Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第四十一夜/希国の彗星~

オペラ歌手は、水ものです。

基本的にはマイクを通さずに、オーケストラを飛び越えて、自分の声を劇場中に響き渡らせる。しかも高度な技術を要求されるし、歌として卓越した表現力も求められる。その上、演技もしなければならない。
それを成し遂げるためには飛びぬけた才能も必要ですし、その才能を磨く鍛錬もなくてはなりません。よく言われることではありますが、そういう意味で、彼ら/彼女らは高度なアスリートと言うこともできるでしょう。

しかし、どれほど才能があって、なおかつそれを磨いたとしてもアスリートには選手寿命があります。無茶をすればそれはどうしても短くなる。オペラ歌手に於いてもそれは顕著です。
今回は彗星のように登場し、去っていた大ソプラノを。

Souliotis.jpg


エレナ・スリオティス
(Elena Souliotis, Έλενα Σουλιώτη)
1943~2004
Soprano
Greece

オペラの世界でも最も酷い売り文句だと思うのですが、「○○の再来」ということばがあります。そんな言い方をしても別にそのひとは○○さんではないですし、その藝術は○○さんとは違うものなんで、そのひとに変なプレッシャーを与えるだけで何にもいいことはないのですが。
特に「カラスの再来」ということばの犠牲者はたくさんいます。そして、その不名誉な言葉を冠せられた最初の歌手がこのスリオティスです。カラスと同じく希国の出身、同じようにドラマティックで力強い声、そして同じようにアジリタもできる。20代の若きソプラノ(実はフレーニより8歳も若い!)はカラスの歩んだ道を一気に登らされ、あっという間に破綻を迎えてしまいます。もちろん本人の責任もありますが、罪な話です。
「カラスの再来」だとか「第2のカラス」だとか言われて、「私は第1のスリオティスだ!」と言ったなんて話も残ってるんですから、何とも哀しい話じゃないですか。
とはいえ、我々は破綻へと突き進む彼女のパワフルでドラマティックな声や歌を録音で聴いて痺れているのですから、複雑なものですが^^;

ソプラノとしての声を失ってからはメゾとして活動し、録音こそあまりありませんがそれなりに活躍しているようです。

今世紀の頭に61歳の若さでひっそりと亡くなっています。

<ここがすごい!>
このひともお世辞にも美声とは言い難いでしょう。
けれど、それは彼女にとっては何ら問題ではありません。声楽の面白いところは綺麗な声で綺麗に歌えば素晴らしいものができる、というような単純なものではないところでしょう(尤も、聴くに堪えない悪声は勘弁願いたいですが)。彗星のごとくオペラ界を駆け抜けた人らしく、力に満ち溢れてはいますが、聴きようによってはかなり荒っぽい声です。ただ、そのもうちょっと行ってしまったら破綻してしまうに違いないギリギリのところでの歌声には、独特の緊張感があり、彼女の声によってこそ表現できた世界があります。彼女はしかも、そんな声質で上から下までびしっと声が出る。スリリングな高音も刺激的ですが、私個人としては強烈でパワフルな低音の凄まじさを推したい。例えばガルデッリ盤『ナブッコ』のアビガイッレの登場の場面――この場面は戀人ふたりの場面に横恋慕のアビガイッレが割って入るところですが――の第一声!これは何度聴いても痺れてしまいます。『ナブッコ』は好きな作品なのでいくつも音源は聴いていますが、彼女ほど異様な緊張感を持って現れるアビガイッレは他にはいません。一言で言えば「うっひゃあ、なんかすごいの出てきたwww」と言う感じ。

歌についても美しいことは美しいのですが、どちらかと言えば荒削りな魅力が先に立つようにも思います。アジリタもこなしますが一音一音正確にメカニックに決めていくタイプではなく、ちょっと強引に聴こえたり流れてしまっている部分もあります。しかし、そうした欠点を補って余りある気迫、勢い。異形とも言うべきその歌いぶりは、やはり自己主張の強い猛女に於いてこそ活きます。彼女が正規録音を残した役を挙げてみると、先ほどのアビガイッレ、マクベス夫人の他に、ノルマ、アンナ・ボレーナ、サントゥッツァ。呆れるほど強い女ばかりですが、びしっとハマっています。若くしてこんな重たい役ばかり歌ったから歌手寿命は短かった訳ですけれども、そうは言いながらこれらの音源に抗しがたい魅力があるのもまた厳然たる事実です。

また、意外と科白回しは巧みで、例えばガルデッリ盤『マクベス』でのマクベス夫人のアリアの前の手紙の朗読はものすごくうまい。如何にもな感じではあるんだけど、大見栄切って如何にもをびしっと決められるのは才能でしょう。

<ここは微妙かも(^^;>
この人の場合は上で語ったことですべてと言っていいでしょう。美点と欠点がそのままつながっています。良くも悪くも才能ある若き藝術家の粗削りながらも勢いと力に満ちた演奏、と言う訳です。
だからこの人に対する評価が両極端に真っ二つに割れることは至極当然だと思います。この粗削りを愛せるか否かがストレートに好悪にかかってくる。
私ですか?この人がぴたりとハマった時のゾクゾクするような歌を楽しめることは、私の人生を豊かなものにして呉れていると思っていますよ(笑)

<オススメ録音♪>
・アビガイッレ(G.F.F.ヴェルディ『ナブッコ』)
ガルデッリ指揮/ゴッビ、カーヴァ、プレヴェーディ共演/ウィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1965年録音
>超名盤。キレッキレ弩迫力のアビガイッレ。上述のとおり3重唱の登場場面の鬼気迫った声はまさに圧巻の一言で、いきなり徒者でなさを感じることができます。もちろん超難曲のアリアも見事なもの。ゴッビとの重唱はまさに異形対決と言った体で、いい意味で2人の持ち味の違いを楽しめます。そのゴッビをはじめ共演が優れていることは、既にゴッビの記事やナブッコの記事で書いたところですね(^^)

・マクベス夫人(G.F.F.ヴェルディ『マクベス』)
ガルデッリ指揮/フィッシャー=ディースカウ、ギャウロフ、パヴァロッティ共演/LPO&アンブロジアン・オペラ合唱団/1971年録音
>超名盤。カバレッタがちょっとのたっとしたり瑕疵はあるんだけど、個人的にはステレオ録音で聴ける最高のマクベス夫人だと思います。3つの性質の異なるアリアあり、マクベスとのやりとりあり、手紙の朗読ありとかなり様々な表現が必要とされる難役ですが、全編異様な緊張感を以て迫真の演唱をしています。ヴェルディはこの役について「美しい声であってはならない」と言ったと伝えられますが、美しさよりも勢いやパワーに寄った彼女はまさにぴったり。共演も優れていますし、特にフィッシャー=ディースカウの知的な役作りはこれはこれで素晴らしいもの(当初の予定がゴッビだったと聞くと、それはそれで残念なのですが。彼はマクベスは残していないので)。

・ノルマ(V.ベッリーニ『ノルマ』)
ヴァルヴィーゾ指揮/デル=モナコ、コッソット、カーヴァ共演/ローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団&合唱団/1967年録音
>これも名盤は名盤でしょう。ノルマというとどうしてもカラスのイメージが強い役どころではありますが、スリオティスの歌唱も素晴らしいもの。実にスケールが大きいし、上記2つに比べるとなんだか声も綺麗に聴こえる(笑)そして同じくパワフル美声路線(?)のコッソットがまた切れ味抜群で聴きごたえがあります(ちょっとアダルジーザには気が強すぎるけどもw)デル=モナコは事故後と言うことで衰えてるような気もするけどまずまず悪くないし、カーヴァはここでも渋く決めています。ヴァルヴィーゾの指揮も清新で上々。最大の問題はものすごく多くのカットがあり、全曲の3/4ぐらいに端折られてしまっていることで、これは残念。これが全曲だったら間違いなく一押しなのですが。

・アンナ・ボレーナ(G.ドニゼッティ『アンナ・ボレーナ』)
ヴァルヴィーゾ指揮/ギャウロフ、ホーン、アレグザンダー、コスター、ディーン、デ=パルマ共演/ヴィーン国立交響楽団&合唱団/1968-69年録音
>いろいろなご意見あるでしょうが敢えて言いましょう、不滅の名盤だと。スリオティスの歌唱は必ずしも完璧とは言えない部分もありますし、“Giudici ad Anna!”はカラス教徒ではない僕でも流石にカラスを想起し、その亡霊を追ってしまいます。しかし、それでもここでスリオティスは彼女なりのアンナ像を打ち出しているように思いますし、何度聴いてもその気魄には圧倒されてしまいます。スタイルの面ではやや疑問符も付くものの、圧倒的なスケールと馬力で冷酷な国王エンリーコ8世を演じるギャウロフは、このころが声の面で最盛期でしょう。ジョヴァンナは日本では嫌われ者のホーンですが、技術的にも表現としても素晴らしいもので、こちらも強い女です。リッカルドのアレグザンダーは面白くない歌に終始することもあるテノールですがここではこの役のベストの歌唱と言ってもいいきりっとした歌。つまり主役陣はちょっとワケアリ的な部分もあるのでそこの好き嫌いは出るかと思うのですが、それでもなおこの作品のベストと言い得る高水準な内容だと言うのが私の意見です。加えてヴァルヴィーゾの指揮はここでも冴えたもので序曲から聴かせます(アレグザンダーがかなりよく聴こえるのは彼の指揮の力もあるでしょう)し、しかもこちらはノルマと違ってカットがほとんど無い。デ=パルマ筆頭にコスター、ディーンの脇役もよければ録音だって聴きやすい。総合的には、不滅の名盤には違いないけれどもかなり聴きづらくカットも相当量あるカラス主演のガヴァッツェーニ盤や、録音はいいけれども指揮に文句もあるし主演のサザランドもアンナには合っていない気のするボニング盤よりも、一般に楽しめる名盤だと思います。が、いま廃盤なんだよね、これ。。。

・トロイアのエレナ(A.ボーイト『メフィストーフェレ』)
サンツォーニョ指揮/ギャウロフ、クラウス、テバルディ、デ=パルマ共演/シカゴ・リリック・オペラ管弦楽団&合唱団/1965年録音
>このblogでは何度も登場してお馴染みになっている裏・不滅の名盤。この役は言ってしまえば第2ソプラノで、4幕にしか出てこない出番の少ない役だけれども存在感から行けばこの濃ゆいメンバーの中でも引けを取らないです。実はものすごく劇的なアリアがあるものの、なかなか良い歌唱にはめぐり合えない(そういう意味ではG.プッチーニ『ラ=ボエーム』のムゼッタと近いかも)のですが、ここでは非常に立派であり印象的。ギャウロフやクラウス、テバルディも圧倒的な歌唱を聴かせているのは以前書いたとおり。本当に音だけもう少し良かったらなぁ…
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コメント

アビガイッレのアリア、とうとう見つけた宿命的な文書よ。を聴いてスリオティスの存在を知り、プリマドンナの声帯という本を読んで、ますます自由で開放的でだけど、繊細さや弱さも人に見せることのできる正直な人柄のスリオティスが好きになり、検索してお邪魔しました。2004年にお亡くなりになったとは、寂しいです。
アビガイッレのアリアをレナータ・スコット、マリア・グレギーナ、片岡啓子、ゲーナ・ディミトローヴァなどで聴きましたが、専門的なことは、全く分かりませんが、スリオティスが一番好きです。楽しく読まさせていただき、ありがとうございました
2014-10-16 Thu 18:10 | URL | ぐらっつぃおでぃーお [ 編集 ]
ようこそのおはこびで^^
駄文、お楽しみいただいたと言うことで、感謝感謝です。

スリオティス、どうも世の中一般には評価が高くないですが、素晴らしいですよね。
彼女のとびきり強力なアビガイッレは僕も大好きで、世の人にもっと聴いて欲しいなあと思う次第です。
2014-10-17 Fri 10:58 | URL | Basilio [ 編集 ]
G.ドニゼッティ『アンナ・ボレーナ』(ヴァルヴィーゾ指揮/スリオティス、ギャウロフ、ホーン)&ヴェルディ『運命の力』(ゲルギエフ指揮
/ゴルチャコーヴァ、グレゴリヤン、プチーリン共演/)
の2盤を入手----とてもとても気に入りました。おおしえいただき、ありがとう。感謝してます!!
2015-09-14 Mon 23:05 | URL | 南天の実 [ 編集 ]
気にいっていただけて何よりでした^^

運命の力は原典版の方がいいとおっしゃる方も少なくないようですが、まだまだ代表盤はこれに留まっていますね。そろそろ他の録音も出て来て欲しく思うものの、この盤の主役3人の出来を越えるのはなかなか難しそうです。

そしてアンナ・ボレーナ!これも素晴らしい演奏だと思うのですが、長らく廃盤の憂き目にあっていますよね…お聴きいただけてよかったです^^
2015-09-15 Tue 10:23 | URL | Basilio [ 編集 ]

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