Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第二夜/忘れられし最高のバリトン~

「20世紀中庸の仏国には大した歌手がいない」なんてことをぬけぬけという人が、今でも日本にはたくさんいるようです。
しかし、それは大きな間違いだと個人的には思っています。
この頃仏国で活躍していた人たちの、特にお国ものの録音を聴くと、その洗練された歌いぶりには感銘を受けます。伊国や独国とは全く違う美学のある仏ものの世界は、むしろこのあたりの人たちの演奏を聴くことで実感できるのではないかと思います。
今回は、そんな仏ものの世界を代表する名歌手をご紹介します。

Blanc2.jpg

エルネスト・ブラン
(エルネスト・ブランク)

(Ernest Blanc)
1923~2010
Baritone
France

日本で名前が出てくるときは大体「エルネスト・ブランク」って表記されているんですが…仏語読みに即すと「エルネスト・ブラン」のようです(^^;

レコードの時代にはそれでも結構日本でも知っているひとがいたみたいなのですが、どういう訳だがCDの時代になってあまり取り上げられなくなってしまった感があるようで。少なくともCD世代にはあまり認知されているとは言えないでしょう。

しかし、当時は大変な人気があったようで、彼のアリア集のひとつは欧州のレコード芸術で大きな賞をとっていると言います。残された音源で手に入るものをかき集めて聴いてみると、その豊かな美声、流麗な歌、そして藝術性の高さとどれを取っても一級品であることがわかります。古今東西これほどの歌手というのはなかなかいないのではないでしょうか。

それでも、今でもやはり彼の歌の素晴らしさをわかっている人は少なからずいるようで、「オペラ・ベスト100」や「オペラ名アリア集」みたいなものに、名だたる歌手と並んでちょこちょこと登場しています。
こういうところから再評価が進むと良いなと思っていた矢先、2010年に残念ながら亡くなってしまいました。

<ここがすごい!>
このひとはひとことで言うならば「粋」なのです。
歌い方がとても颯爽としていて素敵!いまどきあまり言わない言葉ではあるのですが鯔背な感じがする。都会の匂いのようなものがあります。出身はパリではないのですが、本当に「粋なパリっ子」というような洗練された感じが彼の歌にはあります。そう、こういう言い方もあれですが歌うまいんですよね(笑)ほんとにひたすらうまくて…G.ロッシーニ『セヴィリャの理髪師』のフィガロの“私は町の何でも屋”なんかを歌ったものではうま過ぎで、笑いをとる歌なのにむしろ感心してしまいます。卓越した歌唱力です

洒落た感じの表現も素晴らしいですし、大変な美声です。太くて分厚い声質は決してごたごたとした田舎臭さを感じさせず、あくまで高貴な雰囲気を漂わせています。

彼の声、表現はそうした高貴な雰囲気や都会的な感じのあるもので大変冴えます。例えばC.サン=サーンス『サムソンとデリラ』のダゴンの大祭司や、J.オッフェンバック『ホフマン物語』のダッペルトゥットのような悪役を演じれば皮肉のピリリと効いた魅力的な悪人になりますし、C.F.グノー『ファウスト』のヴァランタンやV.ベッリーニ『清教徒』のリッカルド、R.ヴァーグナー『タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦』のヴォルフラム・フォン=エッシェンバハのようなノーブルさを求められる役では気位の高い、それでいて同情を誘う愛すべき人物を描き出します。G.ビゼー『カルメン』のエスカミーリョなどをやればドン・ホセなんかよりずっと魅力的な粋な鬪牛士になってくれます。
特にエスカミーリョは彼の代名詞ともいうべき役です。最近の流行りはバスで重厚に歌うエスカミーリョですが、個人的にはそうした重くて武骨なのは趣味ではありません。というかそれじゃカルメンは釣れないでしょ?wwその点ブランは粋な感じのバリトンで颯爽と歌いますから全く華やか。カッコいいエスカミーリョ、という点で行くのであれば、彼を超える人は未だに現れていないと思います。

録音が見つからないのですがG.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』のロドリーゴやG.プッチーニ『トスカ』のスカルピア何かはさぞや素晴らしかったに相違ない…聴きたい(苦笑)
2014.2.19追記
スカルピアは聴けました!…と言ってもトスカのサロッカとカヴァラドッシのルッチョーニがフォーカスされたハイライトだったので、1幕のトスカとのやり取りだけですが^^;かんなり若い頃の録音と言うことで、ちょっと爽やか過ぎかも^^;もう少し円熟してからの、テ=デウムや独白が聴きたいものです。。。

<ここは微妙かも(^^;>
このひとも惚れ込んでいるひとだけに探しづらいんですが…うん、彼には明らかなキャラ違いがあります(^^;

バリトンのひとつの重要なジャンルであるグロテスクな役っていうのが合わないんですよ。例えばG.F.F.ヴェルディ『リゴレット』の題名役や、R.レオンカヴァッロ『道化師』のトニオみたいな醜さを前面に押し出したような役を彼がやってしまうと、ひたすらカッチョ良くなってしまう。綺麗になり過ぎちゃってこれらの役に必要な異様な感じっていうのが出てこない感じになっちゃうんですよね(苦笑)

<オススメ音源♪>
・エスカミーリョ(G.ビゼー『カルメン』)
ビーチャム指揮/デロサンヘレス、ゲッダ、ミショー、ドゥプラ共演/フランス国立放送管弦楽団&合唱団/1958-1959年録音
>数ある『カルメン』の中でもキャストの良さでは最高の部類に入るでしょう。ブランの最高のエスカミーリョを、いい音質で聴くことができるという意味で、この音盤の存在価値は大変高い(ちなみにブランのエスカミーリョの全曲音源は3種類ありますが、スタジオ録音はこれのみ)。ビーチャムの外連味溢れる音楽に乗って華々しく登場し、高らかに鬪牛士の歌を歌う場面はこの音源のハイライト、惚れます(笑)ブランはゲッダやデロサンヘレスとの声の相性もいいですし、これでもうちょっと合唱が巧かったらなぁ…。

・ヴァランタン(C.F.グノー『ファウスト』)
クリュイタンス指揮/ゲッダ、クリストフ、デロサンヘレス、ゴール共演/パリ・オペラ座管弦楽団&合唱団/1958年録音
>今もって最高の『ファウスト』の録音。ここでのブランは決して大きな役ではありませんが、与えられた優美な歌を端正な美声と確かなフォルムとで歌っています。ここまで颯爽としたお兄ちゃんは彼以外だと、あとは同時期仏国のロベール・マッサールぐらいのところでしょうか。アリアももちろん素晴らしいですが、魅力的な声を聴かせるゲッダ、おどろおどろしい悪魔になりきっているクリストフとの勇壮な決鬪の3重唱からの死の場面も聴き逃せません。もちろんデロサンヘレス、ゴールも悪かろうはずがありません。

・ズルガ(G.ビゼー『真珠採り』)
デルヴォー指揮/ゲッダ、ミショー、マルス共演/パリ・オペラ・コミーク管弦楽団&合唱団/1960年録音
>この音盤ではブランとゲッダの最高のデュエット“神殿の奥深く”を聴くことができます。最近よくオペラの名曲選に入っているのはこの録音からの抜粋。もちろんこの曲自体名曲ですからいろいろな人たちが歌ってますが(すごいのはパヴァロッティ×ギャウロフとかw)、歌にマッチした響きで聴かせているというところをとるのであれば、これ以上のものはないでしょう。

・ダゴンの大司祭(C.サン=サーンス『サムソンとデリラ』)
プレートル指揮/ヴィッカーズ、ゴール、ディアコフ共演/パリ・オペラ座管弦楽団&合唱団/1962年録音
>これも未だにこの作品の録音史に燦然と輝く名盤。ダゴンの大司祭は明確には示されてはいないものの、どちらかというと色仇の部類に入る役なだけに、彼の甘い声がとても活きるし、何とも言えず生臭坊主な感じがして、ペリシテ人の宗教の退廃を思わせる。そしてメゾ・ソプラノのゴールとの名コンビぶりをたっぷり味わうことができる。この2人は声の相性もばっちりだし、絡むと不思議とエロい感じがしてきて非常に良い。主役のヴィッカーズもサムソンの暴力的な英雄の姿を感じさせる。超名盤ですね。

・ダッペルトゥット(J.オッフェンバック『ホフマン物語』)
クリュイタンス指揮/ゲッダ、ダンジェロ、シュヴァルツコップフ、ロサンへレス、ギュゼレフ、ロンドン共演/パリ音楽院管弦楽団&ルネ・デュクロ合唱団/1964年録音
>伝統的なこの作品に較べると豪華過ぎ、近年楽譜の見直しがあったりしていまやちょっと古いスタイルという微妙な立ち位置らしいのだけれども、固いことを言わなければ今でも一番楽しめる音源だと思う。ブランの声はこれ以前の諸役に較べるとちょっといがらっぽい感じがあるんだけど、それがまた役に合っていていい雰囲気を出している。あとの人たちはあとの人たちで、これだけ揃えりゃもうそれぞれ素晴らしい歌を聴かせてくれますよ笑。

・アルマヴィーヴァ伯爵(W.A.モーツァルト『フィガロの結婚』)
ジュリーニ指揮/コレナ、シュヴァルツコップフ、セーデルストレム、ベルガンサ、キュエノー共演/フィルハーモニア管弦楽団&合唱団/1961年録音
>どうしても仏ものばかりになってしまったので、最後にちょっとモーツァルトを(笑)この作品での伯爵は割と滑稽な悪役として描かれている訳だけれども、一方で貴族としての気位の高さや優美さも感じさせて欲しいところ、となるとノーブル・バリトンなこのひとが嵌らないはずがない訳です。ちょっと爽やか素敵伯爵過ぎちゃってる気もしなくもないですが(コレナのが悪役っぽいwww)、十分に楽しめる一枚です。

・リッカルド・フォルト(V.ベッリーニ『清教徒』)2012.11.27追記
グイ指揮/サザランド、モデスティ、フィラクリディ、シンクレア共演/ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団&グラインドボーン合唱団/1960年録音
>はたとこれを入れてないことに気づいて追記。ブランのノーブルな美声は、やはりこういう役では栄えますね^^というかこの役は下卑た声や悪役声でやられてしまうと、本当に単なるヤな奴になってしまいかねないので、ブランのような上品さは必要ではないかと。多少のカットは入りつつもカバレッタの難所もカットせず余裕を持ってこなしているあたり流石。共演のサザランドは言うにや及ぶ、モデスティの温厚なバスも魅力的で、2幕の重唱も盛り上がりますが、肝腎のアルトゥーロがいただけません。ゲッダに歌って欲しかった。。。

・ドン・アンドロニコ(G.ビゼー『ドン・プロコーピオ』)2014.5.16追記
アマドゥッチ指揮/バスタン、ヴァンゾ、マッサール、ギトン、メスプレ共演/リリック放送管弦楽団&合唱団/1975年録音
>ビゼーの幻の作品のひとつですが、これが仏国の粋を尽くしたメンバーで聴けるというのは、感謝すべきことでしょう。筋としてはほぼ『ドン・パスクァーレ』(G.ドニゼッティ)ですが、してやられる老人方にバジリオ的な智慧袋キャラであるアンドロニコがいます。誠実な声と歌が売りのブランがこの役はどうかな?とも思う訳ですが、低い方までしっかり出るのでいい感じの悪役ぶりです。彼一流の気品も漂っているので、変に下卑た感じにならないのもいい。結構細かい動きも多いんですが、巧みにこなしています。同じく仏国出身のカヴァリエ・バリトン、マッサールとの共演盤は少なく、尚且つ重唱をしているとなるとこれだけではないかと。バスタン、ヴァンゾ、ギトン、メスプレとその他も鉄壁と言うべきキャストです。
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コメント

ブログ開設おめでとうございます(*'▽'*)♪
遅ればせながら、ウチからもリンクしました。よろしくお願いしマス!!

で、初コメントはやはりブランだと思ったわけです。
思えばBasilioさんと仲良くさせていただいたのは、SNSでのブランの紹介記事がきっかけでしたよね~。

そうそう、ブランは歌うまいですよね(笑)
言及されてるセビリャのフィガロもそうですし(いまだにモジモジしながら聴いてますがw)。
そしてあの声量、あの美声、史上最強のシトラスフローラルな爽やかさ!
バリトンとは思えませんね!(←どういう意味だ?)
私は浮気性でいろんなバリトン歌手にのめり込みますけど、ホント、ブランはトキメキがさめません。こうしてBasilioさんの記事を読むだけでまたドキドキしてしまいますよ(笑)

オススメ音源の中では、カルメンは勿論ですが、『真珠採り』なんかも好きです。煩悶するズルガ、素敵です。
それにしても、パヴァ神×ギャウロフとは…(・□・;)

勝手ながら、ウチのブランの追悼記事のURL入れちゃいました。
興奮気味はコメントすみません(ブランのせいです)。
重ね重ねよろしくお願いします。
2012-09-28 Fri 13:45 | URL | しま [ 編集 ]
>しまさん

初コメ&相互リンクありがとうございます♪

ブランの繋いでくれた縁ですよね!笑

私もいろいろなバリトン好きですが、やっぱりブランは別格です。
彼みたいな仏風のバリトンって実はあんまりいないじゃないですか、そうするとつい集めちゃいますよね笑。
テジエとか頑張ってくれないかな、っていうのはちょっと思ってますが。

パヴァ神×ギャウロフ謎でしょ?ww
どっちもいい時期に残してるからすごくいいですけどね、『真珠採り』はこうじゃないよとも思うw

いえいえどんどんやっちゃってください^^
ありがとうございます!
2012-09-29 Sat 09:06 | URL | Basilio [ 編集 ]
はじめまして!以前からこっそりブログ読ませていただいていたバリトン愛好家です!Basilioさんのおかげでいろんなすばらしい歌手、名盤を知ることができて本当に感謝しておりますo(^▽^)o
私はイタオペで育ったもので、最近やっとワーグナー制覇を試みたものの、途中でローエングリンを聴いてエルネスト・ブランにハマってしまいました。。。
現在ワーグナーのことなど忘れて、ブラン先生の録音を探して三千里です。ヽ(;▽;)ノ

リゴレット、仮面舞踏会、清教徒、真珠採り、カルメン、ドン・プロコピオ、フィガロ、ドンジョバンニくらいは聴いたのですが・・・・・・トスカをお聴きになられたということですが、どこで見つけられたのか教えていただけますでしょうか?
2014-03-02 Sun 09:48 | URL | nana [ 編集 ]
はじめまして^^
お恥ずかしい素人の書き散らしを、読んでいただいているということでありがとうございますmm

> 私はイタオペで育ったもので、最近やっとワーグナー制覇を試みたものの、
僕も似たようなものです笑。
どうもヴァーグナーはなかなか敷居が高く…独国の歌手が少ないのはそういうことです^^;

> ブラン先生の録音を探して三千里です。
お仲間!お仲間!最近日本語版Wikipediaにページが出来て狂喜乱舞したりしてヽ(;▽;)ノ

> トスカ
Malibranという仏国のレーベルの、ジョゼ・ルッチョーニという人のアリア集に入ってました!
http://www.malibran.com/cgi-bin/sh000001.pl?REFPAGE=http%3a%2f%2fwww%2emalibran%2ecom%2facatalog%2fJos__Luccioni_%2ehtml&WD=tosca%20luccioni&PN=LEHAR%2ehtml%23a1_21MR716#a1_21MR716
と言っても、基本はルッチョーニとソプラノのサロッカという人に焦点が当てられているもので、苦労して仕入れたものの1幕のトスカとスカルピアとのやり取りしかないです…テ=デウムないんかいっていう(涙)
2014-03-02 Sun 10:51 | URL | Basilio [ 編集 ]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2014-03-02 Sun 13:25 | | [ 編集 ]
> トスカ
いやあネットで“Tosca ernest blanc”で検索をしていたらぶつかりまして…調べたんだけどわかんなかったから、諦めてここから買っちゃいました笑

> ロシア・東欧系の歌手陣
実は記事にしたいひとはまだまだいるんですが、聴いておきたい音源を聴けてなかったりがたくさんあってですね^^;まだまだでございます…

> ブランのwiki日本語版
あれま!それはありがとうございました!笑
ブランもバスティアニーニもライモンディも、声に高貴な感じがありますよね。品があるというか。そういう意味では近いというのはわかる気がします^^

> ヴァーグナーのオススメ
ですか…これはちょっと現状の僕ではご紹介するのは躊躇われます^^;
音盤としてはサヴァリッシュのオランダ人とローエングリンは凄いなと思いましたが!^^
2014-03-02 Sun 23:29 | URL | Basilio [ 編集 ]
〉サヴァリッシュのオランダ人とローエングリン
オランダ人はフランツ・クラスですね!彼はすばらしいですね。聴き返してみます(^O^)
またお邪魔するかもしれませんがどうぞよろしくお願いいたします☆
2014-03-03 Mon 06:58 | URL | nana [ 編集 ]

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