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Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第一夜/我が最愛の歌手~

誰からこのシリーズを始めたものか……実は結構悩みました。
偉大な作曲家としてヴェルディも考えましたし、20世紀のオペラ史に燦然と輝くカラスももちろん、世界のスーパースターになったパヴァロッティも良いと思いました。

けれど結局やっぱり1番自分の好きなひとから書き始めるのが良い気がしてきたので、このひとから始めることにしましょう。

NicolaiGhiaurov.jpg
Mefistofele (Boito)

ニコライ・ギャウロフ
(Nicolai Ghiaurov, Николай Георгиев Гяуров)
1929~2004
Bass
Bulgaria


20世紀最大のバス歌手。パートナーはソプラノのミレッラ・フレーニ。

二次大戦に向かっていく時代の小国の貧しい寒村の出身で大戦後も共産圏の国家でしたから、若い頃はたいそう苦労したそうです。そうしたなかでもヴァイオリンやピアノ、それにクラリネットを学び、教会でボーイ・ソプラノとして少年合唱に参加したりもしていたようです。

そんな若き日のギャウロフの運命を変えたエピソードがあります。

あるとき彼はオーケストラで合唱や独唱者のついた大規模な曲の指揮を振ることになりました。ところがこの独唱者がへっぽこで何度言っても彼の言うとおりに歌ってくれません。いい加減頭にきた彼は
「いいか!こうやって歌うんだ!」
と独唱者の代わりにオケに合わせて歌ってやりました。
すると合唱もオケもみんな呆然としてしまいました。
訝る彼に独唱者は言いました。
「君が歌うべきだよ」
それほど彼の歌が素晴らしかったのです。

<ここがすごい!>
もちろんまずもって大変な美声。これは大前提としてあります。
ただ、彼の場合所謂一般的な美声の概念に当てはまるかというと、ちょっと違う気が個人的にしています。彼の声は深くて太く独特の色合いを帯びており、ほんのわずか聴いただけでわかります。間違いなく言えるのは、温かみのあるビロードのような伊系の声でも、底知れぬ暗い闇を思わせるような独系の声でもない、スラヴの響きであること。凄く広がりがあって、雄大さを感じさせます。声の響きだけとっても、国王、悪魔、高僧などなど重厚な役にはまさにうってつけ。

しかもその素晴らしい声に加えて、彼はどんな役にも存在感を与えるだけの卓越した表現力を兼ね備えています。

それは例えばG.F.F.ヴェルディ『イル=トロヴァトーレ』のフェランドや同『リゴレット』のスパラフチレ、同『アイーダ』のランフィス、G.プッチーニ『トゥーランドット』のティムールのような脇役をやったときでも遺憾なく発揮されます。これらの役は所謂名曲を歌う訳ではありませんが、ちゃんとした人がやらないと公演全体が、或いは録音全体が締まらないものになってしまいます。オペラは音楽であると同時に演劇でもありますから音楽的に重要でなくても演劇的には記憶に残ってもらわないと困ることもあります。その点ギャウロフは例えばフェランドなんかは最初にアリアがあって聴衆をオペラの世界に引き込むという重要な役割をじゅうぶんすぎるぐらいに果たしているし、物語の鍵を握る割に音楽的に美味しくないスパラフチレも彼がやると非常に強烈な印象を残して呉れます。憎まれどころの高僧ランフィスも哀れなティムールも然り。

一方でその劇的な表現力はG.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』のフィリッポ2世や同『ナブッコ』のザッカリア、同『シモン・ボッカネグラ』のフィエスコ、C.F.グノー『ファウスト』のメフィストフェレス、A.ボーイト『メフィストーフェレ』の題名役、М.П.ムソルグスキー『ボリス・ゴドゥノフ』の題名役などをやったときにはより一層強い感動を与えます。彼は基本的には音楽を大事にするというスタンスをとっていたひとですが、時と場合によっては楽譜の領域をはみ出したかなり大胆な表現もとっています。そしてそれらは少なくとも僕の聴いた限りではいずれも功を奏しています。悲嘆にくれ怒りに戦慄くフィリッポも、本当に悪魔が降りたようなメフィストも、気の違っていくボリスも音楽的美しさと演技的表現との非常に精妙なバランス。いずれも大変感銘度の高い、というか感動せずにはいられないような記録をたくさん残しています。いろいろな歌手を聴きましたが、やはりこうした役では彼はひとつの頂点にいるひとでしょう。

また、あまり主要なレパートリーに据えてはいないものの、意外とコミカルな役どころでも、味のあるキャラクターを創りだしています。一例を挙げるなら、G.ロッシーニ『セヴィリャの理髪師』のドン・バジリオ。私の知る限り全曲録音が3つに映像が1つありますが、いずれも強烈(笑)特に、2幕の5重唱の「ぶお~~~~~~~~~~~なせぇぇぇぇら♪」は圧巻ですwwwまったく、fを何個つけるとこういう声が出せるんでしょうか?

<ここは微妙かも(^^;>
これだけ惚れこんでる歌手だと微妙な点っていうのも探しづらいんですが(苦笑)

ひとつ言えるのは勃国出身で伊、仏、露の各国語に通じ、それらの言語による作品では多くの業績を残していますが、独語だけは苦手だったそうで、例えばR.ヴァーグナーやR.シュトラウスなんかはもちろん、たぶん第九(まあこれはオペラじゃないですが)の録音もないと思います。そこは欠点といえば欠点でしょうか。

あとはこれもまあ趣味の問題だと思いますが、彼の声は非常に雄大で力強く、どちらかと言うと年長者や権力者の役、あとはそれこそ悪魔とかの方が合っているように思います。従者みたいな役は違う。まあ本人もそう思っていたのかそうした役での全曲録音はたぶんあまりありません。W.A.モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』のレポレロなんかは有名なアリア“カタログの歌”だけ残していますが、うまいもののキャラ違い。モスクワでのコンサートで歌ってる“カタログの歌”は、彼自身がまだ若かったこともあるのでしょうが、このひとにしては本当に珍しく、巧くないです。
王の役がらでも個人的にはどちらかと言うと壮年のイメージのG.F.F.ヴェルディ『アッティラ』題名役などは、R.ライモンディやフルラネットの方がキャラに合っていたように思います。

<オススメ音源♪>
・メフィストーフェレ( A.ボーイト『メフィストーフェレ』)
サンツォーニョ指揮/クラウス、テバルディ、スリオティス、デ=パルマ共演/シカゴ・リリック・オペラ管弦楽団&合唱団/1965年録音
>これは絶対オススメ!ライヴ録音で音質は非常に良くないですが、この曲のベストのひとつだと思います。まだ30代のギャウロフのここでの演唱はまさに悪魔が降り立ったが如く!まさに鳥肌もので、パヴァロッティ共演のスタジオ録音より段違いにいいです。そして若々しくて清新なクラウスの見事なこと!テバルディは流石に衰えを感じなくはありませんが情感のある歌ですし、スター街道に向かって驀進していたスリオティスの掘り込みの深い歌唱も素晴らしい。音の悪さを考慮しても、持っていて損のない1枚です。
(2015.10.7追記)
ヴァルヴィーゾ指揮/Fr.タリアヴィーニ共演/ローマ歌劇場管弦楽団&合唱団/1966年録音
>ライヴ録音としてはいくつかある内で上記のものが最高だと思う一方、3つあるスタジオ録音の中ではこれがベストではないかと思います(但しこのヴァルヴィーゾ盤とバーンスタイン盤は抜粋。全曲盤はデ=ファブリティース盤のみ)。ドン・ジョヴァンニやエンリーコ8世を録音していた、声としては最良の時期の録音で、たっぷりとした美声を惜しげもなく使ったパワフルな表現に圧倒されます。もちろん後の録音で老境に至ってからの彼の巧さを楽しめる歌もいいのですが、神に喧嘩を売る悪魔という役どころを考えるとこれぐらい豪快な方がときめくように個人的には笑。相手役のフランコ・タリアヴィーニ(フェルッチョとは関係ないそうな)も明るくて力のある声ですし、何と言ってもヴァルヴィーゾのうまみと緊張感のある音楽がいい。ぐいぐい聴かせます^^むしろこの時全曲録音して呉れていたら、この作品の決定盤になったのでは……と思うぐらいです。

・フィリッポ2世 (G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)
アバド指揮/カレーラス、フレーニ、カプッチッリ、オブラスツォヴァ、ネステレンコ、ローニ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1977年録音
>“独り寂しく眠ろう”は私見では彼の歌唱が最高で、仄暗い寝室での権力者の嘆きの孤独さが想起され、胸を打ちます。数あるギャウロフのフィリッポの中でも、彼自身の出来も共演者の出来も一番いいのはこの録音ではないかと。アバドがいろいろなものを発掘していた時期のものなので、普通は聴けない様々な場面が聴けるのも魅力。ギャウロフがラクリモサのフィナーレを歌ってる録音は殆どないはずです。ネステレンコやカプッチッリとの丁々発止のやり取りは聴きものです!ライヴならではの臨場感もありつつ、音質がなかなかいいのも嬉しいところ。

・ヤーコポ・フィエスコ (G.F.F.ヴェルディ『シモン・ボッカネグラ』)
アバド指揮/カプッチッリ、フレーニ、カレーラス、ヴァン=ダム共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1976年録音
>これも彼の名刺代わりの役のひとつで、アバド、カプッチッリ、フレーニと組んでこの当時あちこちで(東京でも!)演っています。特にカプッチッリとの滋味溢れる2つの重唱は、聴けば聴くほど味が出る名演です。終幕の和解の場面の情感!またプロローグの有名なアリアは未だに彼以上の歌唱は存在しないのではないかと思っています。決して派手な音楽ではありませんが、彼の渋い魅力が楽しめます。
(2020.2.13追記)
アバド指揮/カプッチッリ、フレーニ、ルケッティ、スキアーヴィ、フォイアーニ共演/パリ・オペラ座管弦楽団&合唱団/1978年録音
>観たい観たいと思っていた映像を漸く視聴。聞きしに勝る画質の悪さでしたが、音の方は思ったほど凄惨ではありませんでした^^;そしてその粗い映像を飛び越えて伝わってくる舞台の美しさ、音楽の雄弁さに圧倒されます。ギャウロフのフィエスコは最早或る種のブランド感すらある当たり役中の当たり役で、有名なアバドの録音も繰り返し聴いていますが、こうして映像で観ることでその真価を知ることができたようです。声の雄大さ、歌の立派さは元よりその高邁で堂々とした立ち振る舞いは、完璧に頑迷な老貴族そのもの。演技としては、例えばフルラネットやスカンディウッツィの名演の方がリアリティは高いでしょうが、その苦難の歴史を伝える壁画のような説得力は、彼にしか出せないもののように思います。カプッチッリとの3幕の重唱は他の追随を許さない重厚な味わい。フレーニのしなやかな歌い口も魅力的です。ルケッティ、スキアーヴィはそれぞれCDに較べると一段落ちるキャストとされそうですが、いずれもライヴらしいノリを味方につけて集中度の高さを維持していると言えるでしょう。

・メフィストフェレス(C.F.グノー『ファウスト』)
プレートル指揮/ドミンゴ、フレーニ、アレン共演/パリ・オペラ座管弦楽団&合唱団/1978年録音
>輝かしくて豪華な音楽を聴きたいならこの1枚。ここでのギャウロフはメフィストーフェレの時とはまた違った、外連味たっぷりの悪魔を演じています。若き日の共演者たちとの素晴らしい声の饗宴も楽しめます。
2014.10.29追記
エチュアン指揮/スコット、クラウス、サッコマーニ、ディ=スタジオ共演/N響&合唱団/1973年録音
>スタジオなら上記の録音でもライヴなら圧倒的にこちら。奇蹟の名演と言って良い上演の記録です。ギャウロフは上記の音源では、それでもマイクの前で歌っている感じがありましたが、ここでは非常にドラマティックに、お洒落な、しかし下卑た悪魔を怪演していて夢中になります!品位を以て端正に歌うクラウスも大変な聴きものです。そして終幕の重唱でのスコットは、確実に何かが降りてきています笑。
(2016.2.5追記)
プレートル指揮/フレーニ、G.ライモンディ、マッサール、アルヴァ、ディ=スタジオ、ジャコモッティ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1967年録音
>と上述していましたが、ギャウロフ個人の出来で言うとそれを更に上回ると思う録音を入手しました!彼は藝歴が長いですし、有名な録音は70年代から80年代前半のイメージがありますが、私見では声のピークは60年代後半で、それ以降は歌のうまさと藝の深さで勝負をしているように思っています。そういう意味で声の状態が最高だった時期だということに加え、調子も良かったのでしょう。出てきた瞬間から圧倒的な美声を聴かせます。もう聴かせどころであろうとなかろうと、一節彼が歌っていると自然とそこに耳が行ってしまいます。声の魅力を楽しめると言う意味ではクレンペラーのドン・ジョヴァンニと並ぶ最良のものです。そしてこの当時の彼らしい豪快でエネルギッシュな表現!仏流のエレガントな悪魔ではありませんが、この悪の魅力溢れる造形には抗いがたいものがあります。蓋し誘惑者!

・ボリス・ゴドゥノフ(М.П.ムソルグスキー『ボリス・ゴドゥノフ』)
カラヤン指揮/タルヴェラ、ヴィシニェフスカヤ、シューピース、マスレンニコフ、ケレメン、ディアコフ共演/WPO、ヴィーン・シュターツオパー合唱団&ソフィア・ラジオ合唱団/1970年録音
>いまどきあまり見ないリムスキー=コルサコフ版だし、カラヤンの音楽作りは全く土臭くないし、文句もない訳ではありませんが、やはり名盤だと思います。ここでのギャウロフは想像以上に端正。しかしその端正さから、権力者の悲哀が感じられます。
(追記)2015.5.8
ハイキン指揮/レシェチン、バルダーニ、シューピース、ボドゥロフ、ディアコフ、ヴェデルニコフ、А.グリゴリイェフ共演/ローマ・イタリア放送交響楽団&合唱団/1972年録音
・ピーメン
ナイデノフ指揮/ブランバロフ、ウズノフ共演/1959年録音
>ライヴ盤。ギャウロフの表現は、やはりライヴの方がうんと冴えますね^^上記のスタジオで見せたような端整な歌いぶりに軸を置きながら、その枠を大きく突き破るパワフルな演唱で聴く者を圧倒します。あくまでも音楽的に歌うことは大事にしているのですが、そこに執着し過ぎることなく、役柄の感情を叩きつけるように表現し、演じる様の真に迫ってくることと言ったら!ちょっとこれ以上のボリスは望みようがないのではないかと!これ以上はない渋さのレシェチン、ドラマティックさと不安定さを兼ね備えたシューピース、豪快に歌いとばすヴェデルニコフ、悪魔的なディアコフに明るい声が却って痛々しさを増すグリゴリイェフといった共演は概ねお見事で、全体には聴き応えがありますが、マリーナのバルダーニとオケ、合唱は伊的過ぎていただけない。特にオケはこれが露国のオケだったらなあとは思います。
また、この音源の美味しいところは余白になんとギャウロフ30歳の時のピーメンの録音が入っていること!抜粋ですが出番はほぼすべて収録されています^^思った以上に老成した声と表現で、この老け役でも違和感はあまりありません。もちろんレシェチンの枯淡の境地のようなピーメンには敵わないものの、脂の乗った声には思わず聴き惚れます。ウズノフもパワーのあるテノールでグレゴリーを熱演しており、両者の絡む場面は緊迫感があります。また、ほぼひと声ではありますが、ギャウロフの師匠であるクリスト・ブランバロフの声を聴けると言うのもポイントが高いです(笑)とは言え、ブランバロフはここだけでは判断しかねるのですが^^;

・ザッカリア(G.F.F.ヴェルディ『ナブッコ』)
ムーティ指揮/マヌグエッラ、スコット、ルケッティ、オブラスツォヴァ共演/ロンドン・フィル&アンブロジアン・オペラ合唱団/1977-1978年録音
>これは超名盤。ギャウロフの溢れ出んばかりの美声は、こうしたヴェルディ初期の輝かしい旋律を歌うと非常に栄えます。ザッカリアは大事な役である一方、説得力を持たせるのが難しいところだと思うのですが、こういう声、歌なら言うことはありません。ムーティの指揮もきびきびしていて気分がいいし、マヌグエッラも力演、なによりスコットの物凄い迫力歌唱は必聴。

・ドン・ジョヴァンニ(W.A.モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』)
クレンペラー指揮/クラス、ベリー、ルートヴィヒ、ゲッダ、フレーニ、モンタルソロ、ワトソン共演/ニュー・フィルハーモニア交響楽団&合唱団/1966年録音
>これも超名盤。ギャウロフの声が一番光り輝いて聴こえるのは、この音盤だと思います。彼が歌っている間中彼の声に耳が向いてしまうぐらいの存在感。美声ももちろんですが、ドラクロワの勢いのある筆致を思わせるような豪快でパワフルな役作りも素晴らしい!シエピのドン・ジョヴァンニとは全く違う美学の中で成り立っている演奏だと思います。共演者も、特に男性陣が充実。クレンペラーの重厚な音楽への志向は、最近のドン・ジョヴァンニの作品観とは異なるのかもしれませんが、これはこれでありだと思います。

・エンリーコ8世(G.ドニゼッティ『アンナ・ボレーナ』)
ヴァルヴィーゾ指揮/スリオティス、ホーン、アレグザンダー、コスター、ディーン、デ=パルマ共演/ヴィーン国立交響楽団&合唱団/1968-69年録音
>声の輝きという意味ではこれも忘れられません。その深みのある美声で、冷酷な国王を歌い上げています。ちょっとドニゼッティというよりはヴェルディっぽくなっちゃってる気もしますが、その辺はご愛嬌(^^;何よりこの役に必要な横柄さ、おっかなさって言うのを強く感じられる音盤です。カットも少ないので、この役に与えられた美しくも横暴な旋律をしっかり楽しむことができます。競演陣もそれぞれに熱演しているし、ヴァルヴィーゾの伊ものらしい音楽作りもいい。

・バルダッサーレ(G.ドニゼッティ『ラ=ファヴォリータ』)
ボニング指揮/コッソット、パヴァロッティ、バキエ、コトルバシュ共演/テアトロ・コムナーレ・ディ・ボローニャ交響楽団&合唱団/1974-1977年録音
>ボニングの指揮やコッソットの歌唱に多少の疵はあるものの超名盤。ギャウロフは光り輝く声とはまた違う、厳かで権威を感じる声。『ドン・カルロ』の宗教裁判長と同様に、国王よりも実際は力を持っている僧院のボスですから、やっぱりこういう声でないと(笑)ドスの効いた深みのある声で作品全体をびしっと〆ています。

・ライモンド・ビデベント(G.ドニゼッティ『ランメルモールのルチア』) 2014.7.3追記
ボニング指揮/サザランド、パヴァロッティ、ミルンズ、R.デイヴィス、トゥーランジョー共演/コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団&合唱団/1971年録音
>やはりこの録音にも触れることにしました。不滅の名盤。声楽各人の充実しまくりの歌唱に加え、カットもほぼないことでこの作品の真の姿を楽しむことができます。ライモンドは大抵カットされまくりの役なのですが、ここでのギャウロフの重厚なバッソ・プロフォンドによる演唱を耳にすると、やっぱりこの役には相応のキャストを置き、きっちり歌って欲しいなあと。ルチアを説得する場面や決鬪を仲裁する場面の説得力が違います。

・ジョルジョ・ヴァルトン(V.ベッリーニ『清教徒』)2014.7.3追記
ボニング指揮/パヴァロッティ、サザランド、カプッチッリ共演/LSO&コヴェント・ガーデン王立歌劇場合唱団/1973年録音
>不滅の名盤。まさに20世紀のプリター二・クァルテットと言える圧倒的な歌唱。どっしりとした重みのある存在感は貫禄充分で、色戀に迷う若者たちを見守る年長者の落ち着きが感じられます(まあ実際には割と意味不明な言動もする役ですが^^;)しっとりと歌うロマンツァは模範的名唱です。そして何よりカプッチッリとの重唱の勇壮なこと!堂々とした行進曲調に、思わず胸が躍ります。

・アルヴィーゼ・バドエロ(A.ポンキエッリ『ジョコンダ』)2014.7.3追記
バルトレッティ指揮/カバリエ、パヴァロッティ、バルツァ、ミルンズ、ホジソン共演/ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団&ロンドン・オペラ・コーラス/1980年録音
>声の饗宴を楽しむ録音。アルヴィーゼは必ずしも登場場面の多い役ではありませんが、敵役としてきっちりとキャラを立てて欲しいところ。ここでも横柄で妻の浮気など許さぬという高慢な人物を、迫力ある歌唱でつくりあげています。これなら本気で貴族の名誉のために人を殺しそうな勢いで、ばっちりハマっています。

・教皇クレメンス7世(H.ベルリオーズ『ベンヴェヌート・チェッリーニ』)2014.7.3追記
ガーディナー指揮/クンデ、タイギ、ニキテアヌ、ムフ、モア共演/チューリッヒ歌劇場交響楽団&マルティン・ツィセット合唱団/2002年録音
>晩年の貴重な録音。登場場面は少ないものの、ベンヴェヌートの運命を握る重要なキャラクターを演じています。ここでの彼はもう存在感があるとか重厚な人物像を出しているとかそういうレベルではなく、本当に“ありがたい”人が出てきた感じで頭が下がります。穏やかで飾りのない旋律を、悠々と歌うその雄大さ、壮麗さ!ガーディナーは古楽のイメージでしたが、ここでの指揮ぶりもお見事。クンデのヒーローぶりも胸のすくものです。

・グァルティエーロ・フュルスト(G.ロッシーニ『グリエルモ・テル(ウィリアム・テル)』)2014.7.3追記
シャイー指揮/ミルンズ、パヴァロッティ、フレーニ、コンネル、D.ジョーンズ、トムリンソン、デ=パルマ共演/ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団&アンブロジアン歌劇合唱団/1978-1979年録音
>不滅の名盤。この役は超名曲の3重唱に絡んでくる以外にはほぼ出番が無いので、場合によると殆ど印象に残らなかったりするのですが、ここでもギャウロフは存在感と説得力のある演唱。当然ながらその重唱は圧倒的な名演ですが、それのみならずテルと並ぶ実力と人望を備え、アルノルドを諭す年長の英雄のイメージをここだけでしっかりとつけてしまう手並みの確かさにも唸らされます。

・ドン・キショット(J.F.E.マスネー『ドン・キショット』)2014.7.10追記
コルト指揮/バキエ、クレスパン共演/スイス・ロマンド管弦楽団&合唱団/1978年録音
>珍しい作品の優れた録音で、セルバンテスの『ドン・キホーテ』の物語。マスネがシャリャピンのために書いた作品、ということでうわあいろいろすげえと思う訳ですが(笑)ここでの彼もまた大変スケールの大きな歌で、まさに堂々たる主役。瘦せ馬ロシナンテに乗ったしょぼくれた騎士と言うよりは、老いて衰え、嘲笑を受けてもなお誇り高い老人という風情で偉大さすら感じます。バキエのサンチョ・パンサがまたイメージどおりの軽快さで素晴らしい!クレスパンはもう少しかな?と言うところですが、波国の指揮者コルトの采配はなかなかお見事です。

・インドラ(J.F.E.マスネー『ラオールの王』)2014.7.10追記
ボニング指揮/リマ、サザランド、ミルンズ、モリス、トゥーランジョー共演/ナショナル・フィル管弦楽団&合唱団/1979年録音
>これもまた珍しい作品で、マスネーの出世作。ここでもチョイ役なのですが、何と一度死んだ主人公を復活させる神様!ぶっ飛んだ設定の多いオペラではありますが、流石になかなかこれはないですねwと言う訳で出番自体はまた短いのですが、それこそ本当に深々とした神々しい声で、全曲をピリッと〆ています。教皇やグァルティエーロもそうですが、こうした役の記録が残っているのも嬉しいところですね^^煌びやかな共演陣もお見事。

・修道院長(G.F.F.ヴェルディ『運命の力』)2014.10.16追記
パタネ指揮/カレーラス、カバリエ、カプッチッリ、ナーヴェ、ブルスカンティーニ、デ=パルマ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1978年録音
>まさに綺羅星のようなメンバーのライヴ録音。これ観た人いるんだよなあ、と思わず嘆息する素晴らしい記録。ギャウロフは声が衰えて来てからの録音ではあるものの、却って枯淡の味わいが出ているとも言うべき滋味深い歌唱。この役自体が派手に歌う動的なキャラクターというよりは、レオノーラの入る修道院そのものを体現するかのような静的で落ち着いた人物(もちろん人間臭い側面もありますが)なので、彼の渋い存在感が光ります。特にカバリエとの重唱は、彼女の天国的な歌声と相俟って素晴らしい。ライヴで燃えるカレーラスとカプッチッリの2度の対決や老練ブルスカンティーニ&デ=パルマなどなど聴きどころの多い名盤。

・イヴァン・ホヴァンスキー(М.П.ムソルグスキー『ホヴァンシナ』)2015.10.10追記
アバド指揮/ブルチュラーゼ、マルーシン、コチェルガ、アトラントフ、セムチュク、ツェドニク共演/ヴィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団、スロヴァキア・フィルハーモニー合唱団、ヴィーン少年合唱団/1989年録音
>彼がホヴァンスキーを演じたものは伊語版を含めて録音映像何種類かありますが、この映像が最も完成度が高いです。このあまり親しみやすくはない3時間もの演目があっという間に感じられます。声の衰えもあり、演技も今の目から見れば型通りではありますが、そんなことを吹っ飛ばすぐらいの存在感で舞台を牽引していく様は圧巻です。荒々しくも大物らしいオーラを漂わせた舞台姿は必見。映像で観ると、彼が多くの名バスが演じているドシフェイは演じず、イヴァンばかり何度も録音していた理由がわかるような気がする一方で、この役はこのレベルの歌手が演じることで初めて良さが出るんだなとも思います。共演も強力且つ見た目の説得力もありますし、若きアバドの音楽もお見事。

・グレーミン公爵(П.И.チャイコフスキー『イェヴゲニー・オネーギン』)2018.11.18追記
ショルティ指揮/ヴァイクル、クビアク、バロウズ、ハマリ、セネシャル共演/コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団&合唱団/1974年録音
>自分でも「まさか!」だったのですが、この音盤への言及をしていませんでした。国際的なチームでの録音なので露ものらしさは薄いものの音楽的な完成度は高い演奏で、ギャウロフもまた非常に端正な、美しい楷書体の歌唱を披露しています。グレーミンは大きい役ではないとは言え演目終盤の要役ということもあり、彼の堂々とした重量感は得難いもの。彼の声の豊かさの中にある険しさがこの役の老軍人としての背景を思わせ、説得力を増しているように思います。

・クレオンテ(L.ケルビーニ『メデア』)2019.2.17追記
シッパーズ指揮/カラス、ヴィッカーズ、トジーニ、シミオナート共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1961年
>知る限りカラスとの共演盤はこれだけではないでしょうか。残念ながら彼女はキャリアのピークを過ぎておりベストフォームではなさそうですが、それでも十人並みのソプラノとは訳が違いますし、20世紀歌劇界最大の大立者との絡みが聴けるのはファンとしては嬉しいところです。ギャウロフ先生御歳32歳のときの録音ということですから最も若いころの歌唱ということで、何と言ってもまあ声が凄い。奥行きがあるとか重みがあるとかそういう表現では飽き足らない、全方位に響きわたるような巨大な声であることが録音からでも十分に伝わってきます。彼がいかに良い楽器を持っていたのかを知らしめるものでしょう。これだけ声が立派だともうそれだけでこの高圧的な王の姿も伝わってくるというもの。共演ではシミオナートが圧巻。彼女も出番は多くないですが、その嘆き節は真に迫っています。他の音源を持っていないのでなんとも言えませんが、カラスに関してはもっといい録音がある気はするものの流石の声芝居で独り舞台の長いこの作品を牽引しています。ヴィッカーズも彼らしいくすんではいるものの力強い声が見事で、特にカラスとの絡みはドラマティックな迫力があります。トジーニは他に聴いていませんがまずまず。名匠シッパーズの緊迫感ある音楽もお見事。

・モゼ(G.ロッシーニ『モゼ』)2015.12.1追記
サヴァリッシュ指揮/ペトリ、ツィリス=ガラ、ガラヴェンタ、ヴァーレット、コッラーディ共演/ローマ・イタリア放送管弦楽団&合唱団/1968録音
>マイナーですがロッシーニの名作。伊語で書かれた『エジプトのモゼ』の仏語改訂版『モイーズとファラオン』の伊語版と言う何だか訳のわからない版ですが、実は多分この形での演奏が一番多いように思います。ギャウロフはロッシーニは意外と歌っていませんが、ここでは流石貫禄の名唱です。一頭地抜けた存在感と重厚でたっぷりとした声で、カリスマのある宗教指導者を演じています。確かにこれだけ圧倒的なリーダーシップを感じさせる人物がいたらファラオも危機感を覚えるでしょうね、という説得力ある演唱。ファラオーネのペトリはそれなりにいい声なんですがどうもいまいち決定力に欠けるバスで、ここでももうひとつ影が薄いのは残念です。悪くはないのですが。ガラヴェンタとツィリス=ガラはいずれも日本ではあまり知名度のない歌手ですが、ここでは「ロッシーニ・ルネサンス以前の歌唱として」という但し書き付きで、結構聴かせます。ヴァーレット、コッラーディもまずまず。サヴァリッシュがロッシーニを振っていること自体が割と驚きですが、ここではスケールの大きな音楽を作っていて◎

・マルセル(G.マイヤベーア『ユグノー教徒』)2019.9.30追記
ガヴァッツェーニ指揮/コレッリ、シミオナート、サザランド、コッソット、トッツィ、ガンツァロッリ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1962年録音
>最近復権の兆しのあるマイヤベーアが20世紀中葉のスターキャストによって演じられた名盤(伊語歌唱というだけでなく全体にかなりイタリアンですけどね笑)。こちらもまたギャウロフ先生全盛期の録音ですから、ライヴっぽいぼけた音の向こうからでもその強力な声がよくわかります。これは彼には珍しい従者の役ではありますが、ちょっと狂信的と言ってもいいような頑固なユグノーの役柄ですからこれぐらい迫力がある方がリアルだと思います。神懸った厳粛な旋律はもちろんですがコミカルな場面もフットワーク軽くこなしていてお見事。音も悪ければカットも多いですが、この演目の豪華さがよく伝わってくるという点ではおススメできるかとおもいます。

・ドン・バジリオ (G.ロッシーニ『セヴィリャの理髪師』)
ヴァルヴィーゾ指揮/ベルガンサ、ベネッリ、コレナ、アウセンシ、マラグー共演/ナポリ・ロッシーニ劇場交響楽団&合唱団/1964年録音
>このギャウロフがまたすごい、というのは前述のとおり。ロッシーニでは普通使わないようなぶっとくて深い声を豪快にぶっぱなすのが逆に面白みを増すというタイプのバジリオでは一番成功してるんではないかと。そしてこちらも名バッソ・ブッフォ、コレナの極めつけのバルトロと相俟って二人のやりとりは、まさに抱腹絶倒。重唱があってほしいぐらいです笑。きりっとしたベルガンサのロジーナも、優美なベネッリの伯爵もよく、ヴァルヴィーゾの愉悦に溢れたスリリングな指揮も最高な1枚!ただし、フィガロのアウセンシが足を引っ張っていて、画竜点睛を欠くの感がありますが……これがミルンズとかだったら決定盤になったかもしれません。

以下2020/1/29追記。
・ランフィス(G.F.F.ヴェルディ『アイーダ』)
アバド指揮/アローヨ、ドミンゴ、コッソット、カプッチッリ、ローニ、デ=パルマ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1972年録音
ムーティ指揮/カバリエ、ドミンゴ、コッソット、カプッチッリ、ローニ、マルティヌッチ共演/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団&合唱団/1974年録音
>いずれも甲乙つけがたい超名演です。ギャウロフらしい声の迫力やライヴらしい張り詰めた緊張感を楽しみたいのであれば、上の演奏でしょう。開幕から一筋縄ではいかない政治家としての高僧を思わせるズシリとした響きの声に痺れます。アイーダやラダメス、そして最後にはアムネリスまでも圧倒する「権力」を感じさせる歌唱です。これに対してムーティ盤ではもちろんその豊かで巨大な声は健在ではあるものの、より音楽的に均整のとれた歌唱という印象(少なからずムーティの采配によるところでしょう。そしてここではそれが成功しています!)。祝祭的な2幕終盤でのランフィスのパートの重要さが良くわかる見事な演奏です。

・フェランド(G.F.F.ヴェルディ『イル=トロヴァトーレ』)
ボニング指揮/パヴァロッティ、サザランド、ホーン、ヴィクセル共演/ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団&ロンドン歌劇場合唱団/1977年録音
>残念ながら主役はいずれも私見ではミス・キャストで、敢えて言えばパヴァロッティのスタイルのいい歌がいいかなというぐらい、指揮ももう一つというところで、本来ならば脇に回る役であるはずのフェランドを演ずるギャウロフが異様に輝くという結果になっている演奏です。最大の見せ場である開幕すぐの昔語りは、ボニングのせいもあって若干のどかな印象になってしまっているところもありますが、これだけたっぷりとした美声とニュアンスに富んだ貫禄のある歌唱を楽しむことができる録音は他にはないでしょう。彼の独特の音色もあって、2幕フィナーレや3幕の3重唱でフェランドのパートが果たしている重要な役割を最もしっかり聴き取ることができるものでもあります。

・バンクォー(G.F.F.ヴェルディ『マクベス』)
シャイー指揮/カプッチッリ、ディミトローヴァ、リマ、市原、リドル共演/WPO、ヴィーン国立歌劇場合唱団&ソフィア国立歌劇場合唱団/1984年録音
>ギャウロフがバンクォーを歌ったスタジオ録音としてはカプッチッリらと共演したアバド盤、フィッシャー=ディースカウらと歌ったガルデッリ盤があり、いずれも劣らぬ名盤ではありますが、敢えてこちらを。声の豊かさでいけば特にガルデッリ盤の時と比べるとかなり衰えているのですが、乾いた峻険な響きは枯淡な味わいを加えていて、幾たびも戦を重ねてきたスコットランドの武将の風格を感じられるものになっていると思います。ダンカン王の死を宣言するところの有無を言わせぬ貫禄!カプッチッリともども歌唱の彫り込みの深さも素晴らしく、音楽として雄弁なアバド盤(この音盤の翳のあるオケは稀有!)と聴き比べるとライヴということもあってより演劇的に楽しめるパフォーマンスです。

・ドン・ルイ=ゴメス・デ=シルヴァ(G.F.F.ヴェルディ『エルナーニ』)
ヴォットー指揮/ドミンゴ、カバイヴァンスカ、メリチアーニ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1969年録音
>ギャウロフ、ドミンゴが出ている本演目といえばなんと言ってもムーティ盤が有名且つ不滅の名演ですが、彼らの声の充実度ならばこちらの方が優れています(ギャウロフ先生落ちてるところもありますが; あまり指摘されませんが彼は結構落ちている演奏があります)。ムーティと比べるとヴォットーの指揮はちょっと緩いですが、その分彼らの個性が出ていると思える部分もあり、好き好きでしょう。声のハリがあるので老いた感じはあまりありませんが、格調高い堂々たる歌唱で、シルヴァが貴族としての矜持に満ちた力強い人物であることが伝わってきます。アリアは模範的名唱。ムーティ指揮の演奏では歌っていない追加カバレッタも、盛大にカットは入っていますが豪快な荒々しさがあり、お見事です。

・コンチャク汗(А.П.ボロディン『イーゴリ公』)
チャカロフ指揮/マルティノヴィチ、エフシュタティエーヴァ、ギュゼレフ、ミルチェヴァ、カルードフ共演/ソフィア国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1987年録音
>チャカロフが勃国のメンバーを中心に露ものを集中的に取り上げていた際の一連の録音のひとつで、他の作品同様やや個性に乏しいのが惜しいところですが、丁寧で堅実な演奏だとは思います。ギャウロフにとってはキャリアも後半になってからの演奏ですから瑞々しい声という訳にはいかないものの、藝の円熟を感じさせるスケールの大きな歌は魅力的です。敵将ながらも英雄という以上に、勝者の余裕を感じさせる演唱はヴェテランならではの風格でしょうか、若々しい力のあるマルティノヴィチといい意味で対照しています。彼らに対しもう一人のバス、ギュゼレフもアクはありつつ品位のある歌で、バスの競演を味わえるのは嬉しいところです。

・アッティラ(G.F.F.ヴェルディ『アッティラ』)
シノーポリ指揮/カプッチッリ、ザンピエリ、ヴィスコンティ共演/ヴィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1980年録音
>壮絶なライヴの記録。爆発的な歌唱を披露しているカプッチッリがどうしても気になってしまいますが、改めて聴き直すとド派手な活躍でこそないものの滋味深い歌唱の如何にも彼らしい巨大な存在感を示しており、やはりこの役を語る上で欠かせない演奏です。ライモンディやフルラネットが演じたような血気盛んな壮年の王というよりはむしろ「偉大なるアッティラ大王」、先のコンチャク汗と同じような異世界の英雄という風情で、カプッチッリ演じるエツィオとの対決やカバレッタなど勢いのある場面は圧倒されます。他方でアリアやレオーネとの対峙の場面は、不安定な精神状態を表現する歌唱も多い中で、楷書体の品格ある歌唱で勢いにばかり振り回されるのではない彼の実力の高さが垣間見えるでしょう。

・スパラフチレ(G.F.F.ヴェルディ『リゴレット』)
ジュリーニ指揮/カプッチッリ、ドミンゴ、コトルバシュ、オブラスツォヴァ、モル、シュヴァルツ共演/WPO&ヴィーン国立歌劇場合唱団/1979年録音
>歌唱陣を見てパワフルなを期待するとジュリーニのゆったりとした指揮に肩透かしを食らいますが、丁寧で音楽的な演奏だと思います。ギャウロフのスパラフチレは知るかぎり2つのスタジオ録音がありますがこの時の方が声も豊かですし、とりわけ見せ場の3重唱の完成度はマッダレーナがオブラスツォヴァである分こちらの方が総合的に高いと思います。ここで強烈な声で怒鳴りあうスラヴコンビは痺れるような迫力がありますし、コトルバシュも娘らしさはありつつしっかり対抗しています。また、こういうところはジュリーニの棒も流石で、地味ながらヴェルディの書いた重唱の中でもかなり意欲的なこの曲の真価を知ることができるもの。ギャウロフに戻りますと第一声でのリゴレットへの呼びかけの不気味さ!底の知れない低音でいたって柔らかに、派手にならずに、しかし記憶に残るように歌う手腕は見事なものです。

・ロドルフォ伯爵(V.ベッリーニ『夢遊病の女』)
ボニング指揮/サザランド、パヴァロッティ、D.ジョーンズ、トムリンソン、ブキャナン、デ=パルマ共演/ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団&ロンドン・オペラ合唱団/1980年録音
>実はあまり好きな演目ではありませんが、役者の揃った非常に充実した演奏だと思います。ここでの彼はその重厚な声で驚くほど流麗に、この役のベル・カントらしいアリアを深々と歌っていて引き込まれます。しかもカバレッタを余裕たっぷりにフットワーク軽く歌っていること!まさに圧巻です。しかもこの役は通常だとそのアリア以外には目立つ出番はそんなにないのですが、彼のどっしりしたリッチな声は全編に亘ってよく響いていて、大規模なアンサンブルの中でこの役がどういった動きをしているのかよくわかります。共演ではパヴァロッティの厚みのある美声が心地いいです。

・宗教裁判長(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)
アバド指揮/R.ライモンディ、ドミンゴ、リッチャレッリ、ヌッチ、ヴァレンティーニ=テッラーニ、ストロジェフ、オジェー、マレイ、ラッファッリ、サヴァスターノ、コルベッリ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1983-84年録音
>フィリッポを得意としたギャウロフが、おそらくは唯一残した宗教裁判長での録音(舞台では何度か演じているようです)。出番は少ないながらも他の主役に匹敵する存在感が必要なこの役は、若手の登竜門的なキャスティングも良く目にするものの、どちらかと言えば大ヴェテランがどっしりと押さえてくれる方が好ましいと思っているのですが、まさにその溜飲を下げる録音と言えるでしょう。ライモンディとはカラヤン盤では逆の役回りで録音を残しており、あちらが伊語版こちらが仏語版ということも含めて較べてみると面白いのですが、ライモンディが宗教裁判長をやっているものでは声の若々しさを歌唱の陰湿な不気味さで補っているのに対し、こちらのギャウロフは楽器そのものの巨大さで直球に勝負している感じ。この巨大さはうまく言葉にしづらく、ピークはだいぶ過ぎているので単純に声量や声の湯響きの豊かさとは一致しないと思います。兎に角一声でスケールが大きい。出てきた瞬間に、「あ、敵わない」と感じさせるような底知れなさがあります。この音盤はアバドが色々と凝って補遺をたくさん入れてくれているので、宗教裁判長のために書かれた珍しいフレーズを彼の声で楽しむことができるのは嬉しいところです。個人的には長い間、この録音が仏語版であることやこの時点ではかなり軽量級だったキャストで揃えていることに違和感を持っていたのですが、改めて聴いてみると、普段この演目の各役に持っているイメージよりも若い設定が斬新でもあり、アバドの音楽作りの妙もあり、これはこれで一興と感じるようになりました。

・コッリーネ (G.プッチーニ『ラ=ボエーム』)
フォン=カラヤン指揮/パヴァロッティ、フレーニ、パネライ、ハーウッド、マッフェオ、セネシャル共演/BPO&ベルリン・ドイツ・オペラ合唱団/1972年録音
>プッチーニはあまり聴きませんが、これは見事な演奏だと思います。ギャウロフの声はかなり迫力がありこのしょぼくれた哲学者の卵には立派過ぎに聞こえる場面もあるのですが、やはりアンサンブルのうまさは格別のもの(これは他の共演陣も同様の印象です)。兎に角ボヘミアンたちが揃う場面はわいわいがやがや賑やかで楽しそうなのです!ブノワを叩き出す場面やモミュスでの騒動の最低音をコミカルに支えています。ここまで陽気なギャウロフはあとはバジリオぐらいでしか聴くことはできないかも知れません。4幕で死の間際のミミが登場してからは一転、やわらかな歌声で噛みしめるように静かに哀しみを吐露するところは感動的。このアリア、何故唐突にコッリーネに与えられているのか(マルチェッロにすらアリアがないのに!)不思議な気もするのですが、彼ぐらいしっかりしたバスで歌われると、プッチーニはバスの重い声で喪の雰囲気を出したかったのかなとも思います。共演ではもちろんパヴァちゃんもいいわけですが、ここは極め付けのフレーニとパネライでしょう。マッフェオやセネシャルも優れていますが、ハーウッドは今ひとつ。

・アレクサンドル・ペトロヴィチ・ゴリャンチコフ(L.ヤナーチェク『死者の家から』)
アバド指揮/シュミトカ、マッコーリー、ラングリッジ、ツェドニク、ペテルソン、ニコロフ、ノヴァーク共演/WPO&ヴィーン国立歌劇場合唱団/1992年録音
>正直なところ音源で聴いたところでは今ひとつ良くわからず、あらすじを引きながらyoutubeで映像を観て漸く何となく様子がわかってきたようなところで、この作品自体を語る力は今の私にはありません。主役ではあるもののギャウロフが演じた中でもここまで歌の出番が少ないものも珍しいかもしれません。その辺りも音源では当惑したところではあるのですが、囚人たちが入れ替わり立ち替わり自らの過去を物語るこの作品において、主張をしすぎることなく全体に軸を通すには、彼ぐらいの大物をこの役に据えるしかないのかなと思います。演技も歌も決して多くはないものの、舞台に立っているだけで彼にいかに巨大な存在感があるかが良くわかる映像でしょう。アバドは入れ込みようの伝わってくる指揮ですし、共演陣もレベルは高いと思いますが、演出は現代の公演であればもっと切り込んでくるような気がします。

・アルケル(C.ドビュッシー『ペレアスとメリザンド』)
アバド指揮/フォン=シュターデ、オルマン、ブレッヘラー、リノス、パーチェ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1986年録音
>この一種独特の繊細で曖昧な音楽を如何にもオペラ歌いというメンバーで演奏しているのが新鮮でもあり、人によってはやはりちょっとオペラっぽ過ぎると感じる向きもありそうな音盤。我らがギャウロフも御多分に洩れず声に存在感がありすぎて異質な印象がある一方で、後年の彼らしいニュアンスに富んだ歌唱は特筆に値するものです。まさに寂寞という言葉がピタリときます。登場場面は決して多くはなく主役でもありませんが孤高の老王の気品と貫禄は強い印象を与え、この演奏の世界を下支えしていると言えるでしょう。

・ティムール(G.プッチーニ『トゥーランドット』)
メータ指揮/サザランド、パヴァロッティ、カバリエ、ピアーズ、クラウゼ、ポーリ、デ=パルマ共演/LPO&ジョン・オールディス合唱団/1972年録音
>プッチーニらしくないメンバーですが、全体の完成度という側面から考えると個人的にはベストだと思っている録音です。ティムールは不安や哀しみなどのウェットで仄暗い感情がうまく出せる人ならば十分に役割を果たせてしまう役ではあるのですが、彼が重厚な声で丹念に歌うことによって過去に別の国の王であった人物としての深みや奥行きといったものが表現されるように感じます。とりわけリューの死を嘆く場面は胸に迫るもので、ピン・ポン・パンたちが彼女の死を嗤えなくなることにリアリティを与えていると言えるのではないかと。主役3人はイメージを遥かに上回る決定的名演、クラウゼの馬力のあるピンやピアーズの厳かな皇帝などいずれのキャラクターも紋切型を飛び越えた歌唱ですし、メータの采配も鮮やか。

・盲人(P.マスカーニ『イリス』)
ジェルメッティ指揮/デッシー、クーラ、セルヴィレ共演/ローマ歌劇場管弦楽団&合唱団/1996年録音
>あまり演奏こそされませんが、日本が西欧にとって幻想の国だった時代に作られたことのよくわかる佳作(台本ははちゃめちゃですが)。ギャウロフの録音の中でも後半のものということもあって明確に枯れた響きの声になっているのですが、この時の彼の声だからこそ表現できた物悲しい美しさがあります(個人的には盆栽でいう神や舎利を思い浮かべます)。そのなかば掠れた声によって、娘のイリスに異常なまでに執着する老人の哀れさや背筋の凍るような迫力が際立たっているようです。共演では兎に角主演のデッシーが出色、ギャウロフをはじめイリスを取り巻く酷い男たちがそれぞれの魅力で彼女を支えているという印象です。この作品の魅力を知るにはもってこいの音盤と言えるでしょう。

・修道院長(J.E.F.マスネー『聖母の曲芸師』)
ジェルメッティ指揮/ジョルダーノ、ガリアルド共演/ローマ歌劇場管弦楽団&合唱団/2000年録音
>最晩年の貴重な録音、どうやら映像もあるようです。最初から最後まで活躍するジャンや、彼を寛容に導くボニファースと較べルト、この役は固定観念にこだわる教会の権威の代表といった感じで正直なところあまり美味しくはないのですが、いかにも彼らしい深みを感じさせる歌唱で、下手な人がやると薄っぺらになってしまいそうな人物を立体的にしています。より詳しくみるならば前半での堅苦しい教会のあり方を示すところでは巨大な壁としてジャンに立ちはだかりますし、後半では一転荘厳な声で神秘劇を盛り上げていると言えるでしょう。ジョルダーノはかなり頑張っていると思います。ガリアルドもいい感じなんですが見せ場がちょっと安定しないのが惜しい。
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コメント

私も全てのオペラ歌手の中でギャウロフが一番。ギャウロフに対する評価、様々な録音へのコメント、全て賛成。
よくこれだけまとめてくださいました。ありがとうございました。
最初は日本に来た時のファウストを聴き、テレビのインタビューを見て、「普通の会話の時もギャウロフの声なんだ」と驚いた記憶があります。
その後は、スカラ座引越し公演でシモン・ボッカネグラのフィエスコ、ザルツブルグ音楽祭でドン・カルロのフィリッポ、アイーダのランフィス。
最後は 1994年頃ニューヨークのエウゲニ・オネーギンでフレーニのタチアーナとの共演でグレーミン公爵というチョイ役で、随分老いたなと少し痛々しかった。
本当に幸せ音楽体験でした。
録音ではボリス・ゴドノフ、ドン・ジョヴァンニがお気に入り。
カラヤンは余りお好きでないのかな?
録音ではオーケストラが重すぎて歌に被ってしまうという評価もありますが、実演でギャウロフが歌うと全然オケに負けていないし、むしろギャウロフの輝かしい声をカラヤンのオーケストラのゴージャスな響きが支え、陶然とする思いでした。(特にドン・カルロの第3幕、アイーダの第1幕)
質問ですが、ラクリモーザのフィナーレというのはヴェルディのレクイエムでしょうか? オペラではないので、この記事では対象外でしょうが、それなら録音・映像共に沢山あります。
改めて、良い記事をありがとうございました。
2016-10-30 Sun 09:18 | URL | 鴫澤 秋介 [ 編集 ]
ようこそのお運びで(^^)ギャウロフ愛に満ちたコメントありがとうございます。

> 最初は日本に来た時のファウストを聴き、テレビのインタビューを見て、「普通の会話の時もギャウロフの声なんだ」と驚いた記憶があります。
> フィエスコ、フィリッポ、ランフィス、グレーミン公爵

お褒めに預かり恐縮ですが、私自身はまだまだぺーぺーな素人鑑賞者で、自分からオペラを聴くようになったころにギャウロフも亡くなってしまったため、実演はついに聴けていないので、素敵な体験づくめで本当に羨ましい限りです。

> 録音ではボリス・ゴドノフ、ドン・ジョヴァンニがお気に入り。

よくわかります!特にDGは彼のベストパフォーマンスと思います(^^)

> カラヤン

そんな訳で彼も実演は聴けていないので録音での評価になります。その範囲では重厚でシンフォニックなアプローチそのものは好きではあるのですが、作品に依るかなあというところです。素晴らしいと思うものも少なくないのですが。

> ラクリモーザのフィナーレ
ご質問ありがとうございます。「ドン・カルロ」に様々な版があるのはご存じかと思いますが、当初ロドリーゴの死の後にフィリッポとカルロの小2重唱がありました。が、作品が長過ぎるのでカット、後にレクイエムのラクリモーザで使われたという経緯があります。このカットされた重唱を歌っているのが恐らくこれだけ、という主旨です。
2016-10-31 Mon 12:32 | URL | Basilio [ 編集 ]
早速のお返事ありがとうございました。
 ドンカルロにレクイエムの元になった二重唱があった 〜 知りませんでした! とても興味があります。 アバド盤を早速チェックします。

 久しぶりにギャウロフが聞きたくなり、ドンカルロのカラヤン盤を聞き直したらオーケストラが強烈すぎる箇所があって、こんなだったかなとビックリ。 実演では、どんなにオケが鳴っていても歌を押し潰すようなことはなく、歌手の声はその上に突き抜けるように飛び出して聞こえていました。 これはライブならではの感覚で、録音では表現できないものかもしれません。

 でも、こういう話はもう止めておきます。 カラヤンはもうこの世にいないので、「生で聴かないと分かるまい」なんて言われても聴いたことのない人は何も言えないですよね 〜 単なる老人の昔の自慢話に過ぎないからです。
(私もかつて「君は聴いたことがないだろうがフルトヴェングラーはな…」と言われて肩をすぼめたことがあります。)

 さて本題のギャウロフ。 先週末に実家に帰り、1978年(ザルツブルクでドンカルロを見た時)の日記とアルバムを見つけました。
 日記には主役の中でギャウロフの感想が一番長く書いてありました:
 第一幕で威風堂々と登場する様子(歌わずに墓前で跪いて去っていくだけの演技)、
 第三幕のモノローグから大審問官(ジュール・バスタン)との対決までの圧倒的な声と演技、
 カーテンコールでも辺りを払う威厳で、(フレーニ、カレーラス、カップッチルリらを抑えて)拍手も一番多かった etc. と書いてありました。
 やっぱりギャウロフは凄かった!
2016-11-11 Fri 12:42 | URL | 鴫澤 秋介 [ 編集 ]
いえいえ、こちらこそコメントありがとうございます(^^)

>  ドンカルロにレクイエムの元になった二重唱
これビックリですよね!私も最初聞いたときに目を白黒させた覚えがあります。カットには惜しい部分ですよ!(劇としてはやや長くなるけど)

> カラヤン
いえいえどうぞお気になさらず(^^)
あのオケを飛び越えてギャウロフの声がしっかと飛んできたという事実だけでもとても嬉しく思えますので。

> 1978年(ザルツブルクでドンカルロを見た時)の日記とアルバム
いやあ、これは本当に羨ましいです!実は海賊版で入手を考えている演奏でしたが、やはり実演を体験されている方がうんといいですもの!そして各幕のご感想から当日の彼の素晴らしさがひしひしと伝わってくるのにとてもわくわくします。

>  第三幕のモノローグから大審問官(ジュール・バスタン)との対決までの圧倒的な声と演技
やはりこの幕ですよねこの作品のハイライトは(^^)
2016-11-13 Sun 16:12 | URL | Basilio [ 編集 ]
1978年ザルツブルクでのドンカルロ。
海賊版が入手できるなら絶対お勧めです。
同年のスタジオ録音盤も、1984年(だったかな)頃のザルツブルク復活祭音楽祭盤DVDもベルリンフィルなので、強烈なオーケストラは好き嫌いが分かれるかもしれません。
でも、ザルツブルク音楽祭は当然ウィーンフィルなので、響きは遥かに柔らかく、万人受けすると思います。
私はその秋に日本に帰った時、NHKのFM放送で実況録音を聞き、カセットテープに録音して愛聴していました。 翌年にベルリンフィルのスタジオ録音盤が出て、聞いてみたら、オーケストラがあまりにも強烈なのでびっくりした経緯があります。
その海賊盤はとても貴重だと思いますよ。

このカラヤンのプロダクション:
 歌手は、フレーニ、カップッチルリ、ギャウロフがほぼ不動(一回だけギャウロフの代わりにライモンディが出たようですが、私の時はギャウロフ)。
カレーラスはドミンゴと交代で出ていて最終的にはカレーラスで固定。
エボリ役だけは、オブラスツォヴァ、コッソット、ランドヴァと変遷して最終的にはバルツァに落ち着くのですが、それまでで一番重宝されていたのがオブラスツォヴァでもコッソットでもなく、実はランドヴァ。
会場のロビーでは、みんな「コッソットではなく代役」ということでガッカリしていたけれど、今にして思えばコッソットからバルツァへの過渡期の人だったかも・・・。 有名なアリアの後も聴衆は熱狂していたと思います。

昔むかしの話は、もうこの辺で・・・
2016-11-16 Wed 13:57 | URL | 鴫澤 秋介 [ 編集 ]
ご返信ありがとうございます!

やはりいい演奏ですか......このところセーヴしてるつもりなのですが、これはうっかりポチってしまうかも(笑)
ヴィーンの優美な音色なのも期待値が高いです!

ランドヴァ、この声だ!というほどわからないのですが、それだけ重宝されたのにはきっと理由があるのでしょう。youtubeあたりを漁ってみたいと思います。コッソットもオブラスツォヴァもちょっと個性が強すぎるところもありますしね(笑)

どうぞまたご遠慮なくいらっしゃってくださいませ!
2016-11-16 Wed 17:49 | URL | Basilio [ 編集 ]
 久しぶりに Basilio さんとお話ししたくなりました。 教えてください。
 フランコ・ボニゾッリをご存知でしょうか? 究極のテノール馬鹿 … を通り越して行く先々でやりたい放題をやって公演をぶち壊し、後にアメリカのテレビで見世物的な人気を得ていたようです。
 あまりのキワモノぶりに、オペラの全曲録音は少なかったようで、今 入手できる正規録音はあるんでしょうか?
 唯一、カラヤンのトロヴァトーレ(カラヤンと喧嘩別れした曰くつき)を入手しました。(これもカラヤンの数あるオペラ録音の中でも評判は最悪で、長らく廃盤)
 絶頂期のカラヤンのシンフォニックなオケとやりたい放題のボニゾッリ。 怖いもの見たさで買ってみたら … 期待通り、歌なんかほとんど聞こえず、有名な「見よ恐ろしい焔を」では圧倒的なオケと合唱の大音量でマンリーコの歌は完全に押し潰されて、流石のボニゾッリもなす術がなく、演奏というよりカラヤンとボニゾッリの殴り合いのケンカみたい。 2人とも演奏者どおしのチームワークなんてクソ食らえと思っているのか …
 これじゃ喧嘩別れも当然。 この録音が好きとか、トロヴァトーレのスタンダードとか言う人は絶対にいないと思いますが、こんなトンデモナイものも一度ぐらい聞いてみてはどうでしょうか。
〜 また、自分の話ばかりになってしまいましたが、ボニゾッリのこと、何でも教えてください。(特に、もしマトモな名録音があれば、またはトンデモナく面白いものがあれば…)
2018-01-27 Sat 22:10 | URL | 鴫澤 秋介 [ 編集 ]
こんにちは、コメントありがとうございます。
このところ忙しく、このシリーズの更新も滞っており、歯がゆい日々です。

>フランコ・ボニゾッリ
もちろん存じ上げております!このシリーズでもいつか取り上げたいと思っています。
おっしゃる通り録音史上最強のテノール馬鹿だろうなと僕も感じているところで、そこまでやらんでもwというようなことをよくやっている人ではあります。ただ、例えばライヴでのデル=モナコやコレッリの暴れっぷりを思い返すと大して変わらない気もしていて、この人ばかりを乱暴で自己顕示欲しかない歌手というのはどんなもんかなと言いますか、観客への過度なまでのサービス精神を持ったスター歌手たちの時代の最後の残光のような人に思えると言いますか、つまるところ僕は嫌いになれないなあと(笑)
また一方で必ずしも力押し一辺倒だった訳ではなく、思いのほかリリックで整った歌を残している録音もありますし、ロッシーニなんかも器用に歌っていたりします(流石にフローレスやシラグーザとはいきませんが、あの太くて強い声での転がしはすごいです)。

>カラヤンとのトロヴァトーレ
…は、実は僕も最初にボニゾッリに触れた録音だったのですが、正直なところ彼の録音の中でも最もいまひとつな部類です。原因はご推察のとおりカラヤンとボニゾッリの音楽の根本的な食い合わせの悪さで、なんでカラヤンが彼にマンリーコを歌わせたのか、あの路線だったらドミンゴ(或いはああいう役に比較的軽い声を求めたあの人ならばそれこそカレーラス)あたりだった方がよっぽどよかったのではと首を捻らざるを得ません。

>録音
実は「フランコ・ボニゾッリ・ボックス」などという恐ろしいものが存在しますw
https://www.amazon.co.jp/Bonisolli-Nessun-dorma-Franco/dp/B005I7368S
これがある意味一番手っ取り早く彼の歌を楽しめるのではないかなと思います。椿姫などは全曲からの抜粋ですからそちらでも聴けますが、これは意外なぐらいすっきりさわやかに歌っていて、新鮮な驚きもありますし、鴫澤さんのご趣味にも比較的近いのではないかなと^^
http://ml.naxos.jp/album/00028947755999
それから比較的手に入りやすくいスタジオ録音はこのトスカでしょうか。個人的にトスカはこの録音が一番好き(或いはマゼールが振ってFDがスカルピア!を歌っているものでしょうか)なのですが、プッチーニ嫌いの僕の感性は世のプッチーニ・ファンとはかけ離れているらしく、いいという人をあまり見かけません。。。でもいい演奏だと思うんだけどなあw
http://tower.jp/item/969613/Berlioz%EF%BC%9A-Benvenuto-Cellini---Ozawa,-Bonisolli,-et-al
入手しやすくはないですが、僕はボニゾッリはこのベンヴェヌート・チェリーニがベスト・フォームだと思っています(恥ずかしながら仏語の出来はわからないのですけれども)。ゲッダも素晴らしい声で歌っていますが、ここでの彼のマッチョながらリリックな歌唱はちょっと稀有のものかなと。
長くなりました。お楽しみいただければ^^
2018-01-29 Mon 21:42 | URL | Basilio [ 編集 ]
ボニゾッリ情報、ありがとうございました。
私も(カラヤンの話が出るので、何となくそんなイメージでしょうが)、実はこういうハチャメチャな人に魅かれるんです。
じっくり音だけ聞いていたら、やっぱりそれなりの実力があって、(センセーショナルな話に隠れていた)本当の良さがあるんじゃないかと思います。
ボニゾッリ・ボックス、早速 購入します。

因みに、カラヤンのトロヴァトーレでは「ボニゾッリとの間でハイCを伸ばすな・伸ばしたいで口論して、ボニゾッリが小道具の剣をカラヤンに投げつけた・・」ということになっています。
当時の「音楽の友」誌では(40年前の記憶なのでアイマイ):
 公開練習か初日で、演出も担当していたカラヤンが舞台上で本物の松明を燃やす演出にこだわり(そんなの消防法か何かに引っかからないのかな?)、運悪くボニゾッリが松明の煙を吸い込んで声が出なくなってしまった。 しばらくはボニゾッリも頑張って歌おうとしたが、客席からのブーイングにブチ切れて帰ってしまった、とのこと。
「剣を投げつけた」のエピソードはそれについた尾ヒレだと思います。
でもそんな話が本当らしく流布する、というのは彼だからこそ。 面白い時代だったんですね。
2018-02-01 Thu 19:40 | URL | 鴫澤 秋介 [ 編集 ]
> 実はこういうハチャメチャな人に魅かれる
それを聴いて安心しました(笑)
ハチャメチャな人にはハチャメチャな人の良さがありますよね!であればボニゾッリ・ボックスはお勧めできます^^

> 小道具の剣をカラヤンに投げつけた
といえば、コレッリとクリストフがドン・カルロの異端者火刑の場の立ち位置でもめてどっちかが剣を投げつけたというエピソードを聞いたことがあります。実際にはロドリーゴはいなかったか……という^^;
2018-02-02 Fri 12:42 | URL | Basilio [ 編集 ]
Basillio 様
 紹介して頂き、ありがとうございました。
 やっぱり、自分の耳で聴いてみて良かった。 既存の資料はスキャンダラスなレッテル一色なので、本当はどうなのかなと思って伺った次第です。
 ハイCだけを切り取った映像では分からなかったものが分かってきました。 スタジオ録音では、極々普通でスッキリ歌っているし、多少の強調はあるけれど、全体をぶち壊すようなことはなく、良い意味でのケレン味。
 ライブでの暴れ方は、聴衆サービス(本人の性格)が半分で、後の半分はそれをウリにしようとしたんでしょうかね。
 マリア・カラスだって、歌とは無関係な私生活で叩かれていたけれど、本人も分かっていて世間(マスコミ)を挑発していた節もあるし … ある意味、面白い時代でした。
2018-02-11 Sun 13:51 | URL | 鴫澤 秋介 [ 編集 ]
お楽しみいただけたようで何よりです^^
おっしゃる通りこういういい意味での外連味のある歌手が最近はいなくなってしまったのが残念です。現代の「映像で撮られること」を前提にしたようなオペラもそれはそれで面白いものですが、こういう万国ビックリショーみたいなひとを楽しめるのもオペラだと思っています。
彼ぐらい記事になる人もそんなにいないでしょうし、どこかで特集したいと思いながら、まだ達成できておらず^^;
2018-02-14 Wed 14:44 | URL | Basilio [ 編集 ]

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