Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラな人♪千夜一夜 ~第百六夜/憎めないドットーレ~

全然別の特集を組もうと思っていたのですが、思わぬ訃報を知ったので予定変更。
正直、この人は追悼記事になる前に書きたかった……

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Il Dottore Bartolo (Rossini)

エンツォ・ダーラ
(Enzo Dara)
1938~2017
Bass
Italy

とは言え、この御仁の話をするにあたって暗くなってしまっては何にもならない!
底抜けに明るく楽しい、20世紀後半を代表するバッソ・ブッフォです。録音史上最も自然体で、しかし思わず吹き出してしまうようなパフォーマンスをできた歌手かもしれません。舞台での所作は、世の中に時々いる、ちょっとピントのずれたおとぼけおじさんそのもので、登場しただけでなんだかちょっと可笑しい(笑)
ブッフォ役をやるために生まれてきたといっても過言ではない、稀有な人だと思います。

以前取り上げたフェルナンド・コレナとは被っているレパートリーがかなり多いものの、個人的には持ち味は両者でかなり違うように思います。どちらの歌手にとっても最も多く演じたであろうバルトロ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)だけを取り上げても、厚みのある美声を柔軟に使うコレナに対して、とぼけた愛嬌のある声で一生懸命歌うところからオモシロさを惹き出してくるダーラという両者の個性が感じられます。
コレナのレパートリーには必ずしも道化役ではない重要な脇役がいくつか含まれるのに対し、ダーラはほぼほぼブッフォの大役ばかりを演じているあたりにもそういった差は現れているのかもしれません。どちらも底抜けにオモシロいことに変わりはないのですが、その方向性が大きく違うのです。その差がまた面白いところでもあります。

私見ですが今を時めく名ブッフォのコルベッリもプラティコも、どちらかというとダーラの路線に近いアプローチのように思います。そういう意味では現代のブッフォ歌手の源流ということも言えるかもしれません。ロッシーニ・ルネッサンスの時代に、彼のような名手が生まれていたことは、実に幸運だったといえるのではないでしょうか。

<ここがすごい!>
このシリーズで特集してきた歌手ですごいところというと、その流麗な歌のうまさや豊かな美声、卓越した演技力というあたりを筆頭に挙げたひとが多かったように思いますが、彼の場合は難といっても特筆すべきは、その喜劇役者然とした存在感でしょう。僕が初めて彼に接したのは、バルトリ主演の『チェネレントラ』(G.ロッシーニ)の映像でのドン・マニフィコだったと記憶していますが、禿げ頭の彼がのそのそと出てきた瞬間、まだ何もしてないのに面白い!!この映像の頃には声そのものの衰えは正直感じるのですが、ずんぐりむっくりとした身体でちょこまかと動き回る姿が実にコミカル。それが醜悪な面白おかしさではなくどこか可愛らしくて、嫌みにならないのです。

醜悪な笑いを生まないという言い方をすると、彼のパフォーマンスにはブッフォに不可欠な人間の悪徳を批判する精神が感じられないように思われるかもしれません。しかし、実際にはそんなことは全くなくて、むしろ十分すぎるぐらいにそうした面は押し出されています。傲慢で饒舌で自己顕示欲が強い一方で、空虚で愚かで滑稽という、まさにコメディア・デラルテのドットーレを恐ろしいほど的確に表現しているのですが、そこに警句的な毒々しさを感じさせないところに彼の凄さがあるという言い方もできるでしょう。

そうした存在感は歌にもどこか現れていて、録音を聴いていても彼の愛嬌のある顔がちらついてきます。こうした印象は、ひとつには彼の速射砲のような早口に由来しているように思います。実は歌唱技術では、彼は必ずしも最良とは言えない部分もあるのですが、こと早口歌唱で彼に敵う人はいないのではないでしょうか。まあ速い速いwwwしかも無理をしている感じは全然ない反面、妙に余裕綽々でもないのです。普通こうした技術を聴かせるときには大変そうに聴こえないようにするものなのですが、ダーラの場合には絶妙ないっぱいいっぱい感がある。これがコミカルな悪役どころにも人くささや可愛げを与えていて、単なる戯画的な人物以上の効果を惹き出しています。
この匙加減は藝風というところを超えたユニークな才能と言ってもいいもので、古今色々なブッフォがいますが、私見ではこうした笑いを生むことに成功している人は他に例を見ません。正に生来の喜劇役者なのでしょう。

<ここは微妙かも(^^;>
上にも少し書きましたが、純粋に歌唱技術的なところだけを拾っていくと意外と音が当たっていなかったりスピードの出し過ぎでオケを置いて行っていたりといったエラーがあります。また、キャリアの後半では声の衰えが認められる録音も少なくありません。こうした部分も含めての彼のオモシロさでもあるのですが、オモシロさ優先で歌の完成度が落ちるのはちょっとなあという方にはいまひとつかもしれません(感情の起伏で音程が揺れるプライと似ている面もあるかもしれないですね、キャラクターは全然違いますが)。

<オススメ録音♪>
・バルトロ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)
ヴァイケルト指揮/ブレイク、ヌッチ、バトル、フルラネット共演/メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱団/1989年録音
アバド指揮/アライサ、ヌッチ、ヴァレンティーニ=テッラーニ、フルラネット共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1981年録音
>まずは何と言ってもバルトロでしょう。何種類もの全曲録音で歌っている当たり役中の当たり役ですが、ここでは2つのディスクに絞りました。最初に挙げた映像は数ある彼の歌唱の中でも、またこの役の映像全体の中でも右に出るもののない最高のものだと思います。一挙手一投足すべてに可笑しさが滲み出ていて、これだけのメンバーにも拘わらずダーラが舞台にいる間は釘づけにされてしまいます(笑)登場のレチタティーヴォから、ドン・アロンソの変装に気づく猛然とした歌唱から、嵐の音楽で梯子を外す演技から、何から何までオモシロくしないと気がすまないという精神が素晴らしいです。とりわけアリアでの演技は最高!あの超高速アリアを限界の速度で完璧に歌いながら、左胸を突然押さえて口をパクパク、強心剤をペロリっという一連の流れを、すべてこれ以上はないタイミングで入れてきます。もう1つは音源ですがこちらは伝説の日本公演の記録。こちらは音だけ聴いても彼のとぼけたドットーレぶりが思い切り楽しめる代物ですし、声により張りがあるころのもの。特にアロンソに変装した場面のアライサとのやりとりは抱腹絶倒です!どちらにも登場しているヌッチとフルラネットも、それぞれフットワークが軽くて義侠っぷりが気持ちいいフィガロと巨大な声で怪しげなバジリオでお見事。伯爵はブレイクもアライサも高水準(残念ながらアライサは大アリアを歌っていませんが)、ロジーナは僕の趣味としてはヴァレンティーニ=テッラーニの方が好みです。

・ドン・マニフィコ(G.ロッシーニ『チェネレントラ』)
カンパネッラ指揮/バルトリ、R.ヒメネス、コルベッリ、ペルトゥージ、ヌープ、グローヴ共演/ヒューストン交響楽団&オペラ合唱団/1995年録音
>ほぼ同じメンバーの音源もあってそちらも高水準なのですが、ダーラは映像がやはり楽しいのと王子役のヒメネスの方が僕は好きなのでこちらを(^^)ダーラは、バルトロでコレナ以来の人であったのと同様に、マニフィコに於いてはパオロ・モンタルソロ以降最高の人だと言えるでしょう。モンタルソロのアプローチがほんの少しいやらしさや狡猾さという苦みを加えたものなのに対し、ダーラのこの役は上述のとおりもっとあっけらかんとしたもので、よりマニフィコの間抜けさやお人好しな印象が強くなっています(それでも傲慢さや空虚な意地っ張りぶりを出しているは流石!)。声こそ歳を取った感じがしますが、ここでも速射砲のようなお喋りは健在で笑わせてくれます。今ではマニフィコを演じることが多くなった名ブッフォ、コルベッリとの絡みがまた実に面白い!この2人のこの重唱が映像として遺されたのは、オペラ・ファンにとって幸運という他ないでしょう。バルトリ、ヒメネス、ペルトゥージといった共演陣も超強力で、本作を語る上では欠かせない映像でしょう。

・トロムボノク男爵(G.ロッシーニ『ランスへの旅』)
アバド指揮/ガズディア、クベッリ、リッチャレッリ、ヴァレンティーニ=テッラーニ、アライサ、E.ヒメネス、ヌッチ、レイミー、R.ライモンディ、スルヤン、ガヴァッツィ、マッテウッツィ共演/ヨーロッパ室内管弦楽団&プラハ・フィルハーモニー合唱団/1984年録音
>アバドが発掘した本作品の記念すべき録音。ここでのダーラはどちらかというと狂言回し的な役どころで歌う場面は必ずしも多くはないのですが、だからこそコミカルな存在感という彼の一番の持ち味が効いています。音楽狂の軍人というばかばかしい設定を、彼ののどかでいかにも無害そうな雰囲気がいい感じに助長していて、喜劇的な雰囲気を盛り立てています。長々とカデンツァを入れるレイミーのシドニー卿に「Basta! Basta! 十分!結構!」とちゃちゃを入れるところなんて最高に好きですww当然ながらアバドの存在も大きいですが、彼のカラーが、個性的なメンバーを演目の上でも(男爵は一行の幹事ですからね笑)、演奏の上でも纏めているといっていいでしょう。

・タッデーオ(G.ロッシーニ『アルジェのイタリア女』)
アバド指揮/バルツァ、R.ライモンディ、ロパード、パーチェ、コルベッリ共演/WPO&ヴィーン国立歌劇場合唱団/1987年録音
>実はこの録音は最初あまりいい印象ではなかったのですが、今回聴き直して改めてその良さに気づくことが出来ました(嗜好や評価は変わるものですね^^;)。この割と真面目なメンバーの中でしっかりとブッフォとしてのキャラクターを打ち出していて、演奏に笑いの花を添えています。タッデーオは優男ということになっていますから必ずしもオモシロ要員が演じることはないのですが、ライモンディが高級感のある声でよく考えて歌っている分、ダーラが正面切ってすっとぼけたアプローチをすることで作品全体のバランスが取れているのです。バルツァの気の強そうなイザベッラに振り回されている感じがいいですし、アリアの最後での腹をくくって楽しんでしまえ!という雰囲気も笑いを誘います。

・ドン・パスクァーレ(G.ドニゼッティ『ドン・パスクァーレ』)
カンパネッラ指揮/コルベッリ、セッラ、ベルトロ共演/トリノ王立歌劇場管弦楽団&合唱団/1988年録音
>こちらはまだ残念ながら全曲を入手できていないので断片を聴いた印象ですが、改めてこういう振り回されるパンタローネの役回りはよく似合いますね(笑)1幕のロンドの愚かな喜びに浮き立っている様子など、思わずにんまりさせられます。この演目最大の聴きどころであるパスクァーレとマラテスタの重唱もコルベッリとですが、これがまた絶品!知る限りこれほどの高速でぶっちぎっていく録音は他にはないように思いますww普通の演奏でも圧倒されるところですが、その勢いの良さに思わず手に汗握ります。もちろんこのコンビですから単に速いだけではなく、騙される側の能天気ぶりと騙す側のずるさもしっかり引き出していて、爆笑させられつつも思わず感心してしまいます。

・ドゥルカマーラ(G.ドニゼッティ『愛の妙薬』)
レヴァイン指揮/パヴァロッティ、バトル、ヌッチ、アップショウ共演/メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱団/1989年録音
>男声が強力な録音。やや暑苦しくてもパヴァちゃんの柔らかな声はネモリーノに似合っているし、ヌッチの若々しいパワーとスタイリッシュな歌唱も気障なベルコーレにぴったり(笑)そんな中でダーラのドゥルカマーラはやはりどこか人が良さそうで、ちょっとつついたらバレてしまいそうな底の浅さが感じられるのが笑えます^^実のところ私見では、彼の持ち味はドニゼッティよりもロッシーニで活きるように思うのですが、ここでは実に愉しそうに歌っているのが印象的で気に入っています(アリアなんて、ノリノリで“Gaetano, tromba!!”と作曲家にラッパを指示していますし!ww)
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コメント

長いことご無沙汰しております。ブランやネレップで以前コメントさせていただいているnanaです。
Basilio様の記事はいつも楽しんで読ませていただいています。
私もダーラ逝去を知って密かに悲しんでおりました。。彼のドン・マグニフィコやドゥルカマーラは、映像でも拝見しましたが、本当に良かったですね。ダンディーニも同じく映像で見ましたが、なかなかはまっていて!いつもこの人ありきという素晴らしいバッソ・ブッフォでしたね。大好きです。

話題変わりますが、少しばかりブランのお話お許しください・・・
わたくし、ブラン以外にも何人も贔屓歌手おりますが、長年の努力も少しは実り(?)、現在ブランの音源を色々所有する身分と相成りました(汗)。あまり普及していない、もしくは絶版と思われる音源では、大祭司(『アルチェステ』)、アモナスロ(『アイーダ』)、ジェラール(『アンドレア・シェニエ』)、セオジン(『ヌマンス』)、ジークフリート(『ジュヌヴィエーヴ/ゲノフェーファ』)、ギヨーム・テル、ルーナ伯爵(『トロヴァトーレ』)、父(『ルイーズ』)、オランダ人、スカルピア(『トスカ』)、ヴォルフラム(『タンホイザー』)、レナート(『仮面舞踏会』)、キャピュレット卿(『ロミオとジュリエット』)、ゴロー(『ペレアスとメリザンド』、全幕映像も)、フリードリヒ・フォン・テルラムント(『ローエングリン』第二幕コンサート映像)などを所有しています。音源は一部をのぞいて全曲盤です。現在ももっとレアなものを手に入れようと画策中です笑 
購入したサイト等、もしご興味おありでしたら情報提供いたします。ものすごく押しつけがましくて申し訳ありませんが、以前ブランにご興味示されていましたので、ご参考までに。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
2017-09-17 Sun 18:37 | URL | nana [ 編集 ]
こちらこそご無沙汰してしまいすみません。なかなかここのところこちらの記事が書けていないもので、私自身としてももっといろいろやりたいんだけどなあと思いつつ^^;
彼のダンディーニの映像があるんですね!それはちょっと気になるところです。彼のイメージはどちらかというと(いい意味で)間の抜けた第1ブッフォで、斜に構えた第2ブッフォはコルベッリかなあと思っていたので。
何をやっても必ず笑いを取れる素晴らしいブッフォでした。。。合掌。
2017-09-23 Sat 20:28 | URL | Basilio [ 編集 ]

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