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Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第百十八夜/曲者は朗らに歌う〜

「大バリトン特集」と銘打って、露国の歌手を取り上げない訳には参りません。まだ取り上げていない人がたくさんいますので誰にしようか非常に悩ましいところではありましたが、今回は性格派として知られるこの人に白羽の矢を立てました。

Al-Ivanov.jpg
Kiril Petrovich Troekurov

アレクセイ・イヴァノフ
(Alexey Ivanov, Алексей Петрович Иванов)
1904〜1982
Baritone
Russia

以前確かプチーリンの回でも触れたように思いますが、20世紀前半の露国にはイヴァノフというバリトンが2人います。1人は分厚くて豊かな声のアンドレイ・イヴァノフで、英雄やパワフルな役どころでその力を発揮していました。これに対して今回の主役のアレクセイ・イヴァノフは、アンドレイに比べると明るくて薄めの声質ながらその藝達者な歌い口で主役から脇役まで幅広いレパートリーをこなし、数々の録音を遺しています。例えば露ものだけを取り出して見てもムソルグスキーやチャイコフスキー、リムスキー=コルサコフといった有名作曲家の作品にとどまらず、ルピンシテインやナプラヴニク、そしてシャポーリンといったほとんどお目にかかることのないような作品の音源に登場しているのは注目すべきことでしょう。一つにはそれだけ露国で当時親しまれていた歌劇のレパートリーが、今の私たちが想像するよりもずっと多様性に富んでいたということの証左と言えますし、もう一つにはその中で如何にアレクセイが重宝されていたのかということをうかがい知ることができるからです。そしていずれの録音でもその存在感の貴重さをこれ以上なく示していると言えると思います。

一言で言ってしまえば曲者の似合う藝風で、方向性は必ずしも完全に一致しませんが、ゴッビとは近いイメージと言えるのではないでしょうか。脇役であったとしても彼が登場するとそのアクの強さは記憶に残り、演奏全体のアクセントになります。リムスキー=コルサコフの作品などは1場面にしか登場しない名もない役柄に突然名アリアが与えられていたりするので、彼のような人が起用されると歌を聴く愉しみも緊張感も増して大変嬉しいところ。もちろん大きな役でも主役、悪役、狂言回しとどんな人物でもキャラクターを立たせて、しかも毎度おなじみにならない器用さがあります。出る以上は仕事とをしたと思ってもらえるような仕事をする、と言ってもいいのかもしれません。前述の通り遺しているのは露ものがメインなのですが、そう思うと例えば伊もののイァーゴ(G.F.F.ヴェルディ『オテロ』)、ナブッコ(同『ナブッコ』)、マクベス(同『マクベス』)、スカルピア(G.プッチーニ『トスカ』)、それにバルナバ(A.ポンキエッリ『ジョコンダ』)、アシュトン卿エンリーコ(G.ドニゼッティ『ランメルモールのルチア』)あたりを遺してくれたら面白かったのかもしれません(アリア集では遺しているものもあるようです)。

そんな訳で、今夜はソヴェト時代の大立者にご登場いただきましょう。

<ここがすごい!>
アレクセイ・ペトロヴィッチ・イヴァノフの声と歌が正統派のヒーロー役ーー物語上の正義のために鬪い、勝利や愛を手にするーーに適しているか、と問われることがあるのであれば、素直に肯んずることはできないというのが私の意見です。声の響きは張りと輝きがあってドラマティックでまさにオペラに向いた声、ではあるんですが色気ですとか甘みからは遠い印象を持ちます。パワーはあるけれどやや甲高い響き、稠密ではあるものの乾燥したヴィブラートが感じられる彼の声から感じられるのはドライで理知的、感情よりは理屈に寄った人物です。役柄によっては狡猾で酷薄な色合いすら引き出してくる、はっきり言ってしまえば悪役声なのです。それも勢いだけで悪事を働くような単純な悪役ではなく、ニヒリスティックで隙のない「知能犯」という3文字がよく似合います。ですからもちろんおぞましい敵役を演ずる時の彼の魅力は圧倒的で、ドン・ピツァロ(L.v.ベートーヴェン『フィデリオ』)はとても終幕であっさりと退陣させれてしまうとは思えない憎々しい迫力がありますし、この方面で最高なのはトロエクロフ (E.ナプラヴニク『ドゥブロフスキー』)でしょう。意外にも纏まったアリアのない役で出番もそこまで多くはないのですが、横暴に振る舞う権勢家として強烈なインパクトがあり、もしスカルピア男爵が物語の最後まで生きながらえ恣に過ごしていたらこんな感じだったろうなと思います。アレクセイのアクの強い声に加えて押し出しの強い歌いっぷりが、権力にこだわる強欲ジジイをリアルに作り上げています。

ただし、だからと言って彼が悪役専門であったわけではないのは上述の通りで、実に多様な役柄で見事な演奏を遺しています。例えば彼の演じた重要な脇役としては、トムスキー伯爵(П.И.チャイコフスキー『スペードの女王』)を挙げることができるでしょう。典型的な狂言回しと言えるこの役は、あらすじにしてしまうと説明しづらいのですが全幕に登場し、ゲルマンに秘密のカードの逸話を伝えるという物語のひとつの核を担っており、どういう歌手が演じるかによってだいぶ印象が変わってきます。レイフェルクスが歌えば世慣れた社交人となり、プチーリンが歌えばフェランド(G.F.F.ヴェルディ『イル=トロヴァトーレ』)のような武骨な軍人の昔話色が強くなる。では我らがイヴァノフの癖のある歌と声ではどうなるかというと、途端に腹に一物あるいかがわしい雰囲気になります。カードの歌にしても本当かなあと思わせるところがどこかにありつつ、しかし怪談の信憑性に必須な不気味な迫力は絶対失わない。これを聴くと自らの持ち味をよく引き出すことが出来ることがわかると思います。

或る意味でもっと面白いのが主役での歌唱でしょう。彼の場合主役と言っても普通の主役といいますか物語の中で素直に共感しやすいような役はあまり演じておらず、異形と言ってよいようなものが多いと思います。イーゴリ公(А.П.ボロディン『イーゴリ公』)なども遺してはいるようですが、不器用ながら祖国に忠義を果たしたりするような歌唱が想像できず正直なところどうもピンときません(憂国の策士ならわかるのですが)。むしろ横暴で嫌悪感すら抱かせる面がある一方で、どこかしらに人間くさくて思わず共感してしまうような面が同居しているような役柄ですと、彼らしいアクや癖が昇華されて本領が発揮されるように感じます。こう述べてきたときに頭に浮かぶのは、悪魔(А.Г.ルビンシテイン『悪魔』)でしょう。大変情熱的でうっとりさせるような愛情と目的のためには残虐な行動も厭わない冷酷さとが、時にギラギラするほどパワフルに時にぎこちなくロマンティックに歌われ、この隠れた名作の醍醐味を知ることができます。

悪役然とした声と藝風を多面的に活かすことのできた名優、と思います。

<ここは微妙かも(^^;>
性格的な歌唱を味わえる名歌手ではあるのですが、ちょっと力でゴリゴリと押してくるところがあるので、くどくて好きになれないという方は一定数いるのではないかと思います。繊細で柔らかな歌唱をよしとする向きには脂っこすぎる、癖が強すぎると言われても仕方がないところはありそうです。
またバリトンとしては高めの響きの声も好き嫌いが出るかもしれません。

<オススメ録音♪>
・キリル・ペトロヴィチ・トロエクロフ (E.ナプラヴニク『ドゥブロフスキー』)
スラヴィンスキー指揮/レメシェフ、クドリャフスカ、ドゥダーレフ共演/スタニスラフスキー&ネミローヴィチ=ダンチェンコ記念国立モスクワ音楽劇場管弦楽団&合唱団/1960年録音
>どの役がアレクセイの藝風にあっていたかと思うと、どうしてもこれが真っ先に浮かんできます笑。欲の皮の突っ張った悪党、しかも制度上は“合法的”に私服を肥やしていくという悪辣極まりないこの老人を、アレクセイ以上に説得力を持って演じることはなかなかできないだろうなと思わせるハマりっぷり。力づくで横柄な登場場面は何度聴いてもゾクゾクさせられますし、実の娘に対しても容赦の全くない態度を示す聴かせどころの重唱も総毛立つばかりの完成度。余裕綽々で入れてくる笑い声もいかにも憎々しいですし、見得を切るとこなどでは彼らしい強力な高音を挟んできていて大変なインパクト。或る意味では一面的な役柄なのですが、それでもここまで堂に入った歌唱は、そうはできないとおもいます。どちらかというとネレップなどの方が似合いそうな役ながらレメシェフも流石に美しい喉を披露していますし、クドリャフスカもドゥダーレフも悪くないのですがちょっとオケが非力で肝心なところが揃わないのが残念。しかし、この名指揮者の秘作を楽しむことはできると思います。

・悪魔(А.Г.ルビンシテイン『悪魔』)
メリク=パシャイェフ指揮/タラハーゼ、コズロフスキー、クラソフスキー、グリボヴァ、ガブリショフ共演/ボリショイ歌劇場管弦楽団&合唱団/1950年録音
>時代柄音の悪さは否めないものの、知られざる傑作を楽しめる名盤と思います。悪魔のアリアはフヴォロストフスキーのようにバリトンが遺しているものもあるものの、バスが歌っているイメージが強い中で甲高い響きの声のアレクセイが歌うとどうなんだろうと思って聴き始めるのですが、不足や違和感はありません。むしろその力強く、時に強引にすら聴こえる歌い口が、このキャラクターを超自然的な存在として引き立てるとともに、戀愛感情への不器用さを際立たせているように思います。実は最もよく歌われる3幕のアリアは意外とさらっと歌っているのですが、むしろそのあとのタマーラとのやりとりや天使との対決などは迫力満点で聴きごたえがあります。また2幕の2つのロマンツァも名唱で、ここはさながらリサイタルのようでもあります(笑)共演陣はいずれも立派で、タラハーゼは澄んだ若々しい声が好印象。名手コズロフスキーはいい歌はもらっているとはいえ出番も多くない損な役回りで登板していて贅沢な気分ですwクラソフスキーの重厚なバスも素敵で、いつもながらこういう役で力を発揮しています。

・トムスキー伯爵(П.И.チャイコフスキー『スペードの女王』)
メリク=パシャイェフ指揮/ネレップ、スモレンスカヤ、ヴェルビツカヤ、リシツィアン、ボリセンコ共演/モスクヴァ・ボリショイ歌劇場管弦楽団&合唱団/1949-1950年録音
>本作の歴史的名盤。この当時のボリショイの看板役者たちが揃っていると言えるでしょう。彼一流の一筋縄では行かなさそうな歌い口によってこの人物のいかがわしさが増していて、ゲルマンの“悪い友達”という風情が漂っています。上述のとおり3枚のカードの歌は怪談調の不気味さに全体が包み込まれた名唱で、計算された忍び足のppから強靭で逞しいffまでその表現の持ち駒の多彩さを惜しげも無く披露しています。他方で終幕の賭場での歌では、伯爵にはグループのリーダー格になるようなちょっとしたカリスマが備わっているように感じられる牽引力のある朗らかな歌いっぷりです。メリク=パシャイェフの指揮はこれしかない!と思わせるような絶妙な間合いですし、何と言ってもネレップのゲルマン!!後半のやけっぱちなのにどこか堂々とした歌唱はオペラファン必聴でしょう。

・コンラドチイ・フョードロヴィッチ・リレーエフ(Ю.А.シャポーリン『十二月党員たち』)
メリク=パシャイェフ指揮/ネレップ、ピロゴフ、ペトロフ、セリヴァノフ、ヴォロヴォフ、イヴァノフスキー、ポクロフスカヤ、ヴェルビツカヤ、オグニフツェフ共演/ボリショイ劇場管弦楽団&合唱団/1953年録音
>これもまた現在ほとんど聞くことのないシャポーリンの名作。やや多すぎる登場人物に話の筋が散ってしまっているような感じですとかもう少し盛り上がり切らない部分もあるのですが、それでも各役に魅力的な歌が配されていて美しい旋律に魅了されます。リレーエフはアレクセイの演ずる役の中では比較的癖のない主役と言っていい役ではないかと思いますが、他方で当時の過激派である十二月党を率いた人物の1人でもありますので、その腹の底の見えなさと言いますか理知的な賢しさが引き出されているように思います。いい意味で政治家っぽいドライな賢さが役のリアリティを生んでいるということもできるかもしれません。アリアも多いですが、計画実行を前にした愛国的な嘆きの抑えた表現が個人的には気に入っています。この音源は何度か登場していますが、今回改めて聴いて見てこれだけの人が集まったことに改めて驚嘆しました。

・シェルカロフ(М.П.ムソルグスキー『ボリス・ゴドゥノフ』)
メリク=パシャイェフ指揮/ペトロフ、レシェチン、イヴァノフスキー、アルヒーポヴァ、シュルピン、キプカーロ共演/モスクヴァ・ボリショイ歌劇場管弦楽団&合唱団/1962年録音
>これも当時のスターキャストを集めた録音。ちょっともったいないぐらい出番が短いのですが、官僚的な役に甘さが少なく峻険で引き締まった口跡でよく似合っています。むしろ小さい役だからこそ彼のような個性の強い名手が歌うことによって作品の幅が広がるなあと思わせてくれるパフォーマンスとも言えるかも知れません。キプカーロも同じようにハイバリ系ではありますが、湿り気のある妖しい声ではっきりと個性の違いが出ています。共演ではやはりペトロフの題名役やアルヒーポヴァのマリーナがいいですが、レシェチンの演ずる渋いピーメンも忘れ難いものです。

・使者(Н.А.リムスキー=コルサコフ『皇帝サルタンとその息子栄えある逞しい息子グヴィドン・サルタノヴィッチ、美しい白鳥の王女の物語』)
ネボリシン指揮/ペトロフ、イヴァノフスキー、スモレンスカヤ、オレイニチェンコ、ヴェルビツカヤ、シュムスカヤ、レシェチン共演/ボリショイ歌劇場管弦楽団&合唱団/1955年録音
>こちらはさらに小さい役(というかリムスキー=コルサコフはどうしてこう固有名詞がないような小さい役に突然アリアをつけるのかw)ではありますが、これまでにあげた作品とは一線を画すコミカルな音楽をイヴァノフが巧みに歌っていて興味深いです。ちょっと間延びした呑気な雰囲気をまといながらのびのびとユーモラスに歌っていて、彼にはこんな抽斗もあったのかとちょっとびっくりさせられます。普段の彼からは想像がつきませんが、こういう道化役的なものも向いていたんだなということがよくわかり、性格派の面目躍如というところでしょう。こちらも音は良くないもののおなじみの名手たちが揃っており、“熊蜂”だけではないこの作品の魅力を知ることができます。

・ドン・ピツァロ(L.v.ベートーヴェン『フィデリオ』)
メリク=パシャイェフ指揮/ヴィシニェフスカヤ、ネレップ、シェゴリコフ、ネチパイロ共演/モスクヴァ・ボリショイ歌劇場管弦楽団&合唱団/1957年録音
>こちらはかなり変わり種でカットも多い演奏ではあるのですが、コレクター的な意味での「興味深さ」を超えた演奏と思います。この悪徳典獄に与えられた苛烈な音楽と、アレクセイのきつめの歌い口の親和性はやはり非常に高く、露語の訳詩で歌われていることを忘れてしまうほどです。その口跡にメリク=パシェイェフのアップテンポの指揮も相まって、サディスティックでエキセントリックな魅惑の悪党ぶりだと言えるのではないかと。シェゴリコフがやや籠もった声で、田舎っぽい純朴さのあるロッコを演じているのとは好対照でしょう。ヴィシニェフスカヤが鋭利な声で歌うレオノーレも、ドラマティックなパワーのほとばしるネレップのフロレスタンも、いずれも露風ではありますが見事で、風変わりながら名盤でしょう。
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