Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

クレンペラー盤『ドン・ジョヴァンニ』~ギャウロフを聴く/その1~

また何の脈絡もなく突然新たなシリーズを始めてみるww
前々から何度も出てきてるんですけど、バスのニコライ・ギャウロフ好きなんですが、長いこと何となく聴いてなかったクレンペラー盤『ドン・ジョヴァンニ』を聴いてみたら、これがまあ良いの良くないのって、こんなに嵌ったのは久々でございました(笑)
で、ちょっとこれを切欠にギャウロフの歌劇の全曲を改めて聴き直そうかなと。
尤も、私はギャウロフのファンですから、バイアスを考慮して、話半分に読んでくださいね笑。

という訳で、初回はその、クレンペラー『ドン・ジョヴァンニ』。
(なお、この記事を書くにあたって、ギャウロフ主演のフォン=カラヤンのライヴ盤(1968)、及びシエピ主演のフルトヴェングラーのライヴ盤(1953)も併せて鑑賞しました。)

W.A.モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』 (1966)
ドン・ジョヴァンニ/ニコライ・ギャウロフ
レポレッロ/ヴァルター・ベリー
ドンナ・エルヴィーラ/クリスタ・ルートヴィッヒ
ドンナ・アンナ/クレア・ワトソン
ドン・オッターヴィオ/ニコライ・ゲッダ
ツェルリーナ/ミレルラ・フレーニ
マゼット/パオロ・モンタルソロ
騎士長/フランツ・クラス

オットー・クレンペラー指揮
ニュー・フィルハーモニア合唱団&管弦楽団

バスやらバリトンやらが好きだと言いながら、白状すると長らくあまり良さを実感できずにいたのがこの作品。
部分的にはシャンパン・アリアや地獄墜ち、カタログの歌などなど好きな曲はあったものの、どうも総体としてピンと来ていなくて、いくつかの録音――定番と言われるシエピをタイトルロールに据えたものや、大好きなブランが登場しているもの――も聴いてはみたものの、正直うーんという感じだったのです。そもそも最初に聴いた録音がフォン=カラヤン指揮のライヴで、しかも今回紹介するものと同様にギャウロフを主演に据えたものだったのに、なんとなくしっくり来なかったのも、大きかったりする。それもあって、名盤の誉れは高いものの、なんとなく手を出す気がしなかったのです。

で、一念発起した結果。
なんで今まで自分はこれを聴かないできたかと大反省(苦笑)
更に1回気に入った録音がそうしてできてしまうと不思議なもんで、これまでしっくり来なかった他の録音を聴いてもしっかり見通しが立つという…笑。

さて、クレンペラー盤ですが、これはもう、何といってもギャウロフの声が圧倒的に凄い。
これは、声の魅力という意味では、彼の数ある録音の中でも断トツのものでしょう。どちらもそこまで録音年が異なる訳ではありませんが、フォン=カラヤンのライヴ盤の貧弱な録音では掴み切れていなかった彼の声が、こちらでは存分に楽しめます。更に言えば、スタジオ録音にも拘わらずこちらの方がギャウロフ自信がノッている印象です。全編に亘って彼の歌っている部分では、彼の声に耳が行ってしまう。正に痺れてしまう、という表現が相応しいでしょう。
ただし、シャンパン・アリアは圧倒的な勢いのあるフォン=カラヤン盤とほぼ互角、趣味の問題でしょう。

彼の創るジョヴァンニ像は、一言で言うなら豪放磊落。
声の力を最大限に活用して、縦横無尽に暴れまわるジョヴァンニを、荒々しいながらも生命力に溢れた歌で作り上げています。恐らくシエピのジョヴァンニを最良と考えられている方からすれば、ギャウロフのそれはあまりにも粗野で野卑なものと捉えるだろうとは思うのですが、それでもギャウロフには抗いがたい魅力があるのも、また確か。例えて言うのならば、緻密に描かれ、計算されたレンブラントの作品のような印象のシエピと、荒々しいながらも逞しいドラクロワの作品を思わせるギャウロフと言ったところでしょうか。この2人を較べてどちらが勝っているなどということにはあまり意味がなくて、単純にどちらが好きか、というレベルの話なのだと思うのです。改めて聴き比べて、少なくとも今の私にはギャウロフの豪快な表現が好みに合っていました。
もし、私のようにシエピのドン・ジョヴァンニがなんとなくしっくりきていない人がいるのなら、ご一聴をお勧めします。

クレンペラーの指揮は、前評判で聞いてはいたものの、大変ゆったりとしたテンポのものですが、歌手たちの力演もあり、緊張感を失わないもの(尤も、ワトソンは遅いテンポに対応しきれていませんが)。近年では流行らないというデモーニッシュな迫力を重視したものですが、私は大変気に入りました。録音が良好なこともあり、フルトヴェングラーやフォン=カラヤンよりもさらに重厚な印象です。

さて、そんな訳でギャウロフとクレンペラーは最高ですが、残念ながら他のキャストには凸凹がある印象。

いい方から言うならば、まずはオッターヴィオのゲッダ。万能型の彼の実力はここでも遺憾なく発揮されていて、その柔らかながらも力強い美声はとても耳に心地いいです。尤もこの役については、今回参考で聴き比べた他の2盤のテナーも素晴らしい。フォン=カラヤン盤のクラウスは、いつもながらノーブルな声と表現で貴族的なオッターヴィオを造形しています。しかし、そんな2人の名歌手を以てしても、これはちょっと敵わないなと思わせるのがフルトヴェングラー盤のデルモータ。まさにモーツァルト・テナーの面目躍如といった感じですが、この役には本当に合っているんだと思います。個人的にはヴンダーリヒやシュライヤーと比べてもデルモータに軍配が上がる印象です。まさに当たり役。とはいえ、この3人はみんな一般にはつまらないと言われるこの役を、聴かせて呉れるという点では間違いないです。

それからフレーニのツェルリーナも、流石娘役のスペシャリスト、というべき出来。これはフォン=カラヤン盤でも同様のキャストですし、どちらも上々。フルトヴェングラー盤のベルガーは、フレーニとは全く違う声質で、より可憐なツェルリーナ。敢えて言えばフレーニの方が強かなこのキャラクターに合ってるような気もしますが、これも趣味の問題と言ったところでしょうか。

ベリーのレポレッロは思ったよりシリアスで、ちょっと怖いぐらいの印象ではありますが、クレンペラーの音楽作りがそもそもあまりブッファではないですから、ありかなと。フルトヴェングラー盤のエーデルマンとフォン=カラヤン盤のエヴァンズはどちらも同じような役作りですが、柄の大きさではやはりエーデルマンか。この役に関してはコレナやフルラネットなど他にも優れた歌い手がいますから、もう少し聴きこまなくては、というところです。ちなみに、カタログの歌だけはギャウロフもアリア集で歌ってますが…声は兎も角、まぁキャラ違いww

マゼットのモンタルソロはもっと暴れるかと思いきや意外と普通でしたが、演奏自体はいいですね。フォン=カラヤン盤のパネライはこういう等身大の役には似合いますが、音域がちょっと合ってない感じ。フルトヴェングラー盤ではこちらに回っているベリーも音域がちょっと違うかな。

騎士長のクラスは手堅く仕事をこなしていますが、迫力という点でちょっと物足りないかも。恨みがこもっている感じはかなりしていて、そこはいいwwフォン=カラヤン盤のタルヴェラは声はいいけど、ちょっと凄み過ぎかな。フルトヴェングラー盤のアリエは、もっと評価されていいと思います。彼の弱点として最低音があまり響かないという点はあるのですが、その粘り強い声質で端正に歌われると、下手に極低音が出るとか凄むとかっていうようなひとよりもうんと迫力が出ます。この役の場合、騎士長はこの世の者ではありませんが、悪人ではないため、大審問官が似合う人が似合うとは限らないのですが、この人はどっちもいけますね。ここでは登場していませんがモルやフリックも素敵。存在するならネーリでも聴いてみたいですね^^

残念ながら今一つの印象なのがエルヴィーラのルートヴィッヒ。ちゃんと歌ってはいるのですが、メゾ・ソプラノの彼女にピッタリの役とは言えないな、という印象。この役は彼女以外でもメゾがやっているものがありますが、やはりソプラノの方が好ましいと思います。フォン=カラヤン盤のツィリス=ガラは悪くないと思いますが、ここはやはりフルトヴェングラー盤のシュヴァルツコップフでしょう。役者の違いを感じさせる歌唱で、1幕の短いアリアでも貫録を感じさせます。

アンナのワトソンは、前述もしましたがクレンペラーのテンポ設定についていけてない感じで、アリアは正直聴いててしんどい。フォン=カラヤン盤のヤノヴィッツ、フルトヴェングラー盤のグリュンマーともに悪くはないものの、今一つ決め手を欠く感じ。この役はダンコのきりっとした名演が印象的です。

そんな感じですから、全体としてみるとギャウロフが出てこないアンサンブルはちょっと退屈に感じられる――というか曲自体、ジョヴァンニの出てこない部分のアンサンブルが退屈?――に感じられる、という印象です。
しかし、最盛期のギャウロフの圧倒的な声とクレンペラーの迫力ある音楽作りを楽しめるという意味では、これは間違いなく名盤だと言っていってでしょう。
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