Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第三十九夜/麗しき青年~

一口にオペラ歌手と言ってもいろいろな声、いろいろな歌があります。
テノールと言うと力強く男らしい高音を、喇叭の如く高らかに響かせることに心血を注ぐ、所謂「テノール・バカ」のイメージがあるかもしれない。
今回の主役は、しかしそんなイメージを覆す世紀の名テノールです。

Kraus3.jpg


アルフレード・クラウス
(アルフレード・クラウス=トゥルヒーヨ)

(Alfredo Kraus, Alfredo Kraus Trujillo)
1927~1999
Tenor
Spain

20世紀中葉から後半にかけて活躍した録音史上屈指のテノーレ・リリコです。
甘い声とも真摯な歌で多くの聴衆を魅了し、没後15年近く経った今でもその歌声は愛され続けています。その歌い口は先に挙げた「テノール・バカ」とは一線を画し、気品に満ちて端正。高音も強くきちんと決めますが、決して張り上げることなく優雅で、爽快です。

自分の声に対して厳しく、声に会った役柄に絞って活動したため、レパートリーが非常に少なかった歌手としても有名です。多くのテノールが主要なレパートリーとしているG.プッチーニ『トスカ』のカヴァラドッシですら、1回だけ歌って自分に合わないと判断し、2度と歌わなかったとか。加えて年間の公演回数も少なかったそうです。
その甲斐あって生涯現役を貫き、72歳で斃れるまで驚異的な美声を維持しています。カラスとの共演からアンダーソンとの共演まで殆ど遜色ない若々しい歌声が聴けると言うのは、本当に信じられないことです。
爽やかな永遠の青年ともいうべき彼の藝術とは裏腹に、それを保つためには想像を絶する恐るべき節制と執念があったに違いありません。

<ここがすごい!>
ここまででも述べてきたとおりクラウスの藝術は、所謂伊的な熱狂、ひたすら温度が高くてギラギラして血沸き肉躍るような世界、デル=モナコやコレッリやボニゾッリのそれとは全く異なります。あくまでも高貴で優美で、力強さよりは格調の高さを感じさせます。剛腕でパワフルな英雄ではなく、気位の高い貴族の若々しい青年を思わせる歌唱。

彼の歌には、無理のない自然な美しさがあります。
それは彼が余力を残して本気で歌っていないという証拠でも、本当の意味でナチュラルに思うがまま自由勝手に歌うある種の天然さんだという証拠でもありません。そこから感じ取るべきはむしろ逆で、持てる力を最大限に使って力みやエゴのない美しい音楽を作っているということです。彼の自然で優美な歌唱は匠の技ともいうべき絶妙なコントロールによって裏打ちされたものであり、自分の声と与えられた役柄、そしてそこにつけられている音楽をよくわかっていなければなしえない、非常に知的な藝術品なのです。

彼がそうした自身のスタイルを確信を持って貫いていたことは、絞りに絞られたレパートリーを見れば一目瞭然でしょう。
まずは何と言っても彼のシグニチャー・ロールであるJ.E.F.マスネー『ウェルテル』を中心とする仏もの。当然ながら仏ものと言ってもこの中にはG.ビゼー『カルメン』のドン・ジョゼやC.サン=サーンス『サムソンとデリラ』のサムソン、G.マイヤベーアの諸作品は含まれません。仏ものテノールのもう一方の路線と言うべきやわらかで優美な旋律が求められる作品では彼の良さが最大限に活かされます。
そしてしっかりとした様式のある音楽であるベル・カントの諸作品。特にG.ドニゼッティでは他を以て替えがたい名唱を残しています。薫り高い気品にはうっとりするばかりです。G.F.F.ヴェルディも熱気の音楽やドラマティックな音楽ではなく、残しているのは優美な旋律のあるマントヴァ公爵(『リゴレット』)とアルフレード・ジェルモン(『椿姫』)。いずれもキャラクターに合っているかどうかを飛び越えてしまう美しさ。
様式がしっかりしていると言えばW.A.モーツァルトも。特に『ドン・ジョヴァンニ』のドン・オッターヴィオでの歌唱は、この役を語る上では外せないでしょう。同じモーツァルトでも独語のものは歌っていません。いかにもベストを尽くせる役を厳選する彼らしい話です。

<ここは微妙かも(^^;>
自分の声にあった役を厳選して厳選して歌うので、残されている録音に外れはほとんどないと言っていいと思いますが、流石にG.ロッシーニ『セビリャの理髪師』のアルマヴィーヴァ伯爵はアジリタがきつそうでした…たぶんあのときしか歌っていないのでしょう。私が聴いたのもいかにも掘り出し物という風情でした(ちなみにフィガロがカプッチッリ!という珍盤。内容も本当に珍盤って感じwww)。youtubeで探すと何故かヴェルディ『トロヴァトーレ』のカバレッタも歌ってますが、これはまあ余興でしょうね(笑)

あえて言うなら彼のレパートリーには気品に追い付いていない役も少なくありませ…いや、でもテノールの役なんてみんなそうだなwww

<オススメ録音♪>
・ウェルテル(J.E.F.マスネー『ウェルテル』)
プラッソン指揮/トロヤノス、マヌグエッラ、バルボー、バスタン共演/ロンドン・フィル/1979年録音
>不滅の名盤。後にも先にも彼以上のウェルテルは現れないと言って良いのではないでしょうか。ウェルテル自体はどうしようもない奴だと思うんだけど、これを彼がやるとまあなんと魅力的になることか!匂い立つ気品、若々しい歌声はまさに永遠の青年たる彼の面目躍如たる録音。“オシアンの歌”も希代の名唱だけれどもシャルロッテが結婚することがわかってからの情熱的なソロの素敵なこと!大人の色気のあるトロヤノス、絶妙な匙加減で堅実な戀敵を演じるマヌグエッラはじめ脇役もしっかりしています。悪いこと言わないからクラウスだけでも聴いてくださいw

・レーヴェンスウッド卿エドガルド(G.ドニゼッティ『ランメルモールのルチア』)
レッシーニョ指揮/グルベロヴァー、ブルゾン、ロイド共演/ロイヤル・フィル&アンブロジアン・オペラ合唱団/1983年録音
>超名盤。エドガルドのみを俎上に取るのならば、或るベクトルで最高の音源だと言って良いのではないでしょうか。もちろんよりドラマティックなエドガルドを望む向きもあるでしょうが、この作品がドニゼッティのベル・カントものだと考えるとこうした優美な姿もまた一つの理想像でしょう。特にフィナーレのアリアは見事と言うほかありません。これほど死に際の美しいエドガルドも他にはないでしょう。ブルゾンはハリのある声も役作りも見事ですがベル・カントだからヴァリアンテ入れて欲しいような気もしたり。ロイドは手堅いもののもうひと押しあればいいのですが。世評の高いグルベロヴァーのルチアは他のベル・カントものよりは違和感は少ないものの、伊ものでは彼女の声はやっぱり浮いてしまう気がします。一番問題なのはレッシーニョの指揮で、これがもっときびきびしたものだったら印象変わったんじゃないかと思います。

・アルフレード・ジェルモン(G.F.F.ヴェルディ『椿姫』)
ギオーネ指揮/カラス、セレーニ共演/サン・カルロス劇場管弦楽団&合唱団/1958年録音
>不滅の名盤。以前に述べたようにカラスは素晴らしいですし、セレーニも力演ですが、ここでのクラウスは本当に若々しい!音質は決してよくありませんが、その向こう側から感じられる声の瑞々しさと言ったら!数ある録音の中でも役にふさわしい若い力を感じられるという点では外すことのできない名盤です。

・ファウスト(C.F.グノー『ファウスト』)
エチュアン指揮/スコット、ギャウロフ、サッコマーニ共演/N響&合唱団/1973年録音
>東京で行われた奇跡の演奏の記録です。この作品のファウストはゲーテの原作に較べると随分軽い奴なんですが、彼の気品に満ち溢れた歌唱を聴くとと俄然説得力が増します。私自身は部分的にしか見ていませんが映像で見るとまた姿が素敵で(このひとは容姿にも恵まれていた!)、一気に作品にのめり込んでしまいます。終幕で圧巻の歌唱を繰り広げるスコット、魅惑の悪魔を演じるギャウロフとバランスも素晴らしい。

・ファウスト( A.ボーイト『メフィストーフェレ』)
サンツォーニョ指揮/ギャウロフ、テバルディ、スリオティス、デ=パルマ共演/シカゴ・リリック・オペラ管弦楽団&合唱団/1965年録音
>不滅の名盤。同じくファウストながら彼としては珍しいレパートリーであるように思いますが、ここでの歌唱はこの役のベストと言っていいものだと思います。上品で知的な彼の雰囲気ともピタッと来ると言う意味でも珍しい役かもしれません(笑)特に終幕のロマンツァは絶品。本物が憑依したのではないかと言う迫力のギャウロフ、情感豊かなテバルディ、絶唱を繰り広げるスリオティスと共演も見事。しかしデ=パルマは藝歴長いなぁww

・フェルナンド(G.ドニゼッティ『ラ=ファヴォリータ』)
モリナーリ=プラデッリ指揮/コルテス、ブルゾン、シエピ共演/ジェノヴァ市立歌劇場管弦楽団&合唱団/1976年録音
>フェルナンドもまた彼の得意中の得意の役。やはり身分のある役を演じるのであれば、ある程度は気品が欲しいもので、聴いていてあまり下卑た騎士が出てきたりするとそれだけでがっかりする訳ですが、彼の歌唱であればそれは絶対にないですね(笑)終幕のアリアは絶品です。ブルゾンとシエピはまた品格の上でも歌唱の上でもそれぞれ見事な声で聴かせてくれるのですが、今一つ煮え切らない指揮とあまり魅力のないコルテスが残念。せめてヒロインがもっと別の人だったら太鼓判を押すのですが。

・マサニエッロ(D.F.E.オーベール『ポルティチの物言わぬ娘』)
フルトン指揮/アンダーソン、エイラー、ラフォン共演/モンテ・カルロ・フィルハーモニー管弦楽団&ジャン・ラフォルジュ合唱団/1987年録音
>超名盤。いまでは殆ど演奏されることのなくなってしまったオーベールの代表作ですが、埋もれさせてしまうにはあまりにも勿体ない作品(だいたい今の世の中グラントペラを馬鹿にし過ぎだ)。主役であるマサニエッロ役のテノールが歌う場面がかなり多いので、この役にある種のカリスマが必要な訳ですが、クラウスはもう流石のひとことで、終始全体をリードしています。残るソリストもみな立派な歌唱で、忘れられた超人気作を楽しむことができます。

・トニオ(G.ドニゼッティ『連隊の娘』)
カンパネッラ指揮/アンダーソン、トランポン、テザン共演/パリ国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1986年録音(この録音でした!H26.7.1追記)
ごめんなさい、僕がもってるやつの詳細が分からず、加えて全曲聴けていません(汗)が、彼を語るうえでは欠かせないでしょう。全曲聴きました!
悪名高いHigh-Cなんて楽しそうと言うかなんとものびのびと歌っていて、全然大変そうに聴こえてこないというw多分この役の四天王は彼とパヴァロッティとブレイク、そしてフローレスですかね。そのスタイリッシュさには惚れ惚れしてしまいます。
全曲聴いた上で付言するとクラウス御大なんと59歳!とんでもない若々しさでアンダーソンと互角に歌っています!リラックスした高音も魅力的で、有名なアリアだけではなく終盤のロマンスの美しさ、気高さ!最後の高音には痺れます。アンダーソンも役柄にあった歌でコメディへの適性を感じさせる一方、ややシリアスなアリアもバッチリこなしています。トランポンとテザンのヴェテランらしいおじさんおばさんぶりもお見事で、特にテザンのオバタリアンっぷりはかなり笑えます。

・ホフマン(J.オッフェンバック『ホフマン物語』)2013.12.30追記
ギンガル指揮/ギュゼレフ、ウェルティング、オミリアン、ヘンドリクス、ツィリオ共演/エミーリア・ロマーニャ・アルトゥーロ・トスカニーニ交響楽団&パルマ王立合唱団/1988年録音
>映像そのものがかなり暗かったり、演出や楽譜の扱いが古臭かったりといろいろなくはないのですが、ここでのクラウスは凄まじいの一言!これがテノールだ!とでも言わんばかりの勢いで終始圧倒しますが、中でも登場後すぐの“クラインザックのバラード”の最後の高音の息の長さには瞠目します。ここまでパンチの効いた歌唱をされると他のいろいろなことがどうでもよくなってしまうという、いろいろな意味で古きオペラを体感できます笑。共演ではウェルティングのオランピアが歌もですがストップ・モーションがお見事。悪役のギュゼレフは流石に凄味がありますが、高い音の多いダッペルトゥットはちょっとしんどそう^^;

・マントヴァ公爵(G.F.F.ヴェルディ『リゴレット』)
ショルティ指揮/メリル、モッフォ、フラジェッロ、エリアス、ウォード、ディ=スタジオ共演/RCAイタリア・オペラ管弦楽団&合唱団/1963年録音
>最後にちょっと毛色の違うものを。や、正直クラウスには全くに合ってないと思うのですよ。爽やか過ぎで素敵すぎでwwwこれは暑苦しいパヴァちゃんが稀有だとは思うのです、公爵だけどあんまり気品があってカッチョ良いとイメージ違うし。だがしかし、だがしかしこの歌唱は本当にことばもないぐらい歌としての完成度が高くて、特にカバレッタの最後のHigh-Dは圧巻のひとこと。歌手クラウスの底力を感じる録音。メリルの力強いリゴレットはじめ共演もしっかりしていて楽しめます^^

・アルトゥーロ・タルボ(V.ベッリーニ『清教徒』)2015.3.4追記
リヴォーリ指揮/エダ=ピエール、マッサール、トー、デュパイ共演/マルセイユ歌劇場管弦楽団&合唱団/1974年録音
>これはマイナーながら超名盤!何と言ってもクラウス様が最高でございます!^^ひたすら圧倒的ですが、特に3幕の完成度が高く、全曲彼のイメージになってしまうぐらい(笑)どこまでも伸びやかで中身がしっかり詰まっていて、その上しっかりと軽い美声に終始ひきつけられてしまいます。とりわけ3幕の2重唱は素晴らしく、この音源の白眉。ムーティのスタジオでの歌の比ではありませんwエダ=ピエールは伊的ではないもののやわらかで清潔なエルヴィーラ、マッサールとトーもノーブルで引き締まった歌唱でお見事です^^
スポンサーサイト

オペラなひと | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<曲竜 | ホーム | かはくの展示から~第18回/モシリュウ~>>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

| ホーム |