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ドン・バジリオ、または偽りの殿様

ケンタロス



ケンタロス  ポケットモンスター25周年に寄せて
Tauros ver. 25th anniversary

今日は「ポケットモンスター」というゲームが世に出てから25周年だそうです。初代からのファンの1人として、心からお祝いしたいと思います。
コンテンツとして素晴らしい作品になったなあと思うのは、大人・子ども問わず現時点で現役で何かしらのゲームやアニメを楽しんでいる人たちはもとより、一時期離れてしまった人やもはやゲーム/アニメそのものを楽しむことはしなくなった人にも、そのキャラクターや音楽、登場人物やアイテムが郷愁を抱かせるものになっているという点です。かく言う自分もGoは続けていますし、金銀以来ひさびさに剣盾も買って少しずつ進めていますが、どちらかと言うと後者。でも、今もポケモン自体は大好きで、グラニフのコラボシャツなどは嬉々として買ってしまいましたし、推しのアイテムは(なかなか存在しないこともあって)ごりごり集めています笑。

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時の流れの速さを感じさせるのは20周年の記念作品として慌ててリザードンを拵えたことが本当につい最近のことのように思えることですが、考えてみればあれからフシギバナ、カメックスニドキングギャラドスピカチュウを作っている訳ですから、それなりに年月を累ねているんだなあと実感します。
この記念のタイミングで何を作ろうかと頭を捻ってみると、ちょうど今年は丑年!以前一度作品にしたときにも書いていますが、僕が25年間ずっと好きだと言い続けているケンタロスにぴったりではありませんか!普段あまりにも地味な扱いに甘んじていて、グッズにもならない彼らが節目の年のテーマにピッタリなどということはもう2度とは来ないでしょうから、どうしても作りたいと思って2ヶ月ほど準備を続けていました。

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前作に続き苦労したのはやはりしっぽ。三叉同じ長さ、そして細長いという作りのものがお尻からちょこんと飛び出しているというのをウシの身体に仕込むにはどうしたらいいか非常に難渋して、満足のいくものにできるまでには文字通り何日も費やしましたし、無駄にした紙もどれぐらいあったものかわかりません(もちろん当世の展開図から考えていく作家の方々にとっては難しいことではないのだと推察するのですが)。それでもどうにかこのバランスに行き着いたときには本当に嬉しくて、小躍りして妻に報告に行ったぐらいです笑。
頭のサイズや蹄を作るための仕込みを含めて最終的に割と簡単な比率に落ち着いたのもよかったところ。ただ厚みは結構なものになってしまうので、紙質をかなり選びます。最初に本折りと思って仕上げたものは糊で頑張って固定したのですが、どうも納得がいかず、ホイルで裏打ちした紙を新たに用意して作ったのが今回の写真のものです。
厚くなりすぎる部分が出てきてしまうというのは欠点ではありますが、出来上がりはもちろん、折っていて楽しいという意味でも自分としてはいいものが作れたと思っています(作品の完成度と折っていて楽しいかどうかは、不思議なことに相関しないような気がするんですよね)

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折角なので色違いも用意しました。
実のところケンタロスの色違いは、僕としては「どうしてこの配色にしたのか?」と思ってしまう色みでそこまで愛を感じてこなかったのですが、先日のGoのイベントのレイドでうまいこと1頭だけ手に入れることが出来ました。そうすると厳禁なものでなんとなく愛着が増してきまして、急遽紙を手配してこちらも作った次第です笑。

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ポーズはやはり25周年のお祝いというところで赤緑のデザインに拠るのがいいかなということで、初期の絵柄を元にしています。
ただこの点実は思うところもなくはなく。例えばピカチュウやイーブイ、プリンといった人気のあるモンスターはデザインについての研究がかなり進んでいて、グッズにしてもカラーリングや抽象化されたパーツに落とし込み、一瞬そうとは見えないのだけれど見る人が見ればポケモンのグッズだということがわかるレベルまで昇華された素敵なものがあります。ところがケンタロスぐらいのレアキャラになってしまうと、露出が少ない分その点の発展があまりにも少ない。時たまグッズが出たとしても赤緑版のポーズをごりっと押し込みました!みたいなことばかりで、タッチの差もあまりなければ思いっきりキャラクターグッズですよ感が全面に出されてしまってややおダサいテイストになってしまいがちです(このあたりもはや絶版になって久しいと思いますが絵本「ケンタロスのまもりがみのなみだ」は絵も物語も独特の世界を作っていて魅力的でした)。

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ときどき思うのが、ケンタロスが初代のゲーム環境であれほど圧倒的でなければ、或いはああして話題になるタイミングがもっとあとであったら、むしろ今もう少し日が当たっていたのではないかということです。もちろん当初は地味だし、しんかもしないしで名前すらほとんど知られていなかった彼らが小学生だった僕たちプレーヤーに知られるようになったのは、その強さがあってこそです。子ども目線の記憶になってしまいますが、あれだけゲットしづらかったにもかかわらず(実際僕は赤緑でのゲットは結局できていません……延々サファリゾーンで彷徨いていたのに……ガルーラやストライク、ラッキーは何度か獲れたのに……)、あの頃ケンタロスをパーティに入れていない子どもはいなかったのではないでしょうか。
でも、早すぎた。彼らが全盛だった時代はポケモンはもちろんゲームそのものが「子どものもの」でしたから、「子ども」を離れたコンテンツの展開はあまりなされていなかった。他方で初期の環境で強すぎたケンタロスは世代が進むに従って弱体化させられ(これが僕がポケモンから離れた理由でもあります)、大人に向けたポケモングッズが出て来るころには、ほとんど注目されなくなってしまった。
拗らせたファンのノスタルジーだとは思いますがそんな彼らに、もっと光を、という想いはつい募ります。

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さてゲームでは鬪神と謳われた彼らですが、アニメでは当時から不遇を託っていたところがあります。サファリゾーンを舞台にした回で、サトシがボールを投げるたびにケンタロスの群れに横切られ、結局30個のボール全てケンタロスになってしまう……比較的ポケモンのアニメはモンスターとの心の交流を描くような回が多かったにもかかわらず、自分の推しのときに限ってネタ要員なんてと子どもながらにかなり悲しくなったのを覚えています(しかも実際のゲームではケンタロスは群れどころか1匹出て来るだけで居住まいを正して真剣にボールを投げなければならない相手でしたから、「サトシお前、なんてうらやましい!」という気持ちもありました)。
ただ他方でやっぱりあの場面は印象的で、ケンタロスというと群れを作りたいという気持ちになります。そして作った結果がこれです笑。

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実際には「群れを作ろう!」と最初から意気込んだわけではなく、自分として気に入ったものができたこともあって、Goにハマっている母のいる実家に渡そうとか、職場の机に置きたいとか需要を見越した結果何頭か出来上がることになりました。ただこの時はホイルを使っていないので、改めて作る前のものです。
複数いるとそれなりに疾走感が増すように思えるのは欲目でしょうか?

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ひさびさの本格的な新作(実は年始のはこちらからのバリエーション)と積年の想いとで随分暑苦しい文章になってしまいましたが、今日はこんなところで。。。
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