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Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第廿九夜/録音時代の巨匠~

再びシリーズから外れ……と書き始めましたが、バスとバリトンに書きたい人があまりにも偏っているので、もうこの縛りをかけるのやめようと思います^^;
これからは、好きに書く!

さて、そういう訳で、今回は、先ごろ亡くなったこの人のことを書かずにはいられない訳です。

DietrichFischerDieskau.jpg
Il Conte di Almaviva (Mozart)

ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ
(Dietrich Fischer-Dieskau)
1925~2012
Baritone
Germany

録音史上、彼ほど歌劇、歌曲、宗教曲その他諸々の分野を横断して数々の名声を残し、また名録音を残した人物もいないでしょう。その事実はたとえ“アンチ”であったとしても、認めざるを得ないと思います。同じ声楽と言っても、例えば宗教曲と歌劇と両方で名声を残すというのは、やはり表現方法が大きく異なるため難しいようで、どちらかでは有名だけど、どちらかはあまり精力的に活動していない、或いはほとんど歌っていないなんて人もたくさんいるのです。
中でも取分けドイツ・リートが、彼の最も本領を発揮したジャンルだということで、例えばF.シューベルトの“冬の旅”はリート・ファンからすると、彼なしには語ることができないと言います。が、そこはこの企画、注目するのはもちろん歌劇です(というか僕は、哀しいかな語れるほど歌曲は聴けておりません苦笑)。

歌劇でも、あとで触れますが彼は驚くほど守備範囲が広く、ちょっと信じられないようなものまで録音しています。ただ、自身の本来の領分というのは良くわかっていたようで、実際に舞台で全曲歌ったものというのは、かなり少ないというのが実情のようです。これなんかは実際に舞台でやって欲しかったな、というものも少なくありません(一方で、なんでこれをやっちゃったよ……というのもなくはない笑)

ちなみに奥さまはソプラノのユリア・ヴァラディ。

フィッシャー=ディースカウは、声楽に親しんでいる人なら大なり小なり耳には必ず入ってくる、というような、いわば20世紀声楽界の巨匠だったのです。
その彼が、87歳の誕生日を10日後に控えた去る5月18日、バイエルンで亡くなりました。まさに巨星墜つの感があり、私も曲がりなりにも追悼記事を書こうと思ったのです。

<演唱の魅力>
基本的に私は美声が好きだというのもあって、ここでもまず彼の美声から書き始めざるを得ないでしょう。ただ、どちらかと言えば私が好む、割と重厚なバリトンの響きというのは、彼には乏しくて(と言っても、ちゃんとドスも効きますがね^^;)、本来の声としては柔らかめのハイ・バリトンだと思います。或る意味で彼の声のリソースは、ヴェルディとは対極にあるように個人的には思っています。ハリの強い光沢のあるいかにも伊国っぽい声ではなく、まさに独国らしい、非常に柔和な声。
そういう彼の適性を考えた時には、やっぱり一番嵌っているのはモーツァルトを含めた独墺系の作曲家の歌劇の役柄であろうと思います。特に彼の独語は、独語が実際わからない私が効いてもわかるくらい、とても綺麗な発音ですから、それはもう鬼に金棒と言っていい。実演では歌わなかった(!)ということですが、W.A.モーツァルト『魔笛』のパパゲーノなどは、確かにその自由な感じから考えれば同年代のヘルマン・プライでしょうが、彼の良さがとてもよく表れているものだと言えるでしょう。

しかし、彼はその自分のリソース以上のことができてしまう人なのです。
さっくり言ってしまえば、このひとは本当に頭がいいんだと思います。これまでも何度かいろんなひとのところで知的だとか頭の良さそうなというようなことを言ったように思うのですが、彼はもう別格です。テキストをかなりじっくり読み込んで、どういう表現をすべきかというのを真剣に検討して、そして計算高く歌う結果、本来の彼の財産からは遠いものであっても、納得させてしまうようなものが作れてしまう。また歌も飛び切り巧いのです。彼ぐらいの歌の技術があった上でさまざまなアプローチが可能になっているのでしょう。G.F.F.ヴェルディ『マクベス』題名役や、G.プッチーニ『トスカ』のスカルピア男爵などがこれに当てはまります。所謂こうした役の姿とはちょっと違いますが、マクベスの病んでる感じやスカルピアの変態っぷりはなかなかのもの。あと意外どころではG.ドニゼッティ『ランメルモールのルチア』の陰険なお兄ちゃん(一癖ある役ばっかりですが……笑)

そういった要素が噛み合った彼の当たり役中の当たり役こそが、W.A.モーツァルト『フィガロの結婚』のアルマヴィーヴァ伯爵でしょう。この役もいろんな人がいろんなアプローチをしていて、それぞれに納得できるものやお気に入りはあったりはしますが、ベストが誰かと言えば、フィッシャー=ディースカウを置いて他にはいない。この状況は現在でも揺らいでいないと思います。またあの難しい歌を簡単そうに歌ってしまうんです。

<アキレス腱>
さてではそんな私が諸手を挙げてフィッシャー=ディースカウ礼賛かというと、そこはちょっと違う。
先ほども述べたとおり、本来的には伊国とは全く異質の声だと思うのです。言葉の繊細なニュアンスは卓越したものはありつつ、ヴェルディの熱量の必要な場面(例えばリゴレットが2幕フィナーレで怒りを爆発させるところなど)は個人的には趣味から外れます。伊国ものを中心としてやっているメンバーの中に入ったりすると、どうしても違和感は拭えません(尤も、例えばロドリーゴ(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)など、独語で独国メンバーだと妙に納得できたりもするのですが。)

あと、どれもあまりに練りに練って注意深く歌うものですから、イタオペにありがちな、シリアスな顔はしているけれども、実際にはすっとこどっこいで頭悪いとしか思えないような役に嵌らない。やたら知的で説教くさい感じになってしまって、全然嵌ってないじゃん!と感じることも間々あります。とはいえ勢いに流されないのが、やっぱり巨匠は違うなと思う訳ですが。

<音源紹介>
・アルマヴィーヴァ伯爵(W.A.モーツァルト『フィガロの結婚』)
ベーム指揮/ヤノヴィッツ、プライ、マティス、トロヤノス、ラッガー、ジョンソン、ヴォールファールト共演/ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団&合唱団/1968年録音
>これも不滅の名盤でしょう。彼の当たり役中の当たり役。彼以上の人が今後現れるとは、正直なところ思えません。歌の巧さと言い、言葉の扱いといい、非常に良く練られています。キャラクターとしてはしょうもない人だなあと思わざるを得ないところなのですが彼の歌は実にカッコよく、スタイリッシュ。共演もベームの指揮ぶりも大変素晴らしいですが、なかでもプライは古今のフィガロの中でもベストと言うべき歌唱です。

・パパゲーノ、弁者(W.A.モーツァルト『魔笛』)
(パパゲーノ)ベーム指揮/ヴンダーリヒ、リアー、ピータース、クラス、ホッター共演/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団&ベルリンRIAS室内合唱団/1964年録音
(弁者)ショルティ指揮/バロウズ、ローレンガー、プライ、ドイテコム、タルヴェラ共演/WPO&ウィーン国立歌劇場合唱団/1969年録音
>いずれも大変優秀な演奏ですが、いずれも決定盤と言うべきかは留保がいるかしら。彼がパパゲーノを歌っている録音は、タミーノが以前紹介したヴンダーリヒであるというのもあって、少なくともこの2人に関しては何の心配もいりません。もう、楽しむだけです笑。ただ、前述のとおりパパゲーノのキャラかと言われれば、ちょっとかなり違うのですが……趣味の問題でしょう。特に1幕の5重唱“ム、ム、ム”のハーモニーの美しさと言ったら!共演も悪くありませんがピータースの夜の女王はもうちょっと。弁者を歌っている方は、このチョイ役に流石の存在感。共演ではプライのパパゲーノという古今無双の当たり役を楽しめる他優れていますが、やっぱりタミーノはヴンダーリヒがいいなぁ(^^;

・マクベス(G.F.F.ヴェルディ『マクベス』)
ガルデッリ指揮/スリオティス、ギャウロフ、パヴァロッティ共演/LPO&アンブロジアン・オペラ合唱団/1971年録音
>これも名盤。基本的にこのひとにはヴェルディはあっていないと思うのですが、この役については彼の役者ぶりが非常に冴えて、というかこの役に嵌っていて、これもありかなと感じます。特に狂乱の場面は流石の一言。ひょっとするとシモン・ボッカネグラなんかありだったのかもしれないという気もします。共演は切れ味抜群で個人的には録音史上最高のマクベス夫人だと思うスリオティス、後年よりも若々しい声と表現を楽しめるギャウロフ、このころは何を歌っても最高のパヴァロッティとかなり満足のいくものです。

・ジョルジョ・ジェルモン(G.F.F.ヴェルディ『椿姫』)2020.5.29追記
マゼール指揮/ローレンガー、アラガル、マラグー共演/ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団&合唱団/1968年録音
>彼のヴェルディはその表現の巧みさに対してしっくり来ないという印象が強かったのですが改めて聴き直して認識を新たにしたのがこちら。マクベスもそうですが、朗々とした伊国のバリトンが美声を聴かせる路線では感銘度が低い役だということも言えそうで、だからこそFDの緻密な歌唱が活きているようです。ヴェルディが創造したバリトンの役、父親像の中でも群を抜いて嫌な人物、旧世代の善悪観や因習を押しつける老人を多面的に演じています。それは例えばヴィオレッタに会いに来た場面での高圧的な振る舞い、若者たちに寄り添うようでいて実のところ反抗を許さない偽善的な猫撫で声の説得、怒りに任せてヴィオレッタを侮辱したアルフレードに対する、自分のことを棚に上げた激昂など非常に説得力のある一本の筋が通っています。指揮や共演を含めて、手垢のついた本作に新たな光を当てている名盤です。

・フロイラ(F.シューベルト『アルフォンソとエストレッラ』)
スウィトナー指揮/シュライアー、マティス、プライ、アダム/ベルリン国立歌劇場管弦楽団&ベルリン放送合唱団/1978年録音
>マイナー作品ではありますが、歌曲王の付けた音楽を、これまた歌曲でも名声を博した人たちが録音したものですから悪いはずがありません。台本はいまひとつですが音楽は秀逸です。このころの東独の録音には優れたものが少なくありませんが、その最右翼に置くべきものでしょう。フィッシャー=ディースカウ演じる追われる王の役を、ときに悲哀を以て、ときに父性を以て歌っているのが印象的です。

・アシュトン卿エンリーコ(G.ドニゼッティ『ランメルモールのルチア』)
フリッチャイ指揮/シュターダー、ヘフリガー、シュロット、ヴァーグナー共演/RIAS交響楽団&室内合唱団/1953年録音
>これは珍盤!!どうしてバッハやるメンバーでドニゼッティ演っちゃったよっていうwwもちろん独語なので、私の持っているこの音盤には“Lucia von Lammermoor”って書いてあります(笑)演奏は割り切ってしまえば結構楽しめるもの。フィッシャー=ディースカウのエンリーコ(ハインリヒだなw)はかなり厭な奴っぽい役作りが嵌っています^^かなり陰険で強権的なエンリーコで、伊語版の下手な歌手よりうんといいと思います。この時代なのにカバレッタちゃんと繰り返しているのも◎

・スカルピア男爵(G.プッチーニ『トスカ』)2013.9.24追記
マゼール指揮/ニルソン、コレッリ、デ=パルマ共演/ローマ聖チェチリア音楽院管弦楽団&合唱団/1966年録音
>世間的には異色盤らしいけど私的には超名盤(ロストロポーヴィッチ盤と並ぶお気に入り。しかし、世の中的にはあれも異色盤らしいなぁ^^;)。このトスカはプッチーニ嫌いの私にとっても相当面白いです!特にフィッシャー=ディースカウのスカルピアは物凄い知能犯ぶりを発揮していて、実に厭らしくて気持ち悪い(褒めてます)数あるこの役の演奏の中でもここまでとんでもないキレ者ぶりを感じさせるものはないです。聖堂の中でトスカに声をかける時の善人ぶりとその前後の悪人ぶりの落差は大変強力。いやぁ、演技派です。ニルソンも情感が……と言われますがかなりしっかり演技していると思いますし、アリアでのたおやかな歌も素敵、もちろん強烈な声の力も魅力的です。コレッリはいつもながら濃ゆいんですけれども、周囲の異様さの中では目立たなくなってしまっているのがすごい笑。マゼールは鮮やかな指揮ぶり、色彩的な管楽器や個性的なテンポ取りでぐいぐい聴かせます。

・ヴォルフラム・フォン=エッシェンバッハ(R.ヴァーグナー『タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦』)2014.1.14追記
コンヴィチュニー指揮/ホップ、グリュンマー、シェヒ、フリック、ヴンダーリッヒ共演/ベルリン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1960年録音
>不滅の名盤。サヴァリッシュの怒濤のライヴ盤とは全く別のベクトルで、コンヴィチュニーの悠然とした指揮は堂々たる大伽藍を構築していると思います。ヴォルフラムは非常に理知的で、良くも悪くも優等生的な人物として描かれているため、彼の知的な歌い回し、と言いますか率直に言ってしまえば説教臭い感じが非常にあっています(笑)一方夕星の歌は非常に繊細であたたかみの感じられる、しかも端整な名唱。彼の良さを存分に味わえる役どころと言えるでしょう。ホップはヴィントガッセンのような華やかさはないもののの、ヒロイックで力強い声であり、僕は結構好きです。グリュンマーも予想以上のドラマティックさで緊張感のある歌ですし、シェヒはちょっとハスキーでエロチックさがたまりません。そして、なぜかヴァルターをヴンダーリッヒ!蕩けるような甘い美声と活力ある歌声は絶品。フリックはちょっとドスが利きすぎてキャラ違いではあるのですが、声自体は立派。1幕フィナーレのアンサンブルは各人の個性が引き立っており、立体的で素晴らしい演奏だと思います。
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2020-05-14 Thu 10:19 | | [ 編集 ]
ようこそのお運びで^^丁寧なコメントいただきありがとうございます。

こんなblogを書きながら私は語学には疎いのですが、何語で歌っていてもフィッシャー=ディースカウの言葉の感覚は素晴らしく、それはヴェルディでも同様と感じます。それでも彼の録音一つ一つを俎上にあげますとどうしても好き嫌いが出てくるのは、“楽器”としての彼の声と聴く側がどのようにその役柄を捉えているかに拠ってくる部分ではないかと思います。
その上で改めてリゴレットを聴いてみて、ちょっとこの時の書きぶりは行き過ぎだったのかなと反省しているところです。ご指摘のとおりニュアンスについては流石の一言で、とりわけpでの表現は見事なものと感じました。他方で2幕フィナーレなどは個人的な趣味としてはもう少し熱気が欲しいと言う印象で、この記事を書いた8年前にはそのイメージが頭にあったように思います。

そんな訳で少し文面を改めてみました。昔に書いた記事を振り返ると色々と反省することも多く、お恥ずかしい限りです。
2020-05-14 Thu 14:02 | URL | Basilio [ 編集 ]

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