Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第三十八夜/隠れた性格俳優~

20世紀中葉はさまざまなタイプの歌手が活躍し、まさに百花繚乱と言うべき時代です。
そんな中でも性格的な歌い回しで知られており、数々の素晴らしい録音を残していながら、いまひとつ取り沙汰されることの少ない名優を。

Capecchi-2.jpg



レナート・カペッキ
(Renato Capecchi)
1923~1998
Baritone
Italy

伊ものを結構聴く人にとっても、現在ではどちらかというと「名前は聞いたことはあるな」程度の認識になってしまって居そうですが、それはまことにもったいない!
彼の歌がものすごいのは、そこからあらん限りの表情が溢れ出ている点にあると思います。音を聴いているだけなのにその人物の顔の表情、動き、更に言えばその人柄までもを表出するかのような歌。オペラは演劇であると同時に音楽ですから、これは非常に重要なことだと言うべきでしょう。

特にその本領が発揮されるのはブッフォや屈折した役どころ。
ひょっとすると多くの方にとってはブッフォのイメージが大きいのかもしれません。特にG.F.F.ヴェルディ『運命の力』のメリトーネ兄は彼の当たり役だったこともあり、少なからぬ録音が存在します。もちろんそうした役どころでは抱腹絶倒の大活躍を聴かせて呉れる訳ですが、彼が単なるブッフォで終わらないのは屈折したキャラクターの巧さ。イァーゴやリゴレットを聴かずに彼の魅力を語ることは不可能です。「器用で手堅い」などというような範疇にはとても収まらない、もっと語られるべきスターでしょう。

<ここがすごい!>
一にも二にもその演劇的な歌唱について述べねばならないでしょう。
多くの録音が残されていることからもわかるようにおどけたブッフォ役をやらせれば天下一品。ここで彼がすごいと思うのは、時に隙間に笑い声すらはさむぐらいの余裕綽々っプりで、音だけでしっかり面白おかしいキャラクターを作り出してしまうところです。しかも、歌自体に不必要な崩しを加えることなく。当然ながらベースとしてかなりきっちりと歌えるということがある訳ですが、そっから先はもうセンスの世界なのでしょうね。彼はそういう意味で、録音史に残るハイセンスな歌い手だということができるように思います。とにかくもうね、聴いてるだけで笑えてくるのw
有名なところではやはりメリトーネ兄が筆頭に挙がるのかもしれませんが、W.A.モーツァルト『フィガロの結婚』のフィガロやG.ロッシーニ『セビリャの理髪師』のバルトロ及びフィガロ、G.ドニゼッティ『愛の妙薬』のドゥルカマーラあたりでしょうか。

しかし彼は二面性の歌手です。
上記のような陽気で愉快な役を演ずる一方、シリアスな役どころ、特に複雑で屈折のあるキャラクターの巧さはまたひとしおです。喜劇をやる時と同様、歌だけでそのキャラクターの持つ特性を感じさせる手腕には脱帽してしまいます。しかも抽斗が多いんだ、またこれが(笑)豪快なfを鳴らしたかと思えば囁くようなpでひっそりと悪事を企んだり。残っているもののなかでも特にすごいのはG.F.F.ヴェルディ『オテロ』のイァーゴでしょうか。また、意外と若々しく精悍な役も悪くなくV.ベッリーニ『清教徒』のリッカルド・フォルトなど非常に格好いいです。それが上述したような明るいブッフォをやった人ととても同じ人物とはとても思えない。

このように、その心憎いまでの藝達者ぶり、性格俳優ぶりでもって記憶に残る人物と言うことができますが、そうした性格俳優的なバリトンが、どういう訳だかしばしば声そのものの美しさやハリと言う点ではいま一歩譲るところが多いのに対して(古いところで行くとゴッビなんかは美しい声ではないですよね)、カペッキはゆったりとした美声なのもまた嬉しいところ。そういう部分でのバランスの良さ、器用さを考えると、少なくともこの時代に於いてはタッディと双璧と言うべきでしょう。嬉しいことに彼らが共演した録音も少なからず残っています。

いまはオペラも演劇の時代になってきて演技の達者な歌手がたくさん出てきており、歌を演技で魅せる人が多くなっているような気がします。しかし、カペッキの藝達者と言うのは冒頭でも少し書きましたがそんな現代の演技巧者とは少し違っていて、歌を歌として聴かせる中に必要な演技がすべて詰まっているというところにあるように思います。だから歌を聴くだけで面白い。歌を聴くだけでそのキャラクターがどんな人物なのかを我々に想像させて呉れる。オペラ歌手の鑑と言ってもいいかもしれない人物なのです。

<ここは微妙かも(^^;>
「歌自体に不必要な崩しを加えることなく」なんて前述しちゃいましたが、時々やり過ぎになってしまっていることがあります(苦笑)W.A.モーツァルト『ドン=ジョヴァンニ』の題名役の録音などはその最たるところでもあり、明るいところはまるでブッフォだし地獄墜ちはまるで狂乱の場(と言うか最早あれは殆ど発狂してるよwww)。あと、おなじDGの話で行くのであれば、あまり超イケメンという感じの声でもないし、色男が似合わないのですよwwwやはりどちらかと言えば脇を十二分以上に固めるのが持ち味の人なのだと思います。
高音が強くない、というのも意外な欠点ですが、その点は大抵別の部分で補ってしまいます(笑)

<オススメ録音♪>
・メリトーネ兄(G.F.F.ヴェルディ『運命の力』)
ミトロプロス指揮/デル=モナコ、テバルディ、プロッティ、シエピ、バルビエーリ、デ=パルマ共演/フィオレンティーノ・マッジオ・ムジカーレ管弦楽団&合唱団/1953年録音
>不滅の名盤。音質は酷いが、内容はとんでもなくいい恐るべきライヴ録音。カペッキのメリトーネ兄はこの録音にこだわらなくてもギャウロフとも一緒に歌ってるし、クリストフとは映像(!)が残っている。しかしこの尋常ならざるメンバーのライヴ録音では、いくつかの音盤の中で最高だと思う。本編と関係ないという理由でカットされることも多い役だが、この役を名刺代わりにしていたような、しかも藝のある人物が歌うと不可欠な場面に思えてくる。

・フィガロ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師」)
バルトレッティ指揮/モンティ、ダンジェロ、タッデオ、カーヴァ共演/イタリア国立歌劇場合唱団/バイエルン放送交響楽団/1960年録音
・バルトロ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師」)
レヴァイン指揮/ゲッダ、ミルンズ、シルズ、R.ライモンディ、バルビエーリ共演/ロンドン響&ジョン・オールディス合唱団/1975年録音
>いずれもバリトンが演じることのある役だけれども、どちらでも素晴らしい録音を残しているのは彼くらいではなかろうか。まずフィガロですが、この役はもちろん様式感的な部分や歌の巧い下手とかも大事な訳だけれども湧き出るような生命力が必要不可欠で、そういう意味でカペッキの歌唱は全く理想的なんじゃないかと思います。しかもひたすら楽しそうなのがまたいい(笑)他のメンバーがちょっと古風過ぎるので全面的におススメはしづらいけれどもカペッキのフィガロは一聴の価値ありかと。ついでバルトロの録音では、流石に声の衰えはあるんだけどそれが却ってうざい爺っぷりを引き出していて最高に面白い。例の早口アリアにしても、ねちねちといかにも老害らしくまくしたてるさまが非常に面白い。こちらの録音ではレヴァインの生き生きした指揮に、同じようにフィガロになりきってるミルンズやこの役には重い声なのが逆に面白いゲッダ、とぼけたR.ライモンディなどが聴きものですが、バルビエーリの強烈なベルタと併せてこのカペッキの印象が強いです。

・フィガロ(W.A.モーツァルト『フィガロの結婚』)
フリッチャイ指揮/ゼーフリート、フィッシャー=ディースカウ、シュターダー、テッパー、サルディ、クーエン共演/ベルリン放送交響楽団、RIAS室内合唱団/1960年録音
>不滅の名盤。何箇所かのカットが残念ではあるけれど、ベーム盤に対抗できる数少ない音盤。この作品は題名役の割にフィガロの活躍はそこまで目立たないけれども、彼のような存在感があれば別。自由で活力があって闊達なフィガロ像を築いており、非常に魅力的です。特に“もう飛ぶまいぞこの蝶々”は、フリッチャイの采配もあって録音史に残る名演だと思います。そのフリッチャイも主要キャストも勘所を押さえた最高の演奏。愉しいフィガロを聴きたければ是非!

・バルトロ(G.パイジェッロ『セビリャの理髪師』)2014.1.27追記
ファサーノ指揮/パネライ、シュッティ、モンティ、ペトリ共演/ローマ合奏団&コレギウム・ムジクム・イタリクム/1959年録音
>なんだかフィガロとバルトロばかりですが(笑)数少ないパイジェッロの方のセビリャの録音として、充分楽しめるものではないかと思います。ややファサーノの指揮がのったりしているのが残念ではあるのですが。ロッシーニの方でもそうでしたが、まあうざったい親父ぶりを発揮していますwひたすら喋り倒すような歌い口はやはりコミカルで楽しく、例えば家来2人との重唱なんかは抱腹もの。フィガロのパネライともども、音楽をリードしています。

・ドゥルカマーラ(G.ドニゼッティ『愛の妙薬』)
モリナーリ=プラデッリ指揮/フレーニ、ゲッダ、セレーニ共演/ローマ歌劇場管弦楽団&合唱団/1966年録音
>これもまた不滅の名盤と言うべき。一般にはカペッキがベルコーレを歌ったものの方が有名だけど、あれはコレナ以外の共演キャストが魅力薄だし、カペッキはこっちの方が合っています。まーあーいかがわしいドゥルカマーラ!(褒めてます笑)しかもそのいかがわしさを認めたうえで徹底的に面白い。甘い声のゲッダのネモリーノ、娘役なら天下無双のフレーニ、渋い美声を聴かせるセレーニのいずれも魅力的で、それぞれとの絡みも楽しいです。モリナーリ=プラデッリのマンネリズム万歳な指揮も、こういう作品では好ましいのではないでしょうか。

・ダンディーニ(G.ロッシーニ『チェネレントラ』)2014.10.30追記
アバド指揮/ベルガンサ、アルヴァ、モンタルソロ、トラーマ共演/LSO&スコティッシュ・オペラ合唱団/1971年録音
>超名盤。アバドがロッシーニに拘っていたときの、この分野の名匠を結集した素晴らしい録音です。ここでのカペッキは偽王子を演じる従者で、物語全体を斜め上から覗いて笑うような役回りですが、こういう役をやらせるとやっぱりこの人は巧い!基本的に賢い歌い手なのだなあということを感じさせますね^^カヴァティーナでは堂々と構えているのが逆に楽しいですし、モンタルソロとのコミカルな重唱も絶品!そのモンタルソロ、意外と録音の少ないひとですが、コレナと並ぶ名ブッフォとして鳴らした人だけまさに至藝というべき歌唱。品があって優雅なベルガンサと最早様式美的なアルヴァもお見事で、トラーマも悪くありません(アリアの冒頭の音は下げていますが)。アバドの音楽も前に進むロッシーニで心地いいです。

・ボアフレリー伯爵(G.ドニゼッティ『シャモニーのリンダ』)
セラフィン指揮/ステッラ、ヴァレッティ、タッデイ、バルビエーリ、モデスティ、デ=パルマ共演/ナポリ・サン・カルロ劇場管弦楽団&合唱団/1956年録音
>マイナー作品ですし、カットも多いようですが素晴らしい録音。狂乱の場があったりセミセリア的な部分のある作品の中で、ブッフォよりな悪役(といっても根っからの悪人ではない)をカペッキが好演しています。早口があったりするものの音楽としては浮き立つようなブッフォ感は少なめだと思うのですが、そこは彼のようなスペシャリストが歌うと断然面白さが違います。共演も優れているし、セラフィンも流石伊ものをわかった指揮で楽しめます。

・騎士ベルフィオーレ(G.F.F.ヴェルディ『一日だけの王様』)
シモネット指揮/パリューギ、オンシーナ、コッジ、ブルスカンティーニ、ダラマンガス共演/RAIミラノ交響楽団&合唱団/1951年録音
>数少ないこの作品の録音且つ低音陣については非常に楽しめる録音です。つまらない作品と言われてきましたが、とんでもない!ドニゼッティの延長線上にまだあるとは言えとても楽しい作品。ここでのカペッキは単なるブッフォというだけではなく、より若々しく男ぶりの良さそうな人物を陽気に演じています。若いのに年寄っぽいブルスカンティーニとの対比が笑えます。古色蒼然としながらオンシーナはやわらかさを楽しめますが、流石にパリューギはちょっとつらいです。

・ジグストゥス・ベックメッサー(R.ヴァーグナー『ニュルンベルクのマイスタージンガー』)
マタチッチ指揮/タッデイ、クリストフ、インファンティーノ、リッツォーリ共演/トリノRAI交響楽団&合唱団/1962年録音
>伊語版。ヴァーグナーが苦手な私がヴァーグナー面白いかもしれないと思うぐらいブッフォよりの伊国らしい録音ですが、マタチッチの豪快な指揮ぶりも印象的です。ただここで最も印象的なのはカペッキ演ずる悪役ベックメッサーとタッデイ演ずる主役のザックスとのコミカルなやり取り!これはもう本当に面白くて、ぐっと引き込まれます。クリストフのドスの効いたポーグナーやインファンティーノとリッツォーリの予想以上の好演も確かに素晴らしいのだけれども、それらが霞んでしまうぐらいひたすらこのふたりが強烈なのは、ふたりとも単なるブッフォではなく性格俳優的にさまざまな役を演じられる歌手だからこそなせる技なのかもしれません。

・リッカルド・フォルト(V.ベッリーニ『清教徒』)
ボニング指揮/デュヴァル、サザランド、フラジェッロ共演/フェレンツェ五月祭管弦楽団&合唱団/1964年録音
>少し毛色の違った役を。打って変わってこちらはブッフォではなく色仇とでもいうべき役ですが、これがまた力強い声でかっこいい!冒頭のアリアは普通に歌っているのにしみじみと悲しみが伝わってくるし、あのカバレッタの至難の部分もさらりと歌っている!2幕のフラジェッロとの豪快な重唱も聴き応えのあるもの。ボニング新盤の陰に隠れがちですが、それよりも若々しいサザランドに、無名ながら素晴らしい歌を聴かせるデュヴァルと評価すべき点の多い音盤です。

・マンフレード(I.モンテメッツィ『三王の戀』)
バジーレ指揮/ブルスカンティーニ、ベルティーニ、ペトレッラ共演/ミラノ・イタリア放送交響楽団&合唱団/録音年不詳
>これもまたマイナー作品になってしまって居ますが、伊国唯一のヴァグネリアンと呼ばれる作曲家の、しかし歌心のある短い作品。愛する女の愛を得られぬまま戦に向かう若い王の悲哀を、瑞々しく力強い声で表現しています。ブルスカンティーニ演ずる老王との対比も良くついているし、この作品を知るうえでは外すことのできない録音でしょう。

・リゴレット(G.F.F.ヴェルディ『リゴレット』)
モリナーリ=プラデッリ指揮/タッカー、ダンジェロ、サルディ共演/ナポリ・サンカルロ劇場管弦楽団&合唱団/1959年録音
>一にも二にもカペッキの名演技を聴く録音でしょう。モノローグあたりからの役になりきった演唱には思わず引き込まれます。“悪魔め鬼め”ももちろんそうですが、そこに持っていくまでの感情の昂ぶりの表現も全く見事ですし、そのあとの怒りも哀しみも痛々しいほど感じられます。能天気なタッカーがいい部分と悪い部分があるのを筆頭に、共演がやや冴えないのが残念です。

・イァーゴ(G.F.F.ヴェルディ『オテロ』)
セラフィン指揮/デル=モナコ、カルテリ共演/RAIトリノ管弦楽団&合唱団/1958年録音
>これこそ実はカペッキの真骨頂と言えるのではないかと言う録音!囁くようなp、力強く荒々しいfそのすべてがイァーゴのどす黒いキャラクターを的確に作り上げています!これ以上のイァーゴはなかなか考えられないというぐらい素晴らしい録音です。共演のデル=モナコはもちろん、こってりした声のカルテリも魅力的で、オテロを語るうえでは、欠くことのできない録音となっています。未聴の方は是非入手すべし!
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