Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第一夜/我が最愛の歌手~

誰からこのシリーズを始めようかというのは結構悩んだんです。
偉大な作曲家としてヴェルディも考えましたし、20世紀のオペラ史に燦然と輝くカラスももちろん、世界のスーパースターになったパヴァロッティも良いと思った。

けど結局やっぱり1番自分の好きなひとから書き始めるのが良い気がしてきたので、このひとから始めることにしましょう。

Ghiaurov.jpg

ニコライ・ギャウロフ
(Nicolai Ghiaurov, Николай Георгиев Гяуров)
1929~2004
Bass
Bulgaria


20世紀最大のバス歌手。ソプラノのミレルラ・フレーニの夫君としても有名です。

二次大戦に向かっていく時代の小国の貧しい寒村の出身でしたし、大戦後も共産圏の国家でしたから、若い頃はたいそう苦労したそうです。そうしたなかでもヴァイオリンやピアノ、それにクラリネットを学んでいますし、教会でボーイ・ソプラノとして少年合唱に参加したりもしていたようです。

そんな若き日のギャウロフの運命を変えたエピソードがあります。

あるとき彼はオーケストラで合唱や独唱者のついた大規模な曲の指揮を振ることになりました。ところがこの独唱者がへっぽこで何度言っても彼の言うとおりに歌ってくれません。いい加減頭にきた彼は
「いいか!こうやって歌うんだ!」
と独唱者の代わりにオケに合わせて歌ってやりました。
すると合唱もオケもみんな呆然としてしまいました。
訝る彼に独唱者は言いました。
「君が歌うべきだよ」
それほど彼の歌が素晴らしかったのです。

<ここがすごい!>
もちろんまずもって大変な美声。これは大前提としてあります。
ただ、彼の場合所謂一般的な美声の概念に当てはまるかというと、ちょっと違う気が個人的にしています。彼の声は深くて太く独特の色合いを帯びており、ほんのわずか聴いただけでわかります。間違いなく言えるのは、温かみのあるビロードのような伊系の声でも、底知れぬ暗い闇を思わせるような独系の声でもない、スラヴの響きであること。凄く広がりがあって、雄大さを感じさせます。声の響きだけとっても、国王、悪魔、高僧などなど重厚な役にはまさにうってつけ。

しかしその素晴らしい声に加えて、彼はどんな役にも存在感を与えるだけの卓越した表現力を兼ね備えています。

それは例えばG.F.F.ヴェルディ『イル=トロヴァトーレ』のフェランドや同『リゴレット』のスパラフチレ、同『アイーダ』のランフィス、G.プッチーニ『トゥーランドット』のティムールのような脇役をやったときでも遺憾なく発揮されます。これらの役は所謂名曲を歌う訳ではありませんが、ちゃんとしたひとがやらないと公演全体が、或いは録音全体が締まらないものになってしまいます。オペラは音楽であると同時に演劇でもありますから音楽的に重要でなくても演劇的には記憶に残ってもらわないと困ったりする。その点ギャウロフは例えばフェランドなんかは最初にアリアがあって聴衆をオペラの世界に引き込む重要な役ですが充分すぎるぐらいその役割を果たしているし、物語の鍵を握る割に音楽的に美味しくないスパラフチレも彼がやると非常に強烈な印象を残して呉れます。憎まれどころの高僧ランフィスも哀れなティムールも然り。

一方でその劇的な表現力はG.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』のフィリッポ2世や同『ナブッコ』のザッカリア、同『シモン・ボッカネグラ』のフィエスコ、C.F.グノー『ファウスト』のメフィストフェレス、A.ボーイト『メフィストーフェレ』の題名役、М.П.ムソルグスキー『ボリス・ゴドゥノフ』の題名役などをやったときにはより一層強い感動を与えます。彼は基本的には音楽を大事にするというスタンスをとっていたひとですが、時と場合によっては楽譜の領域をはみ出したかなり大胆な表現もとっています。そしてそれらは少なくとも僕の聴いた限りではいずれも功を奏しているように思います。悲嘆にくれ怒りに戦慄くフィリッポも、本当に悪魔が降りたようなメフィストも、気の違っていくボリスも音楽的美しさと演技的表現との非常に精妙なバランスをうまくついている。いずれも大変感銘度の高い、というか感動せずにはいられないような記録をたくさん残しています。いろいろな歌手を聴きましたが、やはりこうした役では彼はひとつの頂点にいるひとでしょう。

また、あまり主要なレパートリーに据えてはいないものの、意外とコミカルな役どころでも、味のあるキャラクターを創りだしています。一例を挙げるなら、G.ロッシーニ『セヴィリャの理髪師』のドン・バジリオ。私の知る限り全曲録音が3つに映像が1つありますが、いずれも強烈(笑)特に、2幕の5重唱の「ぶお~~~~~~~~~~~なせぇぇぇぇら♪」は圧巻ですwwwまったく、fをなんこつけるとこういう声が出せるんでしょうか?

<ここは微妙かも(^^;>
これだけ惚れこんでる歌手だと微妙な点っていうのも探しづらいんですが(苦笑)

ひとつ言えるのは勃国出身で伊、仏、露の各国語に通じ、それらの言語による作品では多くの業績を残していますが、独語だけは苦手だったそうで、例えばR.ヴァーグナーやR.シュトラウスなんかはもちろん、たぶん第九(まあこれはオペラじゃないですが)の録音もないと思います。そこがまあ欠点っちゃ欠点でしょうか。

あとはこれもまあ趣味の問題だと思いますが、彼の声は非常に雄大で力強く、どちらかと言うと年長者や権力者の役、あとはそれこそ悪魔とかの方が合っているように思います。従者みたいな役は違う。まあ本人もそう思っていたのかそうした役での全曲録音はたぶんあまりありません。W.A.モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』のレポレロなんかは有名なアリア“カタログの歌”だけ残していますが、うんうまいけどキャラ違い(^^;モスクワでのコンサートで歌ってる“カタログの歌”は、彼自身がまだ若かったこともあるのでしょうが、このひとにしては本当に珍しく、巧くないしww
王やなんかの役がらでも個人的にはどちらかと言うと壮年のイメージのG.F.F.ヴェルディ『アッティラ』題名役とかは、R.ライモンディやフルラネットの方がキャラに合っていたように思います。

<オススメ音源♪>
・メフィストーフェレ( A.ボーイト『メフィストーフェレ』)
サンツォーニョ指揮/クラウス、テバルディ、スリオティス、デ=パルマ共演/シカゴ・リリック・オペラ管弦楽団&合唱団/1965年録音
>これは絶対オススメ!ライヴ録音で音質は非常に良くないですが、この曲のベストのひとつだと思います。まだ30代のギャウロフのここでの演唱はまさに悪魔が降り立ったが如く!鳥肌が立ちますwwwパヴァロッティ共演のスタジオ録音より段違いにいいです。そして若々しくて清新なクラウスの見事なこと!テバルディは流石に衰えを感じなくはありませんが情感のある歌ですし、スター街道に向かって驀進していたスリオティスの掘り込みの深い歌唱も素晴らしい。音の悪さを考慮しても、持っていて損のない1枚です。
(2015.10.7追記)
ヴァルヴィーゾ指揮/Fr.タリアヴィーニ共演/ローマ歌劇場管弦楽団&合唱団/1966年録音
>ライヴ録音としてはいくつかある内で上記のものが最高だと思う一方、3つあるスタジオ録音の中ではこれがベストではないかと思います(但しこのヴァルヴィーゾ盤とバーンスタイン盤は抜粋。全曲盤はデ=ファブリティース盤のみ)。ドン・ジョヴァンニやエンリーコ8世を録音していたころの声としては最良の時期の録音で、たっぷりとした美声を惜しげもなく使ったパワフルな表現に圧倒されます。もちろん後の録音で老境に至ってからの彼の巧さを楽しめる歌もいいのですが、神に喧嘩を売る悪魔という役どころを考えるとこれぐらい豪快な方が時めくように個人的には笑。相手役のフランコ・タリアヴィーニ(フェルッチョとは関係ないそうな)も明るくて力のある声ですし、何と言ってもヴァルヴィーゾのうまみと緊張感のある音楽がいい。ぐいぐい聴かせます^^むしろこの時全曲録音して呉れていたら、この作品の決定盤になったのでは…と思うぐらいです。

・フィリッポ2世 (G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)
アバド指揮/カレーラス、フレーニ、カプッチッリ、オブラスツォヴァ、ネステレンコ、ローニ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1977年録音
>数あるギャウロフのフィリッポの中でも、彼自身の出来も共演者の出来も一番いいのはこの録音ではないかと思います。アバドがいろいろなものを発掘していた時期のものなので、普通は聴けない様々な場面が聴けるのも魅力。ギャウロフがラクリモサのフィナーレを歌ってる録音は殆どないはずです。ネステレンコやカプッチッリとの丁々発止のやり取りは聴きものです!ライヴならではの臨場感にも事欠きませんが、音質がなかなかいいのも嬉しいところ。

・ヤーコポ・フィエスコ (G.F.F.ヴェルディ『シモン・ボッカネグラ』)
アバド指揮/カプッチッリ、フレーニ、カレーラス、ファン=ダム共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1976年録音
>これも彼の名刺代わりの役のひとつで、アバド、カプッチッリ、フレーニと組んでこの当時あちこちで(東京でも!)演っています。特にカプッチッリとの滋味溢れる重唱は、聴けば聴くほど味が出る。決して派手な音楽ではありませんが、彼の渋い魅力が楽しめます。

・メフィストフェレス(C.F.グノー『ファウスト』)
プレートル指揮/ドミンゴ、フレーニ、アレン共演/パリ・オペラ座管弦楽団&合唱団/1978年録音
>輝かしくて豪華な音楽を聴きたいならこの1枚。ここでのギャウロフはメフィストーフェレの時とはまた違った、外連味たっぷりの悪魔を演じています。若き日の共演者たちとの素晴らしい声の饗宴も楽しめます。
2014.10.29追記
エチュアン指揮/スコット、クラウス、サッコマーニ、ディ=スタジオ共演/N響&合唱団/1973年録音
>スタジオなら上記の録音でもライヴなら圧倒的にこちら。奇蹟の名演と言って良い上演の記録です。ギャウロフは上記の音源では、それでもマイクの前で歌っている感じがありましたが、ここでは非常にドラマティックに、お洒落な、しかし下卑た悪魔を怪演していて夢中になります!品位を以て端正に歌うクラウスも大変な聴きものです。そして終幕の重唱でのスコットは、確実に何かが降りてきていますw
(2016.2.5追記)
プレートル指揮/フレーニ、G.ライモンディ、マッサール、アルヴァ、ディ=スタジオ、ジャコモッティ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1967年録音
>と上述していましたが、ギャウロフ個人の出来で言うとそれを更に上回ると思う録音を入手しました!彼は藝歴が長いですし、有名な録音は70年代から80年代前半のイメージがありますが、私見では声のピークは60年代後半で、それ以降は歌のうまさと藝の深さで勝負をしているように思っています。そういう意味で声の状態が最高だった時期だということに加え、調子も良かったのでしょう。出てきた瞬間から圧倒的な美声を聴かせます。もう聴かせどころであろうとなかろうと、一言であっても彼が歌っていると自然とそこに耳が行ってしまいます。声の魅力を楽しめると言う意味ではクレンペラーのドン・ジョヴァンニと並ぶ最良のものです。そしてこの当時の彼らしい豪快でエネルギッシュな表現!仏流のエレガントな悪魔ではありませんが、この悪の魅力溢れる造形には抗いがたいものがあります。蓋し誘惑者!

・ボリス・ゴドゥノフ(М.П.ムソルグスキー『ボリス・ゴドゥノフ』)
カラヤン指揮/タルヴェラ、ヴィシニェフスカヤ、シューピース、マスレンニコフ、ケレメン、ディアコフ共演/WPO、ヴィーン・シュターツオパー合唱団&ソフィア・ラジオ合唱団/1970年録音
>いまどきあまり見ないリムスキー=コルサコフ版だし、カラヤンの音楽作りは全く土臭くないし、文句もない訳ではありませんが、やはり名盤だと思います。ここでのギャウロフは想像以上に端正。しかしその端正さから、権力者の悲哀が感じられます。
(追記)2015.5.8
ハイキン指揮/レシェチン、バルダーニ、シューピース、ボドゥロフ、ディアコフ、ヴェデルニコフ、А.グリゴリイェフ共演/ローマ・イタリア放送交響楽団&合唱団/1972年録音
・ピーメン
ナイデノフ指揮/ブランバロフ、ウズノフ共演/1959年録音
>ライヴ盤。ギャウロフの表現は、やはりライヴの方がうんと冴えますね^^上記のスタジオで見せたような端整な歌いぶりに軸を置きながら、その枠を大きく突き破るパワフルな演唱で聴く者を圧倒します。あくまでも音楽的に歌うことは大事にしているのですが、そこに執着し過ぎることなく、役柄の感情を叩きつけるように表現し、演じる様の真に迫ってくることと言ったら!ちょっとこれ以上のボリスは望みようがないのではないかと!これ以上はない渋さのレシェチン、ドラマティックさと不安定さを兼ね備えたシューピース、豪快に歌いとばすヴェデルニコフ、悪魔的なディアコフに明るい声が却って痛々しさを増すグリゴリイェフといった共演は概ねお見事で、全体には聴き応えがありますが、マリーナのバルダーニとオケ、合唱は伊的過ぎていただけない。特にオケはこれが露国のオケだったらなあとは思います。
また、この音源の美味しいところは余白になんとギャウロフ30歳の時のピーメンの録音が入っていること!抜粋ですが出番はほぼすべて収録されています^^思った以上に老成した声と表現で、この老け役でも違和感はあまりありません。もちろんレシェチンの枯淡の境地のようなピーメンには敵わないものの、脂の乗った声には思わず聴き惚れます。ウズノフもパワーのあるテノールでグレゴリーを熱演しており、両者の絡む場面は緊迫感があります。また、ほぼ人声ではありますが、ギャウロフの師匠であるクリスト・ブランバロフの声を聴けると言うのもポイントが高いです(笑)とは言え、ブランバロフはここだけでは判断しかねるのですが^^;

・ザッカリア(G.F.F.ヴェルディ『ナブッコ』)
ムーティ指揮/マヌグエッラ、スコット、ルケッティ、オブラスツォヴァ共演/ロンドン・フィル&アンブロジアン・オペラ合唱団/1977-1978年録音
>これは超名盤。ギャウロフの溢れ出んばかりの美声は、こうしたヴェルディ初期の輝かしい旋律を歌うと非常に栄えます。ザッカリアは大事な役である一方、説得力を持たせるのが難しいところだと思うのですが、こういう声、歌なら言うことはありません。ムーティの指揮もきびきびしていて気分がいいし、マヌグエッラも力演、なによりスコットの物凄い迫力歌唱は必聴。

・ドン・ジョヴァンニ(W.A.モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』)
クレンペラー指揮/クラス、ベリー、ルートヴィヒ、ゲッダ、フレーニ、モンタルソロ、ワトソン共演/ニュー・フィルハーモニア交響楽団&合唱団/1966年録音
>これも超名盤。ギャウロフの声が一番光り輝いて聴こえるのは、この音盤かもわかりません。彼が歌っている間中彼の声に耳が向いてしまうぐらいの存在感。美声ももちろんですが、豪快で勢いのある役作りも素晴らしい!シエピのドン=ジョヴァンニとは全く違う美学の中で成り立っている演奏だと思います。共演者も、特に男性陣が充実。クレンペラーの重厚な音楽への志向は、最近のドン=ジョヴァンニの作品観とは異なるのかもしれませんが、これはこれでありだと思います。

・エンリーコ8世(G.ドニゼッティ『アンナ・ボレーナ』)
ヴァルヴィーゾ指揮/スリオティス、ホーン、アレグザンダー、コスター、ディーン、デ=パルマ共演/ヴィーン国立交響楽団&合唱団/1968-69年録音
>声の輝きという意味ではこれも忘れられません。その深みのある美声で、冷酷な国王を歌い上げています。ちょっとドニゼッティというよりはヴェルディっぽくなっちゃってる気もしますが、その辺はご愛嬌(^^;何よりこの役に必要な横柄さ、おっかなさって言うのを強く感じられる音盤です。競演陣もそれぞれに熱演しているし、ヴァルヴィーゾの伊ものらしい音楽作りもいい。

・バルダッサーレ(G.ドニゼッティ『ラ=ファヴォリータ』)
ボニング指揮/コッソット、パヴァロッティ、バキエ、コトルバシュ共演/テアトロ・コムナーレ・ディ・ボローニャ交響楽団&合唱団/1974-1977年録音
>ボニングの指揮やコッソットの歌唱に多少の疵はあるものの超名盤。ギャウロフは光り輝く声とはまた違う、厳かで権威を感じる声。『ドン=カルロ』の宗教裁判長と同様に、国王よりも実際は力を持っている僧院のボスですから、やっぱりこういう声でないと(笑)ドスの効いた深みのある声で作品全体をびしっと〆ています。

・ライモンド・ビデベント(G.ドニゼッティ『ランメルモールのルチア』) 2014.7.3追記
ボニング指揮/サザランド、パヴァロッティ、ミルンズ、R.デイヴィス、トゥーランジョー共演/コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団&合唱団/1971年録音
>やはりこの録音にも触れることにしました。不滅の名盤。声楽各人の充実しまくりの歌唱に加え、カットもほぼないことでこの作品の真の姿を楽しむことができます。ライモンドは大抵カットされまくりの役なのですが、ここでのギャウロフの重厚なバッソ・プロフォンドによる演唱を耳にすると、やっぱりこの役には相応のキャストを置き、きっちり歌って欲しいなあと。ルチアを説得する場面や決鬪を仲裁する場面が違いますよね。

・ジョルジョ・ヴァルトン(V.ベッリーニ『清教徒』)2014.7.3追記
ボニング指揮/パヴァロッティ、サザランド、カプッチッリ共演/LSO&コヴェント・ガーデン王立歌劇場合唱団/1973年録音
>不滅の名盤。まさに20世紀のプリター二・クァルテットと言える圧倒的な歌唱。どっしりとした重みのある存在感は貫禄充分で、色戀に迷う若者たちを見守る年長者の落ち着きが感じられます(まあ実際には割と意味不明な言動もする役ですが^^;)しっとりと歌うロマンツァは模範的名唱です。そして何よりカプッチッリとの重唱の勇壮なこと!堂々とした行進曲調に、思わず胸が躍ります。

・アルヴィーゼ・バドエロ(A.ポンキエッリ『ジョコンダ』)2014.7.3追記
バルトレッティ指揮/カバリエ、パヴァロッティ、バルツァ、ミルンズ、ホジソン共演/ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団&ロンドン・オペラ・コーラス/1980年録音
>声の饗宴を楽しむ録音。アルヴィーゼは必ずしも登場場面の多い役ではありませんが、敵役としてきっちりとキャラを立てて欲しいところ。ここでも横柄で妻の浮気など許さぬという高慢な人物を、迫力ある歌唱でつくりあげています。これなら本気で貴族の名誉のために人を殺しそうな勢いで、ばっちりハマっています。

・教皇クレメンス7世(H.ベルリオーズ『ベンヴェヌート・チェッリーニ』)2014.7.3追記
ガーディナー指揮/クンデ、タイギ、ニキテアヌ、ムフ、モア共演/チューリッヒ歌劇場交響楽団&マルティン・ツィセット合唱団/2002年録音
>晩年の貴重な録音。登場場面は少ないものの、ベンヴェヌートの運命を握る重要なキャラクターを演じています。ここでの彼はもう存在感があるとか重厚な人物像を出しているとかそういうレベルではなく、本当に“ありがたい”人が出てきた感じで頭が下がります。穏やかで飾りのない旋律を、悠々と歌うその雄大さ、壮麗さ!ガーディナーは古楽のイメージでしたが、ここでの指揮ぶりもお見事。クンデのヒーローぶりも胸のすくものです。

・グァルティエーロ・フュルスト(G.ロッシーニ『グリエルモ・テル(ウィリアム・テル)』)2014.7.3追記
シャイー指揮/ミルンズ、パヴァロッティ、フレーニ、コンネル、D.ジョーンズ、トムリンソン、デ=パルマ共演/ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団&アンブロジアン歌劇合唱団/1978-1979年録音
>不滅の名盤。この役は超名曲の3重唱に絡んでくる以外にはほぼ出番が無いので、場合によると殆ど印象に残らなかったりするのですが、ここでもギャウロフは存在感と説得力のある演唱。当然ながらその重唱は圧倒的な名演ですが、それのみならずテルと並ぶ実力と人望を備え、アルノルドを諭す年長の英雄のイメージをここだけでしっかりとつけてしまう手並みの確かさにも唸らされます。

・ドン・キショット(J.F.E.マスネー『ドン・キショット』)2014.7.10追記
コルト指揮/バキエ、クレスパン共演/スイス・ロマンド管弦楽団&合唱団/1978年録音
>珍しい作品の優れた録音で、ミゲル・デ=セルバンテス・サアベドラの『ドン・キホーテ』の物語。マスネがシャリャピンのために書いた作品、ということでうわあいろいろすげえと思う訳ですが(笑)ここでの彼もまた大変スケールの大きな歌で、まさに堂々たる主役。瘦せ馬ロシナンテに乗ったしょぼくれた騎士と言うよりは、老いて衰え、嘲笑を受けてもなお誇り高い老人という感じで偉大さすら感じます。バキエのサンチョ・パンサがまたイメージどおりの軽快さで素晴らしい!クレスパンはもう少しかな?と言うところですが、波国の指揮者コルトの采配はなかなかお見事です。

・インドラ(J.F.E.マスネー『ラオールの王』)2014.7.10追記
ボニング指揮/リマ、サザランド、ミルンズ、モリス、トゥーランジョー共演/ナショナル・フィル管弦楽団&合唱団/1979年録音
>これもまた珍しい作品で、マスネーの出世作。ここでもチョイ役なのですが、何と一度死んだ主人公を復活させる神様!ぶっ飛んだ設定のおおいオペラではありますが、流石になかなかこれはないですねwと言う訳で出番自体はまた短いのですが、それこそ本当に深々とした神々しい声で、全曲をピリッと〆ています。教皇やグァルティエーロもそうですが、こうした役の記録が残っているのも嬉しいところですね^^煌びやかな共演陣もお見事。

・修道院長(G.F.F.ヴェルディ『運命の力』)2014.10.16追記
パタネ指揮/カレーラス、カバリエ、カプッチッリ、ナーヴェ、ブルスカンティーニ、デ=パルマ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1978年録音
>まさに綺羅星のようなメンバーのライヴ録音。これ観た人いるんだよなあ、と思わず嘆息する素晴らしい記録。ギャウロフは声が衰えて来てからの録音ではあるものの、却って枯淡の味わいが出ているとも言うべき滋味深い歌唱。この役自体が派手に歌う動的なキャラクターというよりは、レオノーラの入る修道院そのものを体現するかのような静的で落ち着いた人物(もちろん人間臭い側面もありますが)なので、彼の渋い存在感が光ります。特にカバリエとの重唱は、彼女の天国的な歌声と相俟って素晴らしい。ライヴで燃えるカレーラスとカプッチッリの2度の対決や老練ブルスカンティーニ&デ=パルマなどなど聴きどころの多い名盤。

・イヴァン・ホヴァンスキー(М.П.ムソルグスキー『ホヴァンシナ』)2015.10.10追記
アバド指揮/ブルチュラーゼ、マルーシン、コチェルガ、アトラントフ、セムチュク、ツェドニク共演/ヴィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団、スロヴァキア・フィルハーモニー合唱団、ヴィーン少年合唱団/1989年録音
>彼がホヴァンスキーを演じたものは伊語版を含めて録音映像何種類かあるが、この映像が最も完成度が高いと思う。このあまり親しみやすくはない3時間もの演目があっという間に感じられる。声の衰えもあり、演技も今の目から見れば型通りではあるのだが、そんなことを吹っ飛ばすぐらいの存在感と説得力があり、舞台を牽引している。荒々しくも大物らしいオーラを漂わせた舞台姿は必見。映像で観ると、彼が多くの名バスが演じているドシフェイは演じず、イヴァンばかり何度も録音していた理由がわかるように思う。一方で、この役はこのレベルの歌手が演じることで初めて良さが出るんだなとも思う。共演人も強力かつ見た目の説得力もあるし、若きアバドの音楽が見事。

・モゼ(G.ロッシーニ『モゼ』)2015.12.1追記
サヴァリッシュ指揮/ペトリ、ツィリス=ガラ、ガラヴェンタ、ヴァーレット、コッラーディ共演/ローマ・イタリア放送管弦楽団&合唱団/1968録音
>マイナーですがロッシーニの名作。伊語で書かれた『エジプトのモゼ』の仏語改訂版『モイーズとファラオン』の伊語版と言う何だか訳のわからない版ですが、実は多分この形での演奏が一番多いように思います。ギャウロフはロッシーニは意外と歌っていませんが、ここでは流石貫禄の名唱です。一頭地抜けた存在感と重厚でたっぷりとした声で、カリスマのある宗教指導者を演じています。確かにこれだけ圧倒的なリーダーシップを感じさせる人物がいたらファラオも危機感を覚えるでしょうね、という説得力ある演唱。ファラオーネのペトリはそれなりにいい声なんですがどうもいまいち決定力に欠けるバスで、ここでももうひとつ影が薄いのは残念です。悪くはないのですが。ガラヴェンタとツィリス=ガラはいずれも日本ではあまり知名度のない歌手ですが、ここでは「ロッシーニ・ルネサンス以前の歌唱として」という但し書き付きで、結構聴かせます。ヴァーレット、コッラーディもまずまず。サヴァリッシュがロッシーニを振っていること自体が割と驚きですが、ここではスケールの大きな音楽を作っていて◎

・ドン・バジリオ (G.ロッシーニ『セヴィリャの理髪師』)
ヴァルヴィーゾ指揮/ベルガンサ、ベネッリ、コレナ、アウセンシ、マラグー共演/ナポリ・ロッシーニ劇場交響楽団&合唱団/1964年録音
>このギャウロフがまたすごい、というのは前述のとおり。ロッシーニでは普通使わないようなぶっとくて深い声豪快にぶっぱなすのが逆に面白みを増しているというタイプのバジリオでは一番成功してるんではないかと^^そしてこちらも名バッソ・ブッフォ、コレナの極めつけのバルトロと相俟って二人のやりとりは、まさに抱腹絶倒。重唱あげたいぐらいwwきりっとしたベルガンサのロジーナも、優美なベネッリの伯爵もよく、ヴァルヴィーゾの愉悦に溢れたスリリングな指揮も最高な1枚!ただし、フィガロのアウセンシが足を引っ張っていて、画竜点睛を欠くの感がありますが…これがミルンズとかだったら名盤になったんじゃないの…?
スポンサーサイト

オペラなひと | コメント:6 | トラックバック:0 |
<<オペラなひと♪千夜一夜 ~第二夜/忘れられし最高のバリトン~ | ホーム | “王の御前か”>>

コメント

私も全てのオペラ歌手の中でギャウロフが一番。ギャウロフに対する評価、様々な録音へのコメント、全て賛成。
よくこれだけまとめてくださいました。ありがとうございました。
最初は日本に来た時のファウストを聴き、テレビのインタビューを見て、「普通の会話の時もギャウロフの声なんだ」と驚いた記憶があります。
その後は、スカラ座引越し公演でシモン・ボッカネグラのフィエスコ、ザルツブルグ音楽祭でドン・カルロのフィリッポ、アイーダのランフィス。
最後は 1994年頃ニューヨークのエウゲニ・オネーギンでフレーニのタチアーナとの共演でグレーミン公爵というチョイ役で、随分老いたなと少し痛々しかった。
本当に幸せ音楽体験でした。
録音ではボリス・ゴドノフ、ドン・ジョヴァンニがお気に入り。
カラヤンは余りお好きでないのかな?
録音ではオーケストラが重すぎて歌に被ってしまうという評価もありますが、実演でギャウロフが歌うと全然オケに負けていないし、むしろギャウロフの輝かしい声をカラヤンのオーケストラのゴージャスな響きが支え、陶然とする思いでした。(特にドン・カルロの第3幕、アイーダの第1幕)
質問ですが、ラクリモーザのフィナーレというのはヴェルディのレクイエムでしょうか? オペラではないので、この記事では対象外でしょうが、それなら録音・映像共に沢山あります。
改めて、良い記事をありがとうございました。
2016-10-30 Sun 09:18 | URL | 鴫澤 秋介 [ 編集 ]
ようこそのお運びで(^^)ギャウロフ愛に満ちたコメントありがとうございます。

> 最初は日本に来た時のファウストを聴き、テレビのインタビューを見て、「普通の会話の時もギャウロフの声なんだ」と驚いた記憶があります。
> フィエスコ、フィリッポ、ランフィス、グレーミン公爵

お褒めに預かり恐縮ですが、私自身はまだまだぺーぺーな素人鑑賞者で、自分からオペラを聴くようになったころにギャウロフも亡くなってしまったため、実演はついに聴けていないので、素敵な体験づくめで本当に羨ましい限りです。

> 録音ではボリス・ゴドノフ、ドン・ジョヴァンニがお気に入り。

よくわかります!特にDGは彼のベストパフォーマンスと思います(^^)

> カラヤン

そんな訳で彼も実演は聴けていないので録音での評価になります。その範囲では重厚でシンフォニックなアプローチそのものは好きではあるのですが、作品に依るかなあというところです。素晴らしいと思うものも少なくないのですが。

> ラクリモーザのフィナーレ
ご質問ありがとうございます。「ドン・カルロ」に様々な版があるのはご存じかと思いますが、当初ロドリーゴの死の後にフィリッポとカルロの小2重唱がありました。が、作品が長過ぎるのでカット、後にレクイエムのラクリモーザで使われたという経緯があります。このカットされた重唱を歌っているのが恐らくこれだけ、という主旨です。
2016-10-31 Mon 12:32 | URL | Basilio [ 編集 ]
早速のお返事ありがとうございました。
 ドンカルロにレクイエムの元になった二重唱があった 〜 知りませんでした! とても興味があります。 アバド盤を早速チェックします。

 久しぶりにギャウロフが聞きたくなり、ドンカルロのカラヤン盤を聞き直したらオーケストラが強烈すぎる箇所があって、こんなだったかなとビックリ。 実演では、どんなにオケが鳴っていても歌を押し潰すようなことはなく、歌手の声はその上に突き抜けるように飛び出して聞こえていました。 これはライブならではの感覚で、録音では表現できないものかもしれません。

 でも、こういう話はもう止めておきます。 カラヤンはもうこの世にいないので、「生で聴かないと分かるまい」なんて言われても聴いたことのない人は何も言えないですよね 〜 単なる老人の昔の自慢話に過ぎないからです。
(私もかつて「君は聴いたことがないだろうがフルトヴェングラーはな…」と言われて肩をすぼめたことがあります。)

 さて本題のギャウロフ。 先週末に実家に帰り、1978年(ザルツブルクでドンカルロを見た時)の日記とアルバムを見つけました。
 日記には主役の中でギャウロフの感想が一番長く書いてありました:
 第一幕で威風堂々と登場する様子(歌わずに墓前で跪いて去っていくだけの演技)、
 第三幕のモノローグから大審問官(ジュール・バスタン)との対決までの圧倒的な声と演技、
 カーテンコールでも辺りを払う威厳で、(フレーニ、カレーラス、カップッチルリらを抑えて)拍手も一番多かった etc. と書いてありました。
 やっぱりギャウロフは凄かった!
2016-11-11 Fri 12:42 | URL | 鴫澤 秋介 [ 編集 ]
いえいえ、こちらこそコメントありがとうございます(^^)

>  ドンカルロにレクイエムの元になった二重唱
これビックリですよね!私も最初聞いたときに目を白黒させた覚えがあります。カットには惜しい部分ですよ!(劇としてはやや長くなるけど)

> カラヤン
いえいえどうぞお気になさらず(^^)
あのオケを飛び越えてギャウロフの声がしっかと飛んできたという事実だけでもとても嬉しく思えますので。

> 1978年(ザルツブルクでドンカルロを見た時)の日記とアルバム
いやあ、これは本当に羨ましいです!実は海賊版で入手を考えている演奏でしたが、やはり実演を体験されている方がうんといいですもの!そして各幕のご感想から当日の彼の素晴らしさがひしひしと伝わってくるのにとてもわくわくします。

>  第三幕のモノローグから大審問官(ジュール・バスタン)との対決までの圧倒的な声と演技
やはりこの幕ですよねこの作品のハイライトは(^^)
2016-11-13 Sun 16:12 | URL | Basilio [ 編集 ]
1978年ザルツブルクでのドンカルロ。
海賊版が入手できるなら絶対お勧めです。
同年のスタジオ録音盤も、1984年(だったかな)頃のザルツブルク復活祭音楽祭盤DVDもベルリンフィルなので、強烈なオーケストラは好き嫌いが分かれるかもしれません。
でも、ザルツブルク音楽祭は当然ウィーンフィルなので、響きは遥かに柔らかく、万人受けすると思います。
私はその秋に日本に帰った時、NHKのFM放送で実況録音を聞き、カセットテープに録音して愛聴していました。 翌年にベルリンフィルのスタジオ録音盤が出て、聞いてみたら、オーケストラがあまりにも強烈なのでびっくりした経緯があります。
その海賊盤はとても貴重だと思いますよ。

このカラヤンのプロダクション:
 歌手は、フレーニ、カップッチルリ、ギャウロフがほぼ不動(一回だけギャウロフの代わりにライモンディが出たようですが、私の時はギャウロフ)。
カレーラスはドミンゴと交代で出ていて最終的にはカレーラスで固定。
エボリ役だけは、オブラスツォヴァ、コッソット、ランドヴァと変遷して最終的にはバルツァに落ち着くのですが、それまでで一番重宝されていたのがオブラスツォヴァでもコッソットでもなく、実はランドヴァ。
会場のロビーでは、みんな「コッソットではなく代役」ということでガッカリしていたけれど、今にして思えばコッソットからバルツァへの過渡期の人だったかも・・・。 有名なアリアの後も聴衆は熱狂していたと思います。

昔むかしの話は、もうこの辺で・・・
2016-11-16 Wed 13:57 | URL | 鴫澤 秋介 [ 編集 ]
ご返信ありがとうございます!

やはりいい演奏ですか......このところセーヴしてるつもりなのですが、これはうっかりポチってしまうかも(笑)
ヴィーンの優美な音色なのも期待値が高いです!

ランドヴァ、この声だ!というほどわからないのですが、それだけ重宝されたのにはきっと理由があるのでしょう。youtubeあたりを漁ってみたいと思います。コッソットもオブラスツォヴァもちょっと個性が強すぎるところもありますしね(笑)

どうぞまたご遠慮なくいらっしゃってくださいませ!
2016-11-16 Wed 17:49 | URL | Basilio [ 編集 ]

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

| ホーム |