『トスカ』のスカルピア、それにA.ポンキエッリ『ジョコンダ』のバルナバ、G.ロッシーニ『グリエルモ・テル』題名役あたりはお気に入りだったりします。

<ここは微妙かも(^^;>
その手堅さというか、或る意味で紋切でL.ヌッチみたいな猛烈な感動を呼ぶ歌唱をするタイプじゃないというところが、「空虚だ」とか「迫ってくるものがない」とか「大味」っていう批判に繋がっているのも事実なんだろうなと思うところはあります。実際、もうひとつふたつ屈折したキャラづくりをして欲しいと思う役があるのも事実。しかも冒頭で述べたように当時としてはかなり手広くいろいろな役の録音を残していますから、「なんでもかんでもおんなじようにやってて面白くない人」みたいな印象が特に日本人には強いのかな。

ただ、私は個人的には何でもかんでもオペラ限らず音楽に難しい理窟やややこしい解釈をひっぱりこんで頭使って苦悩して感動を得ようっていう姿勢には共感できないので、まあ何が言いたいかというと私はミルンズ好きですね笑。

<オススメ音源♪>
・アシュトン卿エンリーコ(G.ドニゼッティ『ランメルモールのルチア』)
ボニング指揮/サザランド、パヴァロッティ、ギャウロフ、R.デイヴィス、トゥーランジョー共演/コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団&合唱団/1971年録音
>超名盤。ベル・カント作品の至宝。いろいろ歌っている彼ですが、ベストの歌唱だと思うのはこれです。特に開幕直後のアリアでは滴るような美声、そしてカバレッタの最後の高音はちょっと癖になる代物です。またルチアに結婚を迫る場面やレーウェンスウッド卿エドガルドとの決鬪の場面の重唱も、貫録十分な悪役で非常に聴きごたえがあります。共演陣もこれで文句があろうかと言う豪華メンバー。パヴァロッティの本領はベル・カントだと思うし、ギャウロフもライモンド・ピデベントという役を再認識させるのに十二分な歌唱。サザランドに至っては最高のルチアでしょう(カラスのそれとはベクトルの方角が違うし、ベル・カント作品として考えるならやはりサザランド)。しかもほとんどカットされていないのも魅力的。2幕のフィナーレの素晴らしさを存分に味わえます。

・ミラー(G.F.F.ヴェルディ『ルイザ・ミラー』)
マーク指揮/カバリエ、パヴァロッティ、ジャイオッティ、ヴァン=アラン、レイノルズ共演/ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団&ロンドン・オペラ・コーラス/1975年録音
>どちらかと言うと地味な作品かもしれませんが、これも素晴らしい作品の素晴らしい録音。そしてここでのミルンズもベスト・フォームと言うべき出来だと思います。こちらもアリアの出来、特にカバレッタの出来が最高です。お得意の高音も痺れる出来。共演もまずまずで特にジャイオッティ、ヴァン=アランのバス2人がいい味を出してると思います。パヴァロッティは当たり役だと思いますがライヴ盤の方が好き、カバリエは可憐ですが…この役は誰が歌っても難しいなと思ってしまうところでもあります。

・リゴレット(G.F.F.ヴェルディ『リゴレット』)
ボニング指揮/パヴァロッティ、サザランド、トゥーランジョー、タルヴェラ共演/LSO&アンブロジアン・オペラ合唱団/1971年録音
>ここでも円熟した声が楽しめますが、中でも凄いのは全曲の最後!「呪いだ!」とリゴレットが叫ぶ場面でハイH(!!)を出しています!これは私の知る限りバリトンが録音した音の中で最も高い音(笑)こうした楽譜にないことに対して近年は冷たい目線を送る傾向にあるようですが、オペラは一方で娯楽な訳だし、複雑なことを考えず、こういうチャレンジには声援を送りたいです。 

・アムレ(C.L.A.トマ『アムレ』)
ボニング指揮/サザランド、モリス、コンラッド、ヴァンベルイ、トムリンソン共演/ウェールズ国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1983年録音
>仏語読みになっていますが要はハムレット。ここ数年再評価され、メトなどでも取り上げられている作品ですが、これは暫く唯一の全曲盤となっていた録音。主役アムレがバリトンであるため、さまざまな歌を要求される役ですが、ミルンズはここでも堂々たる主役ぶりを発揮していると思います(あまり思い悩むハムレットに聴こえない気もしますがww)。特に乾杯の歌はこのひとの声にあった曲ですし、或る意味で安心して聴けます(笑)サザランドは結構歳行ってたはずですが流石、その他モリス、ヴァンベルイなどもあまり歌うことのない役だったのではないかと思いますが、なかなか聴かせます。

・スカルピア男爵(G.プッチーニ『トスカ』)
レッショーニョ指揮/フレーニ、パヴァロッティ、ヴァン=アラン、ターヨ、セネシャル共演/ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団&ロンドン・オペラ・コーラス/1978年録音
>お馴染みの人たちとの録音ですが、主役2人より断然悪役のこの人の方がカッコいいのですよ、音で聴いて笑。やっぱり悪役が魅力がないと作品は生きないと思っている私としては、こういう或る意味ステレオタイプかもしれないけれども堂に入った悪役ぶりは嬉しいところです。基本的に声がデカいのでテ=デウムは聴きごたえがあります。冒頭であんなことを言いましたが、フレーニ、パヴァロッティとも盤石な歌だと思います。ただ役に合ってるかというと、どちらも疑問符はつくかもしれない。むしろターヨの堂守が流石ww

・グリエルモ・テル(G.ロッシーニ『グリエルモ・テル(ウィリアム・テル)』)
シャイー指揮/パヴァロッティ、フレーニ、ギャウロフ、コンネル、D.ジョーンズ、トムリンソン、デ=パルマ共演/ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団&アンブロジアン歌劇合唱団/1978-1979年録音
>いくつかあるこの作品の録音の中でも最良のもののひとつ。超名盤。ミラーもそうですがこのひとはこういうお父ちゃん役を演るとなんだかやたら嵌りますねw有名なアリアもしっとりと聴かせてもちろんいいですが(最後はまた音を上げている!)、何といっても聴きどころはパヴァロッティ、ギャウロフを交えての3重唱でしょう。3人の偉大な歌手たちのアンサンブルによる、至福のひとときを過ごすこと請け合いです。もちろんフレーニも流石の出来栄え。

・ジョルジョ・ジェルモン(G.F.F.ヴェルディ『椿姫』)
クライバー指揮/コトルバシュ、ドミンゴ共演/バイエルン国立管弦楽団&合唱団/1976-1977年録音
>ミラー、テルに引き続きお父ちゃん役でいい味を出すミルンズ、ここでも本領(?)発揮です。個人的にはカバレッタをカットしていないのも好感が持てるし、ヴィオレッタとの重唱も素敵。ドミンゴもこの頃は最高にいい声ですし(カバレッタのハイDは別録って言うのをみんなでけちょんけちょんにいうけど、スタジオだったら別録なんて当たり前でないの?)、指揮のことはちゃんとわからないですがクライバーのきびきびした音楽は好きです。肝腎の主役ヴィオレッタのコトルバシュが好きか嫌いかで全体の評価が大きく変わりそうなところ。こういう可憐なヴィオレッタも悪くないと思いますが、個人的にはもうちょっと太めの、うまみのある声で聴きたい気がします。

・フィガロ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)
レヴァイン指揮/ゲッダ、シルズ、カペッキ、ライモンディ、バルビエーリ共演/ロンドン交響楽団&ジョン・オールディス合唱団/1975年録音
>ミルンズは必ずしもフィガロを当たり役にはしていなかったように思いますが、かなりなりきっていて大好きな録音です。ロッシーニっぽいかっていうとちょっと考えてしまうところではあるのですが、陽気で頼もしくて好感が持てるがちょっと軽薄な感じのするフィガロと言う役に、彼のキャラクターがとても合っているということがいえそうな気がします。何でも屋のアリアの愉快なことと言ったら!共演陣も――シルズは好き嫌いがはっきり分かれそうですが――全体に好演しており、かなり愉しい音盤になっています。

・バルナバ(A.ポンキエッリ『ジョコンダ』)
バルトレッティ指揮/カバリエ、パヴァロッティ、バルツァ、ギャウロフ、ホジソン共演/ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団&ロンドン・オペラ・コーラス/1980年録音
>この役も彼には合っている役だと思います。普通に巧いし(笑)、ボリュームのある声でやっぱり歌って欲しい役だし。“信条”的なアリア、豊麗な声を存分に使った舟歌も素敵ですが、パヴァロッティとの声の対比を楽しめる重唱が気に入っています。ただ、パヴァちゃんがエンツォと言う役に合ってるかと言うと…?ギャウロフの権力者はいつもながら嵌ってるし、バルツァも悪くない。カバリエはちょっとキャラ違いな気がします。

・レナート(G.F.F.ヴェルディ『仮面舞踏会』)2013.1.21追記
バルトレッティ指揮/パヴァロッティ、テバルディ、レズニク、ドナート共演/ローマ聖チェチーリア管弦楽団&合唱団/1970年録音
>ひょっとすると彼の残したヴェルディの録音のベストと言ってもいいかもしれない、素晴らしい歌唱。カプッチッリのようなパワフルで渋みの効いた漢っぷりを聴かせるというのとはまた別の、非常に知的なアプローチに成功していると思います。特にアリアでの抑えた歌いぶりは、こらえながらも静かに涙を流す男の姿を彷彿とさせる出来。そしてそこからガラッと気持ちを切り替えて復讐を誓う場面の決然とした様、いずれも思わず引き込まれてしまいます。パヴァロッティ、テバルディ、レズニクもそれぞれに力を発揮しています。
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