Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第三夜/神に魅入られた男~

「史上最も偉大なテノールは?」

この質問にルチアーノ・パヴァロッティはあるときのインタヴューでこう答えています。

「フリッツ・ヴンダーリッヒ。」

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Tamino

フリッツ・ヴンダーリッヒ
(Fritz Wunderlich)
1930~1966
Tenor
Germany

パヴァロッティのみならず多くのオペラ関係者が、そしてオペラ・ファンが手放しで絶賛する伝説の名歌手です。

一説には若い頃はパン屋として働いていたもののその卓越した美声から周囲のひとに勧められてテノール歌手になったと言われています。

1歳年上の独国の名バリトン、ヘルマン・プライとは私生活でも親しくしており兄弟のように仲が良かったとか。また同じく独国のこちらも名バリトン、ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウは最初に彼の歌を聴いたときの驚嘆を手記に綴っています。

オペラで多大な名声を得、F.シューベルトをはじめとした歌曲にも活躍の場を拡げようとした矢先、悲劇は訪れます。
友人の別荘で休暇を楽しんでいたヴンダーリッヒは2階の階段から転落、そのまま帰らぬ人となってしまったのです。F.シューベルト『美しき水車小屋の娘』の録音を終え、発売を目前にした悲劇でした。

私には彼の美声とその素晴らしい歌を早く天上にと思った神が、彼を連れ去ってしまったように思えてなりません。それほど素晴らしい、偉大な芸術家です。

<ここがすごい!>
このひとの歌はとても清潔感に溢れ、それでいて情熱的で、尚且つとても明るい。本当に好ましい若者の雰囲気があります。

透明で輝かしい美声もさることながら、その表現力の豊かさは筆舌に尽くしがたい。永遠の青年、と評す人もいます。全体にすごく若々しいんですね。そして何というかつい助けたくなってしまう感じ。オペラのテノール役なんて言うのは大体主役なんですが、冷静に考えてみるとろくでもないやつが多いんです。でも、彼が歌うとそんな主人公たちが俄然魅力的になってきます。凄く活き活きとしていて、説得力もあって、こんな声でこんな風に歌われたら主人公に感情移入しちゃうに決まってるじゃないか!っていうwww

例えばW.A.モーツァルト『魔笛』の王子タミーノなんていうのは、夜の女王に懇願されてザラストロに攫われた王女パミーナを救いに行くんですが、途中でザラストロにパミーナともども感化されて今度は夜の女王をやっつけに行くと言う、「お前ダメじゃん!」って言う感じの数あるオペラの登場人物のなかでも最も情けない部類に入るやつなんですが、これが本当に素敵な 素敵な王子様に聴こえてきます。B.スメタナ『売られた花嫁』のイェーニクという役は、筋の事情もあって、相当問題のあるやつだと思うんですが、思わず応援してしまいます。最早ヴンダーリッヒ・マジックとでも言えそうです。

そしてアンサンブルのセンスもあります。親交のあったプライはもちろんフィッシャー=ディースカウやフリックなど、特に男声同士でのアンサンブルが最高に美しい。必ずしも仲間の役ではなく敵役同士のアンサンブルであってもそうです。ヴンダーリッヒが絡む音楽でアンサンブルがおかしいというのは聴いたことがないのは、彼の美声だけではなく、彼のセンスの良さをよく表しているのだと思います。

W.A.モーツァルト、A.ロルツィングなんかの作品では右に出るものはまず居ません。断言できます(笑)

<ここは微妙かも(^^;>
ギャウロフ、ブランと同じく基本的には何を聴いても素晴らしいです(笑)

古いひとだということもあって伊ものも仏ものも露ものもみんな独語歌唱です。なのでそこへの若干の違和感は拭いがたいものもあります。

部分的には伊語歌唱をしているものもありますが、正直なところあんまり言葉捌きが巧くない…ベストはやっぱり独ものを独語歌唱したものでしょう。

<オススメ音源♪>
・タミーノ(W.A.モーツァルト『魔笛』)
ベーム指揮/フィッシャー=ディースカウ、クラス、ピータース、リアー、ホッター共演/BPO&ベルリンRIAS室内合唱団/1964年録音
>彼の最高の当たり役です。彼のこの録音がステレオで残されているというだけで、価値がある。フィッシャー=ディースカウとのアンサンブルの美しさと言ったら!まさに“妙なる”ものです。つっころばしてきな部分を持ちながら王子としての気品も欲しいこの役のどちらの面も満たしているというのみならず、+αとして――物凄く意味のある+αです――溢れ出る生命力、若さを感じさせます。ヘフリガーやシュライヤー、バロウズなど魅力的なタミーノが他にいない訳では決してないですが、それでも彼のタミーノは別格というべきでしょう。
(2011.9.12追記)
リーガー指揮/プライ、ローテンベルガー、コーン、ケート、エンゲン、ヒレブレヒト、ナアフ、マラウニク、グルーバー、フリードマン共演/バイエルン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1964年録音
>いや~よくこんなものが残っていた!しかもいい音で!最高のタミーノであるヴンダーリッヒと最高のパパゲーノであるプライの共演のライヴ盤だなんて!もちろんベーム盤でヴンダーリッヒと共演しているフィッシャー=ディースカウもショルティ盤でプライと共演しているバロウズも名唱ですが、やはりこのコンビで聴ければ…という思いはどうしてもあった訳で、そういう意味で夢の録音と言うべきもの。ヴンダーリッヒの歌唱の精密さ、品の良さはライヴであっても変わらず、うっとりしてしまうような王子ぶりですし、自然児パパゲーノには人柄の良さとユーモアが溢れ出るプライを以て余人に代え難いです。途中の科白も楽しいですし、3人の侍女も巧いので5重唱が最高です!ここは全曲のハイライトでしょう。ローテンベルガーも予想以上に旨みがありますし、コーンの滋味深い歌唱も特筆すべきもの。他、脇も揃っていますが、夜の女王のケートだけはいっぱいいっぱいの歌唱で精彩を欠きます。しかし、ヴンダーリッヒとプライで全編聴けるなら、アリアだけ歌って引っ込む女王が多少あれでも問題ないですよ!(暴論)

・アルマヴィーヴァ伯爵(G.ロッシーニ『セビリヤの理髪師』)
・ドン・カルロ(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)
・ロドルフォ(G.プッチーニ『ラ=ボエーム』)
アイヒホルン指揮/プライ共演/ミュンヘン放送交響楽団/1960年ごろ録音
>これらはアリア集用に取られた抜粋でそれぞれ有名なテノール&バリトンの重唱を取ってきているもの。いずれも独語。いまヴンダーリッヒの合集はたくさん出ているので、その中から探していただければ。実生活でも親友であったプライとの重唱はいずれもため息が出る。セヴィリャの重唱からはこの年代の、しかも独語歌唱にも拘わらず、なんとロッシーニ的な愉悦に溢れていることでしょう!プライも有名なアバド盤より心なしか元気(笑)だし、ヴンダーリッヒの伯爵の優雅なことと言ったらありません。ドン・カルロの重唱も2人の息があっていて、親友同士の役にはぴったりです。そしてボエームの重唱の響きの美しさ。言語の違いなど乗り越えて、思わず茫然と聴きこんでしまいます。
・アルマヴィーヴァ伯爵(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)2016.3.8追記
カイルベルト指揮/プライ、ケート、プレープストル、ホッター共演/バイエルン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1959年録音
>極めて貴重な映像で、よくぞこれを遺して呉れました!と言うべき代物。個々に見て行けば古めかしい部分の少なくない公演ではありますが(独語歌唱、伯爵の大アリアのカット、レッスンのアリアの差替など)、それらを考慮に入れても一見の価値があります。何と言ってもゴールデン・コンビと言うべきヴンダーリッヒ&プライを映像で楽しむことができるのは大きい。この2人を見ていると本当に仲の良い優れた藝術家同士の、稀有なコンビだったのだなあと改めて感じます。伯爵役は多くのテノールに演じられていますが、ロッシーニ・ルネッサンス以降の名手たちを含めても、これほどまで品格がある歌い口と気品のある佇まいの伯爵はいないと言っていいでしょう(続編で彼が不倫をするなんてとても思えないw)。育ちの良さそうなお坊ちゃんっぷりはフィガロに悪智慧を吹き込まれるあたりに説得力を与えていますし、逆にはじけるところではなかなかのやんちゃぶり。プライのフィガロは伊語でもありますが、独語歌唱の方が断然活き活きしています。古風ながらケートも可憐ですし、ホッターは怪演と言うべき存在感、プレープストルはここでしか観たことのない人ですがコミカルな演技が冴えています。

・グラナダ(A.ララ歌曲)
スモラ指揮/SWR Radio 交響楽団/1965年録音
>オペラではないですが、これは超名演!!大体このあたりを聴けば彼の藝風の広さを知ることができると思います。即ち、モーツァルトで感じられる端正な美しさ、ロッシーニで感じられる愉悦、ララで感じられる力強さと言ったところでしょうか。あの優雅なタミーノを歌った同じ人が、これだけパワフルで熱っぽい歌を歌うのかと驚愕せざるを得ません。

・クロンタール男爵(A.ロルツィング『密猟者』)
ヘーガー指揮/プライ、ローテンベルガー、オレンドルフ共演/バイエルン国立管弦楽団&合唱団/1964年録音
>これはほんのチョイ役ではあるのですが、忘れがたい録音。ロルツィングは日本ではあまり知られていませんが、ちょうど伊国でのドニゼッティぐらいの位置にあたる人で、曲想自体はそんなに難しくないものの、優美で独語の美しさが引き立つ歌が多いと個人的には思っています。となるとやっぱりヴンダーリッヒの良さが引き立つわけです(笑)

・イェーニク(B.スメタナ『売られた花嫁』)
ケンペ指揮/ローレンガー、フリック共演/バンブルク交響楽団&RIAS室内合唱団/1962年録音
>チェコ語ではなく独語ですが、これはこの作品の超名盤。ヴンダーリッヒの瑞々しい歌声は、この作品のちょっと今では受け入れられない部分(詳しくはあらすじ本等を)をほとんど帳消しにして、この主人公を応援したい気分にさせてくれます。アリアももちろん素晴らしいですが、ここでも光るのはアンサンブルの巧さ。芯の強いヒロインを演ずるローレンガーや、藝達者なフリックとともに繰り広げる重唱は美しいだけではなく本当に愉しい。ケンペの指揮ぶりも見事です。

・ロイキッポス(R.シュトラウス『ダフネ』)2015.12.3追記
ベーム指揮/ギュ―デン、キング、シェフラー共演/WPO&ヴィーン国立歌劇場合唱団/1964年録音
>これは凄い録音。何と言ってもヴンダーリッヒとキングの対決なんてものが聴けるのはこの音盤だけでしょうから。ロッシーニはテノール同士が火花を散らす作品は結構書いていますが(『オテロ』、『アルミーダ』、『湖上の美人』などなど)、独もので、しかもシュトラウスでこういうのは非常に珍しい(ドミンゴなんか「シュトラウスはテノールにケチだから嫌いだ!」とか言ってたとか笑)。ここでのヴンダーリッヒは、知る限り彼のあらゆる録音の中でもベストに近い状態で、まことにフレッシュで瑞々しい若者そのもののであります。そして、だからこそ非常に人間味がある。直情的な若者を地で行っているぐらいの(しかしそれでいて良くコントロールされた)歌なのです。そしてこれに対するキングは全く別のキャラクタを創造していて、全く見事な対照。重厚で硬質な輝きに満ちた、正しく神の声と言うべきパワー。この2人の決闘の場面は本当に素晴らしいです。普通ならここが全曲の白眉、と言いたいところなのですが、ベームの豊麗で懐の深い音楽、題名役のギュ―デンのこれ以上ないぐらいかわいらしいダフネ、出番こそ少ないながらも往年の名手として際立った存在感を示すシェフラーとどこをとっても素晴らしいのです。
シュトラウス・ファン必聴の音盤です。
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