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Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第百十二夜/気位の高いヴィーンの貴族~

6周年で少しコメントした通り、追悼記事を挟みましたが今回から久々に特集を。
このコーナーを何度かご覧になっている方はおなじみだと思いますが、blog主は低音歌手を偏愛しております。
が、改めて目次を見てみると意外なぐらいバリトンの紹介が少ない!!これはいかん!!ということで、お気に入りの各国のバリトンを紹介していく「大バリトン特集」をスタートいたします^^
(え、ソプラノの方が少ない?前回カバリエだったしいいじゃないですか!)

最初に取り上げるのは独墺系のハイバリトンの代表格というべきこの御仁。

Waechter.jpg
Graf Danilo Danilowitsch

エーベルハルト・ヴェヒター
(エバーハルト・ヴェヒター)

(Eberhard Waechter)
1929〜1992
Baritone
Austria

プライのところでも触れましたバス&バリトン栄光の世代1929年生まれの墺国の名手です。
この世代の独墺系のハイバリトンと言えば日本で親しまれているのはプライやフィッシャー=ディースカウだと思いますが、ヴェヒターもまた忘れてはいけない重要な歌手としてその名を録音史に刻んでいます。私見では少なからぬ録音に反して必ずしもレパートリーが広い訳ではない、と言いますかピッタリと合致する役柄が多い訳ではないのですが、ハマる役では彼を超える歌唱を探すのが難しいというタイプの人と認識しています。例えば豊かな声でたっぷり歌うような、ヴェルディはじめとする伊ものの役では率直に言えばピンとこない一方で、数々のオペレッタでの最高のパフォーマンスは、録音史を彩る名盤として永久に語り継がれるべきものであると思います。

遺された録音からだけでも非常に貴族的と言いいますか、鼻っ柱の高そうな雰囲気が漂っている人ではあるのですが、保守的で相当難しい人だったようです(実際男爵ですし)。ヴィーン国立歌劇場の総監督になってすぐに音楽監督だったクラウディオ・アバドが退任していった話などは顕著な例でしょうね。とはいえそういった厳しさもまた彼の藝風を形作る個性であるようにも感じます。

実はヴィーンを代表する名手のご紹介は初めてですが、彼ならばもってこいの方かと!

<ここがすごい!>
僕はどうしてもこの時代に独墺圏で活躍したハイ・バリトンを考えるとき、F=Dとプライとヴェヒターをセットで考えてしまうのですが、それは彼らが同じようなレパートリーで活躍し共通する面もありながら、それぞれに全く異なる個性を持っているからです。求道者のようにあらゆる分野の声楽レパートリーで練りこんだ歌唱を残しているF=D、明るくて人間味のある人柄が滲み出るような藝で聴かせるプライに対して、ヴェヒターは何と言っても華やかで貴族的なオーラと言葉の巧みさで記憶に残ります。言葉に対する感覚でいけば当然F=Dも優れているわけですが、F=Dが一つ一つの言葉の解釈にこだわった学者肌で理知的なアプローチを取っているのに対し、ヴェヒターのそれはもっと自然な、口をついて出てくる言葉がそのまま歌や科白回しになってしまうような印象を持ちます。決してそんなことはないとは思うのですが、彼自身の素の姿がそのまま出しているのではないかという錯覚に陥ってしまうような自然なパフォーマンス。これが彼の演じているもののひとつの軸なのではないかなと。ですからその軸にぴったりとハマるような役柄を演じさせると、他の追随を許さないヴェヒター独自の世界を展開してくれるように感じます。

その彼の軸を考えると、どうしても「貴族」というキーワードを避けては通れません。何と言っても孤高ともいうべき気品があります。もちろん例えば伊ものではバスティアニーニが、仏ものではブランが品格ある歌を持ち味にしている訳ですが、もっと他を寄せつけない、自分自身が優れた存在であるというような強い矜恃が滲み出るような、そんな気品です。これを軸に彼が得意にしたレパートリーを考えると実にスッキリまとまる気がするのです。例えばそこに藝術的な才能が備わると尊敬される詩人ヴォルフラム(R.ヴァーグナー『タンホイザーとヴァルとブルクの歌合戦』)になりますし、その自信満々さが男性的な魅力の方面に向かえばドン・ジョヴァンニ(W.A.モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』)になります。そして一転こうした気品が実はこけおどしで、実は根っこのところでは幼児性を感じさせるようなワガママな人物なのだということが垣間見えれば、アルマヴィーヴァ伯爵(W.A.モーツァルト『フィガロの結婚』)やアイゼンシュタイン(J.シュトラウス2世『蝙蝠』)に早変わりしてしまいます。私見ではこうした多面的なキャラクターが高次に結びついた、彼の一番の当たり役こそがダニロ(レハール F.『メリー・ウィドウ』)ではないかと。パリを舞台に活躍する大使館員らしい華やかさはもちろんのこと、大人の戀物語の登場人物としてのダンディさや暑苦しくならない趣味の良さ、そしてスマートに喜劇的な面も引き出すことができる匙加減のうまさなどどれを取っても一級品です。後でご紹介するシュヴァルツコップフとの共演盤はこの作品の金字塔であり、蓋し彼を聴かずしてダニロを語ることは出来ないでしょう。

<ここは微妙かも(^^;>
独ものやモーツァルトで際立つことば回しの巧みさに対して、伊流の流麗なカンタービレを聴かせて欲しい演目ではどうにも固さが出てしまうのがこの人のツラいところでしょう。フィガロ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)も遺していますが独語歌唱にもかかわらずギクシャクした印象は拭えませんし、ヴェルディでも苦しそうというか合っていない感じが強くしてしまいます。何というかこういう演目では声そのものがパサついて聴こえてしまうのです(独ものではその豊かさに驚かされるのに!)。
またお得意のオペレッタでも人によっては歌よりも語りに重きを置きがちな彼の歌は好まないかもしれません。そこが持ち味でもあるのですが。

<オススメ録音♪>
・ダニロ・ダニロヴィッチ伯爵(レハール F.『メリー・ウィドウ』)
フォン=マタチッチ指揮/シュヴァルツコップフ、シュテフェック、ゲッダ、クナップ、エクヴィルツ共演/フィルハーモニア管弦楽団&合唱団/1962年録音
>録音されて半世紀経ちますが、未だに本作最高の名盤ではないでしょうか。登場のアリアから彼らしい自由な歌いぶりなのですが、それがダニロというキャラクターの伸びやかな個性を実に見事に表現しているように思います。彼のオペレッタらしいかなり崩しの入る歌いぶりなのですが(例えば同じ役でもプライはきっちり楽譜通りに歌いながら人物像を滲ませていく全く別の名演)、それによって下品になってしまうことは決してなく、子どもっぽさや気の短さはあっても貴族らしい優雅な華やかさのある大人の男を描いてしまう手腕には何度聴いても脱帽させられます。科白回しも最高で、ハンナとの和解の重唱に入るまでの会話などシュヴァルツコップフ共々これ以上は考えれらません!役柄以上に魅力溢れるゲッダのカミーユやコケティッシュなシュテフェック、クナップはじめコミカルな脇の人たちも粒ぞろいです。そしてフォン=マタチッチの指揮!ちょっとエキゾチックな空気を与えているのが作品の雰囲気を盛り上げています。

・ガブリエル・フォン=アイゼンシュタイン(J.シュトラウス2世『蝙蝠』)
ダノン指揮/リー、ローテンベルガー、スティーヴンス、ロンドン、コンヤ、クンツ共演/ヴィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1963年
>アイゼンシュタインを当たり役にしたヴェヒターは、ことこの役についてはたくさんの録音を遺していますが(中にはフランクをやっているものなども)、個人的にはベストではないかと!共演陣とのバランスがいいこともあってか、彼の作り上げる人物像がが最も自然に表現されているように思うのです。それにしてもよくもまあ社交界でも活躍する華やかな伊達男の雰囲気を湛えつつ、ここまでお馬鹿で人間的で子どもっぽい人物を作れるものです。リーとの時計の重唱などその喜劇役者ぶりに笑みが溢れます。舞踏会への重唱はファルケがロンドン(!)ということでこの歌の録音でも最重量級のコンビではないかと思うんですが、こちらも意外なぐらいの軽やかさで実に愉しい!(この部分についてはベリーとのライヴでの自棄っぱちテンション&最後に痺れる高音!というのも捨てがたくはありますが笑)そのほか共演のメンバーもそれぞれベストの出来ですが、極めつきなのはダノンの柔軟な指揮!クライバーにも劣らない決定的名演と思います。

・ヴォルフラム・フォン=エッシェンバッハ(R.ヴァーグナー『タンホイザーとヴァルとブルクの歌合戦』)
サヴァリッシュ指揮/ヴィントガッセン、シリヤ、バンブリー、グラインドル、シュトルツェ、クラス、パスクーダ、ニーンシュテット共演/バイロイト祝祭管弦楽団&合唱団/1962年録音
>恥ずかしながらあまり聴き込めていないヴァーグナーですが、この演奏は最初に聴いたときからその魅力に惹きこまれたもの。ヴェヒター演ずるヴォルフラムは非常に気高く、また若々しいパワーを感じさせるもので、ともするといいやつだけどちょっと智に働きすぎた四角四面な人物になってしまいそうなこの役にうっとりさせるような美しさを与えています。タンホイザーがヴェーヌスヴェルクから帰ってきて騎士達と遭遇する場面のアンサンブルで、これだけのメンバーを颯爽とリードしていく様は惚れ惚れするほどかっこいいですし、もちろん夕星の歌も愁いを帯びた、しかし優しい愛を感じさせる稀代の名唱です。しかしそれ以上に衝撃的なのは、ヴィントガッセンによるローマ語りの力演の後、これまたバンブリーのヴェーナスからの強烈な誘惑に対して発する、力強い「エリーザベト!」の一言!それまでのうねる音楽が一瞬にして鎮まり、タンホイザーが正気に返るのがわかる凄まじい瞬間です。これを聴かずしてタンホイザー語るなかれ、です。

・アルマヴィーヴァ伯爵(W.A.モーツァルト『フィガロの結婚』)
ジュリーニ指揮/シュヴァルツコップフ、タッデイ、モッフォ、コッソット、I.ヴィンコ、ガッタ、エルコラーニ、カプッチッリ共演/フィルハーモニア管弦楽団&合唱団/1959年録音
>ヴェルディを演じるとどうもしっくりこないヴェヒターなのですが、同じ伊語でもモーツァルトの演目になるとびっくりするような名演が飛び出してくるのはちょっと不思議なほどです。こちらでの伯爵は旧主的で身勝手な殿様ぶりが前に出てくる役ではあるのですが、仮にも『セビリャの理髪師』の伯爵と同人物ですから、脂ぎったセクハラおやじではなく品のある美男子であって欲しいところ、ここでの彼の歌はそうしたバランス感覚が抜群にいいです。なんと言いますか、ちょっと美男子なのを鼻にかけた嫌な雰囲気をしっかり出しているんですが、それでもしょうがない人だなあと思わせてしまう人懐っこさもあるのです。だからしっかり悪役なんだけれども、夫人の赦しの言葉が嘘くさくならない。こういう伯爵は、彼にしか歌えないものだと思います。

・ドン・ジョヴァンニ(W.A.モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』)
ジュリーニ指揮/タッデイ、シュヴァルツコップフ、サザランド、アルヴァ、シュッティ、カプッチッリ、フリック共演/フィルハーモニア管弦楽団&合唱団/1959年録音
>実はこの演奏は何よりヴェヒターの題名役の声が軽く感じてしまって、長いこといいと思えなかったものなのですが、今回の記事を書くために改めて聴き直してその素晴らしさを改めて認識したもの。例えばシエピやギャウロフのようなバスや、バリトンでもブランのような深みのある声による悪魔的で強大な力を念頭に置いてしまうとなんとなくピンと来なくなってしまうのですが、もっと等身大の色事好きの貴族と思ってこの役を捉えると、彼のハイバリトンも決して軽々しい響きではなく、むしろその卓越したリズム感と言葉さばきをともなって、筋肉質で機動力のある男性的な魅力を引き出していることがよくわかります。共演陣は異種格闘技戦感はあるものの総じてレベルは高く、趣味は分かれるかなあという気はします(上のフィガロもそんな感じですが)。これはこれで楽しいので僕は好きですが。

・フォン=ファーニナル(R.シュトラウス『薔薇の騎士』)
フォン=カラヤン指揮/シュヴァルツコップフ、ルートヴィヒ、エーデルマン、シュティッヒ=ランダル、ゲッダ、ヴェリッチ、キューエン共演/フィルハーモニア管弦楽団&合唱団/1956年録音
>不滅の名盤。ここまでの他のキャラクターが本物の貴族だったのに対し、こちらは爵位を金で買った成金貴族という役どころですが、だからこそ彼の歌によって理想の高さや爵位への執着といった部分がよく出ているように感じられます。必ずしも出番は多くないものの、オクタヴィアンとオックス男爵の決闘の後で怒りまくって娘を怒鳴りつけ、男爵をなじるあたりの早口でのまくし立てなどは流石の出来で、やり場のない怒りの爆発にはフォン=ファーニナルの立場なりの悲哀も感じさせます。一方で、終幕でマルシャリンと交わすほんの一言の大人の会話に父としての慈愛を覗かせたりするのはうまいものです。共演陣はその彼を脇に回してなお存在感の強い名演。フォン=カラヤンはこういう作品でこそ良さが出る人と思います。

・ヴラディスラフ2世(B.スメタナ『ダリボル』)
クリップス指揮/シューピース、リザネク、クレッペル、チェルヴェンカ、ダッラポッツァ共演/ヴィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1969年
>スメタナ本人が、作曲したオペラの中で最も気に入っていたという作品の独語版。全体に演奏そのものの質は高いと思うのにカットがやたら多いのが玉に瑕で、特に後半が尻すぼみになってしまっているのが大変残念です。さておき我らがヴェヒターは、こういう思い悩む王様を演じさせると随一だなあと唸らされる出来で、原語版でこそないもののこの役柄を知る上では外せない名唱ではないかと思います。とりわけ2幕の為政者の苦悩を吐露するアリアは全霊をかけて歌っていることがひしひしと伝わってくる素晴らしい歌唱で、心ならずも厳しい決断を迫られる王の姿が目に浮かぶようです。題名役のシューピースとヒロインのリザネクがドラマティックな声で聴きごたえ満点、ヴァーグナーがお好きな方はお気に召すのではないかと思います。
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