Don Basilio, o il finto Signor

ドン・バジリオ、または偽りの殿様

オペラなひと♪千夜一夜 ~第九十九夜/最強の脇役~

いろいろバタバタしていたもので随分空いてしまいましたが、脇役シリーズをやっていたのでした^^;
実はこの人を2桁の最後に持ってきたくてここで脇役シリーズを始めてみていたのでした。

de Palma

ピエロ・デ=パルマ
(Piero de Palma)
1925(1924?)~2013
Tenor
Italy

伊ものの録音で脇役と言えば彼でしょう。伊国に於ける最も有名な脇役テノールといっても過言ではないと思います。

何と言っても録音が多い!200以上もあるそうな!概して脇役の売れっ子は小さな役でもたくさん録音しているものですが、これだけの数登場している人というのは、ちょっと他には思いつきません。レパートリーも70を越えるとか。場合によってはかけ持ちをしていたりもしています。
これだけ録音が多い理由はもうひとつ。藝歴がとても長い!録音だけ見ても40年に亘っています。デビュー後すぐのテバルディとも音源を吹き込んでいますし、キャリア末期にはなんとペルトゥージやフリットリとも共演しています。要するに、20世紀の本格的なオペラ録音時代を通して活躍していたという訳です。
そう思って彼の名前で調べてみると本当にありとあらゆる録音に参加していて、改めて彼の驚異的な経歴に舌を巻くことになります。あのスポレッタ(G.プッチーニ『トスカ』)も、あのベッペ(L.レオンカヴァッロ『道化師』)も、あのカイウス先生(G.F.F.ヴェルディ『ファルスタッフ』)も!といった具合。圧倒的な美声や華麗なテクニックで聴かせる歌手はたくさんご紹介してきましたけれども、これほどの脇のスペシャリストは、ちょっと他に思いつきません。

そんなわけで今回の脇役シリーズの〆に、彼ほど相応しい人もいないでしょう^^

<ここがすごい!>
上述のとおりその圧倒的な藝歴の長さ、そして脇役としてのレパートリーの広さが何と言っても目を引きます。同じ役での登板も多くて、スポレッタなんてそれこそえらい話で、私がいつも参考にしているサイトを見てみると、テバルディ、ゲンジェル、オリヴェロ、ステッラ、シリヤ、L.プライス、ニルソン、カバリエ、ネブレット、ヴァネスと繰返し歴代のプリマと共演しています。
何故これほどまでに重用されたのでしょうか。

当然と言えば当然ですが脇役はそこまでたくさん歌う訳ではありません。変な話ヴィンコやクラバッシのところでも少し触れましたが、それでもバスなんかはそもそも第1歌手でも脇のことが多いので案外アリアがあったりするもんなんですが、テノールだソプラノだなんていうと第1歌手が目立つ歌を歌うものですから、本当に僅かな出番のことが多いように思います。その僅かな瞬間で役柄のキャラクターを感じさせるような表現力がまずは必要になってきます。ただ、もちろんデ=パルマもその点素晴らしいのですが、そこが秀でているという話だけであれば、ここまででご紹介した脇役歌手たちとあまり変わらない。

彼がこうして数多く起用されたのは、やはりオペラの出演者としての根本と言っていい、卓越した歌の巧さと声の良さにこそ理由があるのではないかと思います。彼の大活躍(敬意を表して!)は、オペラに於いて主役を張るような歌手でなければ歌はほどほどで充分と言うようなことは絶対にないことを実を以て証明しているような気がするのです。しっかりと彼の歌を堪能できる場面と言うのは必ずしも多くないのですが、例えばベッペのセレナーデ。全曲の中で目立ち過ぎず引きすぎない適度な存在感を保ちつつも、決定的に歌が巧みで、その名調子に暫し耳を奪われてしまいます。或いは『アンドレア・シェニエ』(U.ジョルダーノ)での密偵。こちらがまたほんの一瞬の出番ではあるのですが、絶妙なセンスで紡ぎだされるそのことば捌きのうまさ!普段ならそのままジェラールのアリアへのつなぎとして聴き飛ばしてしまいかねないようなところですが、この一瞬にデ=パルマの妙技が詰まっています。より大きな編成になったときのアンサンブル能力の高さにも“耳を聴き張る”ものがあります。例えばそれは『グリエルモ・テル』(G.ロッシーニ)のロドルフォ、『ラ=ファヴォリータ』(G.ドニゼッティ)のドン・ガスパロで楽しむことができます。特に『ラ=ファヴォリータ』のスタジオ録音は、主役のテノール不在のアンサンブルで、コッソット、バキエ、ギャウロフといった人たちの中でもテノールパートとして十二分の役割を果たしている点で特筆に当たるのではないかと。
そして声の良さ!これは単に美しい声であるということだけではなく、彼の立ち位置、持ち役として適度な声の響きになっているということがミソだと思います。例えば彼ぐらい演技功者で歌もうまい人が脇役で登場するとして、その声がデル=モナコなりパヴァロッティなりシラグーザなりといったような声だったらどうでしょう?それはもう鶏を割くに焉んぞ、と言う話にどうしてもなってしまいますよね。美声なんだけれども派手すぎない、美しいんだけれどもちょっと個性を感じさせる。そんな声質が彼の藝風の根本にあるんじゃないかなと。

このように考えて行くと、彼はあたかもオペラの脇役として活躍するためにこの世に生を受けたのではないかと、そんなことをふと思ってしまうのです。

<ここは微妙かも(^^;>
脇役の神様とも言うべき人ですし、自分の領分を判った仕事をしているひとなので、正直微妙なポイントを感じることは殆どないんですよ^^;長く歌う場面になってもそもそも歌がうまいから聴かせちゃいますしね。

敢えて言うと声量はないです。だからライヴ盤で奥で歌っていると聴こえづらい。
本当にそれぐらいでしょうかね^^

<オススメ録音♪>
・スポレッタ(G.プッチーニ『トスカ』)
マゼール指揮/ニルソン、コレッリ、フィッシャー=ディースカウ共演/ローマ聖チェチリア音楽院管弦楽団&合唱団/1966年録音
>数多ある彼のレパートリーの中でどの役のイメージが強いかと言うと、僕としてはやはりこの役のイメージなのです。怪物と言うべきスカルピア男爵の側近と言うことで、大々的に歌う部分がある訳ではないものの存在感は欲しい。こういう役で「絶品」と言う言い方も変な感じがありますが、デ=パルマのスポレッタの匙加減の見事さは本当に素晴らしいです。男爵の手下の狡猾な悪人としての憎々しさを感じさせると同時に、彼もまた男爵に恐怖を感じる小市民であることを感じさせる役作り、ことば回しが巧みで歯切れの良い歌い口。何度聴いても唸らされる藝です。上述のとおり録音もたくさんありますし、スタジオ録音も多いですが、ここでは個人的にイチオシな音盤を^^

・ベッペ(L.レオンカヴァッロ『道化師』)
モリナーリ=プラデッリ指揮/デル=モナコ、トゥッチ、マックニール、カペッキ共演/ローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団&合唱団/1959年録音
>デル=モナコの傑出したカニオが取り沙汰される録音ですが、彼のベッペもまた秀逸であります。こちらも上述しましたが、彼にしては珍しく独立した聴かせどころのセレナーデが何と言ってもお見事!彼が実は物凄く歌がうまいことを強く印象付ける歌唱ですが、そこは彼らしく自分の役柄をよくわかっていて、素敵過ぎないし優美過ぎない。劇中劇の人物としての薄っぺらさと、旅一座の若者らしい品のなさを感じさせる歌に仕上げているのです。そして非常にユーモラス。白塗りのアルレッキーノが気取って歌うのが目に浮かぶようで、とてもコミカルです。この劇中劇が喜劇であることはこの作品に於いてかなり効いていて、あの壮絶な“衣装をつけろ”で1幕が締まったあと、2幕の決定的な殺人の場面の間の緩衝材の役割を果たしている訳ですが、ここであっけらかんとしたばかばかしい雰囲気をどれだけ出せるかというのが大きなポイントになります。当然デ=パルマは、その点でも100点満点です。

・ドン・ガスパロ(G.ドニゼッティ『ラ=ファヴォリータ』)
ボニング指揮/コッソット、パヴァロッティ、バキエ、ギャウロフ、コトルバシュ共演/テアトロ・コムナーレ・ディ・ボローニャ交響楽団&合唱団/1974-1977年録音
>ドニゼッティの作品に登場する第2テノールでも最も活躍する役柄ではないかと思います。というのも、役としても主役のフェルナンドとレオノーラに対して敵愾心を抱く貴族でありドラマを動かす役ですし、第1テノールが不在の中大規模なアンサンブルが展開される2幕フィナーレでは結構しっかりアンサンブルに絡んでくる、3幕フィナーレでも重要と美味しいところ盛りだくさんなのです。で、この中で老獪なデ=パルマさんの歌いぶりがとても説得力があって決まっています。役の描き方ももちろんですが、件の2幕フィナーレでも全く凹まないし、若々しい声を響かせるパヴァロッティに対していい意味で年齢を感じさせてコントラストがはっきりついている。ちょっと皮肉な歌いぶりも流石のものです。そもそも名盤ですが、性格テノール好きにもオススメできます^^(どんなニッチな進め方だよw)

・エルヴェイ(G.ドニゼッティ『アンナ・ボレーナ』)
ヴァルヴィーゾ指揮/スリオティス、ギャウロフ、ホーン、アレグザンダー、コスター、ディーン共演/ヴィーン国立交響楽団&合唱団/1968-69年録音
>同じく皮肉で冷酷な感じがハマっているのがこちら。暴君エンリーコの側近ですから立ち位置的にはスポレッタに通ずるものもあると思います。出番こそ多くはありませんが、王の権力を間接的に示す役ですから、やはり彼のようにうまい役者が演じると演奏が一段と盛り上がります。個人的なお気に入りはペルシの第2のアリアでの絡みの部分で、王の命令を淡々と伝える冷酷さがいい。アレグザンダー(どうしてどうして人気がありませんが良いテノール!)の情熱的な歌とヴァルヴィーゾの活き活きとした音楽にピリッとスパイスを利かせています。

・ロドルフォ(G.ロッシーニ『グリエルモ・テル』)
シャイー指揮/ミルンズ、パヴァロッティ、フレーニ、ギャウロフ、コンネル、D.ジョーンズ、トムリンソン、マッツォーリ共演/ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団&アンブロジアン歌劇合唱団/1978-1979年録音
>またしても権力者の側近役ですが、この作品については実は親玉ゲッスレルよりも印象的な歌を与えられていると言っていいでしょう。このロッシーニの大叙事詩の1幕フィナーレは、テル以下の主要キャストが一切登場しない異色のナンバーですが、そこで酷薄な圧政者の代表として現れるのがこの役。彼は合唱含むスイスの人々とは違う動きを明瞭に聴かせています。またその冷たい雰囲気に加えて、抵抗するスイス人に対する苛立ちをロッシーニの優美な旋律に乗せて軽やかに歌ってしまうデ=パルマさんの手腕はここでもお見事。主要キャストがいない場面と言いながら、この録音では彼以外にもこの場面にD.ジョーンズやコンネル、トムリンソンといった大物を並べていることもあって、大変充実した音楽に仕上がっています。

・密偵(U.ジョルダーノ『アンドレア・シェニエ』)
サンティーニ指揮/コレッリ、ステッラ、セレーニ、ディ=スタジオ、マラグー、モンタルソロ、モデスティ共演/ローマ歌劇場管弦楽団&合唱団/1963年録音
>出番はほんのわずか!ジェラールのあの有名なアリアの直前に報告にやってくる密偵と言うこの役は、多分歌う部分で行ったらあの長い作品の中のほんの数10小節に過ぎず、普通なら聴き飛ばしてしまうのですが、彼が演じるとそんな舞台装置的な役でさえぐっと印象的に聴こえてきます。ここでのその一瞬のことば捌きのうまさには本当に頭が下がり、これだけでプロの密偵が簡潔で素早い報告をして去っていく姿が活き活きと脳裏に浮かびます。この録音はデル=モナコ、テバルディ、バスティアニーニのガヴァッツェーニ盤に隠れて注目されることが少ないですが、主役3人はもとよりこうした小さな脇役に至るまで揃った超名盤です。

・ワグネル(A.ボーイト『メフィスト―フェレ』)
サンツォーニョ指揮/ギャウロフ、クラウス、テバルディ、スリオティス共演/シカゴ・リリック・オペラ管弦楽団&合唱団/1965年録音
>ことば捌きの快活さ、巧さと言うところで行くとこの役も彼の当たり役と言っていいでしょう(録音の必ずしも多い作品でもないのに、シエピともクリストフともギャウロフともスタジオ録音を遺しています!)。ここでは個人的にこの作品最高の録音と思っているこのライヴ盤を。不審な影に怯えるファウストの不安に対し、能天気な多弁さで説得しようとする若い学生を、実に軽々しくコミカルに演じてみせています。たくさん喋っているのですが、それが頭に入って来ずどんどん流れて行ってしまうところなど本当にリアル。同じ声なのに、ガスパロで年長者に感じられたのに対し、ここでは若い軽薄さを出して見せるあたりの藝達者さにも脱帽させられます。

・マストロ・トラブーコ(G.F.F.ヴェルディ『運命の力』)
パタネ指揮/カレーラス、カバリエ、カプッチッリ、ギャウロフ、ナーヴェ、ブルスカンティーニ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1978年録音
>これもまたコミカル路線。この重厚で巨大な悲劇を立体的なものにするコミック・リリーフとして、ブルスカンティーニとともに引きたっています(ここではプレツィオジッラのナーヴェがやや弱いので余計に^^;)ここでもまた喋る喋る笑。ごくごく明るく楽しいのですが、面白おかしくなり過ぎずクスッとした笑いで、集中度の高い息の詰まる展開の中で、ほっと一息つかせて呉れるちょうどいい箸休めになっているあたりのセンスは流石です。この演奏、ナーヴェはいまいちだと言いましたが下手ではないですし、むしろ他のメンバーが凄過ぎwこれがライヴだというんですから大したもんです。

・使者(G.F.F.ヴェルディ『アイーダ』)
メータ指揮/ニルソン、コレッリ、バンブリー、セレーニ、ジャイオッティ、マッツォーリ共演/ローマ国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1967年録音
>これも彼があちこちで起用されている役ですが、本当にここまで来ると藝の領域と言いますか。第1幕でアモナズロが攻めてくるというのを伝えに来る小さな役なのですが、どうも後の大テノールの登竜門になっている節があり、トマス・モーザーやニコラ・マルティヌッチといった大物も歌っている中で、ダントツで歌がうまく説得力があります。王が戦争を高らかに宣言するに至るまでの緊迫した空気が歌からひしひしと感じられるのです。脇の名手の面目躍如と言いますか。

・カイウス先生(G.F.F.ヴェルディ『ファルスタッフ』)
フォン=カラヤン指揮/タッデイ、パネライ、カバイヴァンスカ、ペリー、アライサ、シュミット、C.ルートヴィッヒ、ツェドニク、ダヴィア共演/WPO&ウィーン国立歌劇場合唱団/1980年録音
>ヴェルディ翁最後の作品の口火を切るのは脇役ながらこのカイウス。勢いのある幕開けの音楽に乗った彼の演じる医者が第一声を発すると一気に物語の世界へと引き込まれていきます。ここではバンドルフを独国のツェドニクが歌っているのもあって、恐らく唯一と思われる伊独の名キャラクターテナー夢の競演(?)になっています。ここに、名優タッデイとダヴィアが絡んできて冒頭から非常に充実したアンサンブルが繰り広げられています。フォン=カラヤンもこういう曲には合ってますしね^^もう少し歌って欲しいとすら思いますが、そこを歌わせないのがこの作品の特徴でもあるので難しいところです。
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オペラなひと♪千夜一夜 ~第九十八夜/第3の低音~

脇役シリーズ3人目。
この人は一般的に物凄く知名度がある人ではないだと思うのですが、個人的に結構好きな声で音源をかき集めている人の1人です(意外とギャウロフだけじゃなくていろんな人の音源を集めてるんですよ!笑)

Clabassi.jpg

プリニオ・クラバッシ
(Plinio Clabassi)
1920~1984
Bass
Italy

知名度がある人ではないとは言いましたが、日本ではあのNHKイタリア・オペラで来日しており、伝説的と言われているような公演にも登場しているので、全く無名ではないかと思います。また、探してみるとプローチダ(G.F.F.ヴェルディ『シチリアの晩禱』)やアルヴィーゼ(A.ポンキエッリ『ジョコンダ』)、エンリーコ8世(G.ドニゼッティ『アンナ・ボレーナ』)など大きな役でも録音を遺していますし、オールスターキャストと言うべき『イル=トロヴァトーレ』(G.F.F.ヴェルディ)の映像でもフェランドを務めているなど活躍をしており、少なからずその実力を評価されていたと言って良さそうです。

とは言え脇での渋い仕事で絶妙な仕事をしている印象の強い人です。特にバリトンやバスが複数いる演目で第2バス、第3バスとして登場したときの存在感は素晴らしく、彼にしか出せない味わいがあります。イマイチな歌手が歌うと第1バス、場合によっては第2バスにも隠れてしまうような役であっても、しっかりキャラクターを出して呉れることもあって、ロッシ=レメーニやクリストフ、ザッカリア、ネーリなど有名バスとの共演も多く、重宝されていたことが良くわかります。

プライヴェートでは、往年の名テノール、ベニャミーノ・ジーリの娘のソプラノ歌手リナ・ジーリの夫君。歌手ファミリーですね^^

<ここがすごい!>
物語に於いて要石の役割をしている役、要役と言うべきものがあるかと思います。詳しく言うと、出番は必ずしも多くないけれども、その言動が物語を大きく動かしたり、主人公に大きな影響を与えたりするような役をイメージしています。映画などでは時としてカメオ出演的に大物が演じたりする、アレです。オペラの世界でもそういう役はあって、例えばそれはリゴレットに呪詛をかけるモンテローネ伯爵(G.F.F.ヴェルディ『リゴレット』)であり、行き詰まった物語の終結に突如現れるカルロ5世の亡霊(同『ドン・カルロ』)であり、悪代官の怒りを買って犠牲となる長老メルクタール(G.ロッシーニ『グリエルモ・テル』)である訳です。こうしたところで最も力を発揮するのが、誰あろうクラバッシなのです。それこそ上記の役は全て録音しています。モンテローネ伯爵に至っては少なくとも3つも!メルセデスで鳴らしたベルビエを以前ご紹介しましたが、それと同じような或種の貫禄さえ感じさせます(笑)

脇での活躍が多かったとはいえ、どっしりとした安定感のある響きの重厚な美声。ややくぐもったような感じはあるのですが、彼一流のゴツゴツとした歌いぶりと相俟って独特な魅力を作り出しています。
歌に於いては「流麗とした」とか「なめらかな」みたいなことが良く高い評価を得ますが、必ずしもいつもそういうものばかりが優れているとは私個人としては思っていません。様々な人がさまざまな表現をすることで歌の世界は広がりますし、特にオペラのようにドラマの要素があるものの場合、歌いぶりに個性があることがプラスに働く場合も多い。クラバッシのゴツゴツした歌はそういう面で非常にいい個性を持っていて、僅かな登場場面であっても役柄を印象的なものにすることができると言っていいでしょう。或時には剛毅で力強い人物、また或時にはどこか不器用さの漂う人物、別の時には超然とした人物、悪役、頑固者、老人……等など。暴君のことばはより頑迷で峻厳なものとして響き、呪いの歌はより強烈な異質感を伴って観客の耳に残ります。だからこそ、大きくはなかったとしても要役での起用が増えるのだろうと思うのです。第3の男のスペシャリストには、それ相応の理由があるのです。

基本的にはシリアスな演目での起用が多い人ではありますが、コミカルな役柄でも藝達者なところを聴かせます。もう少しこっちの路線も残して呉れたらなあと思うところで、バルトロ(W.A.モーツァルト『フィガロの結婚』)とか歌ったら結構面白かったんじゃないかしら。

<ここは微妙かも(^^;>
脇役を中心に大役まで器用にこなしていく彼ですが、上述したゴツゴツした歌い回しがあまりあっていない曲、もっというとたっぷりとしたカンタービレを優雅に聴かせて欲しい曲とかでは、ちょっと不満が残るかも。また、ヴィンコと同じく大冒険はしないので、そういうのが聴きたいとなると、物足りなさは出てしまうと思います。

<オススメ録音♪>
・修道士(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)
サンティーニ指揮/クリストフ、フィリッペスキ、ステッラ、ゴッビ、ニコライ、ネーリ共演/ローマ歌劇場管弦楽団&合唱団/1954年録音
・フィリッポ2世(同上)
ヴェルキ指揮/NHK交響楽団/1959年録音
>修道士役で録音しているものはやはり不滅の名盤でしょう。特に男声低音がこれだけ充実している録音はそうそうありません(ゴッビはロドリーゴには異質ではあるけれども)。上述の通り修道士は出番こそ少ないものの、カルロ5世の亡霊でもあり、要役というべき非常に重要な役で、まさにクラバッシの本領が発揮できる役です。果たして少なからぬ大物も録音しているこの役ではありますが、個人的にはベストの歌唱だと思っています。彼らしい厳しい、辛口の歌いくちが、この世ならざる超然たるものとして、この悲劇を引き締めてくれています。諦念が感じられるような、祈りのような旋律が実に似合っていて、沁みます。この録音ではクリストフとネーリといういずれも馬力のあるバスが共演していますが、彼らと同じ演奏で登場してこれだけ説得力のある修道士ができる人は、まずいないといっていいと思います。この修道士のイメージが強い彼ですが、実はNHKイタリア・オペラの際のガラでフィリッポ2世のアリアを歌っています。彼がここまでの大役を歌った記録はおそらく他にはないと思いますがこの歌唱単体を取り出すなら、かなり完成度が高いように思います。脇の歌手として少なからぬ舞台に立っていたからこそ出せる味わいと言いますか、しっとりとした悲哀の感じられる歌。実力の高さを改めて知ることができます。

・モンテローネ伯爵(G.F.F.ヴェルディ『リゴレット』)
セラフィン指揮/ゴッビ、デ=ステファノ、カラス、ザッカリア、ラッザーニ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1955年録音
>この役はいくつか録音していて、いずれも存在感のある歌唱を発揮していますが、手に入りやすいのはやはりこの音源でしょうか。この作品、悪役は公爵のイメージがありますが、ヴェルディはそもそもこの作品に『呪い』という題名をつけたかったという話もあり、リゴレットを苦しめる呪いをかけた本人は誰あろうこの役、そしてリゴレットを復讐に駆り立てる直接のきっかけになっているのもこの役なので、しょぼいとがっかりなのであります。クラバッシは例えばモルやペトロフのような凄まじい声という訳ではありませんが(むしろこの2人がこの役を録音しているのがびっくりなんですが)、ここでもそのごつごつした美声をたっぷりと鳴らして荒々しい歌を作っていて、伯爵の怒りの大きさを感じさせます。声量もしっかりあるので、1幕のアンサンブルのような込み入ったところでもずっしりと呪いが聴こえてくるのは爽快なほど。このぐらいやってくれるとぐっと緊張感が増します。

・長老メルクタール(G.ロッシーニ『グリエルモ・テル』)
ロッシ指揮/タッデイ、フィリッペスキ、カルテリ、コレナ、トッツィ、シュッティ、パーチェ共演/トリノ・イタリア放送交響楽団 &合唱団/1952年録音
>これは隠れ名盤と言っていいと思います。タッデイほか主要キャストがこれだけ揃っているとこの大作の聴き映えも一際増します^^メルクタールは1幕の最後に引っ立てられ、2幕の3重唱で処刑されたことが示唆されるので出番こそあまりありませんが、彼が尊敬されているからこそスイス人たちの怒りがいや増すわけですから、相応の重みが必要です。ここでは長老としてのずしりとした重みのある声と歌い口がお見事。1幕フィナーレでもはっきりメルクタールのパートが聴こえてきます(意外とここまで聴こえてくるのは少ないかも)。引っ立てられる前に切る見栄もばっちり決まっています。

・埃国王(G.F.F.ヴェルディ『アイーダ』)
ショルティ指揮/L.プライス、ヴィッカーズ、ゴール、メリル、トッツィ共演/ローマ歌劇場管弦楽団&合唱団/1961年録音
>こちらもこれまで何度も登場してきている癖のある名盤ですね笑。この作品そもそも男声低音にはそんなにスポットが当たっていない上に、同じバスでもランフィスの方がキャラクターが強くて影が薄くなりがちなのですが、彼らしい仕事ぶりでキャラクターをはっきり出しています。ここではいかにも豪儀そうで、自信満々の王様。ラダメスが娘との結婚を望んでいないことなど全くお構いなしという感じがよく出ています。冷徹な政治家らしいトッツィのランフィスとの性格の違いが出ているのも◎

・オジリーデ(G.ロッシーニ『モゼ』)
セラフィン指揮/ロッシ=レメーニ、タッデイ、フィリッペスキ、マンチーニ、デ=パルマ共演/ナポリ・サン・カルロ劇場管弦楽団&合唱団/1956年録音
>埃国ものでもう1個。ここでもまた第3バス、大臣オジリーデを演じています。またしても歌う場面はあまり多くありませんが、今度は上述の録音でトッツィが演じていたような、国王に忠実で異教徒に冷酷な神官という人物像を作り上げています。実に憎々しいまでの悪役ぶりですし、ロッシ=レメーニやタッデイと伍しても堂々たる声で脇ではありますが重厚な存在として光を放っています。古い録音なのでロッシーニ・ルネサンス以降のような軽さはありませんが、セラフィンの指揮は上々ですし、この時代のロッシーニの演奏として楽しめるものだと思います。

・アドルフォ(F.シューベルト『アルフォンソとエストレッラ』)
サンツォーニョ指揮/アルヴァ、ダンコ、パネライ、ボッリエッロ共演/ミラノRAI管弦楽団&合唱団/1956年録音
>伊語版。真面目なシューベルト・ファンの人たちが眉を顰めそうな気がしますが、この手のものの中ではかなり優秀な演奏だと思います。全体に伊的な仕上げになったことで、歌曲の連続のようであった元の作品がぐっとオペラらしくなっています。アドルフォはパート的には第3バスだと思うのですが、エストレッラに関係を迫ったりマウガレートを唆したり、或いは反乱を企てたりと実質的な悪役でかなり活躍します。クラバッシはこの役をかなり性格的に歌い上げていて、例えば合唱と絡むアリア(と言っていいと思う)では黒幕らしいオーラが実によく出ていて◎重唱部分でもかなり辛口な表現で、物語を盛り上げています。或意味で彼の歌が一番聴ける録音かも笑。共演陣も優れています。

・ドン・バジリオ(G.パイジェッロ『セビリャの理髪師』)
ファザーノ指揮/ブルスカンティーニ、ミシアーノ、ツィーリオ、バディオーリ共演/ヴィルトゥオージ・ディ・ローマ合奏団&コレギウム・ムジクム・イタリウム/1970年録音
>これは来日公演の映像があるのですが、すみません全部観られていません^^;ただ、ロッシーニではなくパイジェッロの方のセビリャの映像ですし、日本語字幕もありますから結構貴重且つ有意義な音盤かと。動くクラバッシが見られるという意味でも、我々にとっては非常に有意義です!(←我々誰だよ!)更に言うと意外と少ない彼のコミカル路線の録音です。この時代の作品を歌うにしてはかなり声が重いとは思うのですが、思いのほかフットワークが軽く口跡も見事でうきうきと聴けます。後半の高速アンサンブルでの早口もお手のもの。ロッシーニのバジリオも残してくれればよかったのに!笑

・コッリーネ(G.プッチーニ『ラ=ボエーム』)
モレッリ伴奏/1954年録音?
>彼のこの役は大変完成度が高かったそうなのですが――そしてそれもまた然りと思えるところなのですが――、残念ながら全曲はまだゲットできておらず。しかしここでのピアノ伴奏で聴ける外套の唄ひとつとっても、非常に味わい深い歌です。わずか1分少々の短い歌の中に、しみじみとした哀惜の念とコッリーネの優しい人柄とが凝縮されています。この演奏が入っているアリア集は言わば名唱撰、ここでご紹介している他の歌唱も入っているため、彼の藝をコンパクトに知ることができてありがたい代物です。とはいえこのCDそのものの非常に入手が難しいのですが……

・モチェニーゴ(G.ドニゼッティ『カテリーナ・コルナーロ』)
チラーリオ指揮/ゲンジェル、アラガル、ブルゾン共演/聖カルロ・ナポリ劇場管弦楽団&合唱団/1972年録音
>珍しい演目の音源ですが、実力の高いメンバーが揃った充実した公演です。モチェニーゴはヴェネツィアの貴族で、キプロスを思いのままとすべく陰謀を企てる、実に陰湿な悪役です(笑)が、ここでも彼の独特の歌いくちがぴったり来ていて、強権的で悪辣な人物を大変リアルに造形しています。かなりドラマティックな表現をしていますが、未完の『アルバ公』を除くとドニゼッティの最後の作品ということもあってか違和感なく、むしろ効果的に聞こえるように思います。カテリーナはじめ主人公たちはこんなやつに人生狂わされるのかと思わせる一方で、悪の魅力もしっかりと湛えているあたり流石名優と唸らされるところ。

・ライモンド・ビデベント(G.ドニゼッティ『ランメルモールのルチア』)
バルトレッティ指揮/スコット、ベルゴンツィ、ザナージ共演/NHK交響楽団&東京放送合唱団/1967年録音
>NHKイタオペの伝説的名演のひとつ。重厚な美声でこのメンバーの中でも主役の一人として十二分に実力を発揮できることがよくわかります。どっしりした声も相俟って、彼のライモンドはルチアの側に立って彼女を心配する養育係というよりは、ルチアの周りの大人代表というのがふさわしいような威厳と安定感をもったキャラクターになっているように思います。仲裁の部分も、両者納得して引き下がるのがよくわかるというところ。折角ならばアリアも歌えばよかったのにというのは、ないものねだりでしょうか。

・アルヴィーゼ・バドエロ(A.ポンキエッリ『ジョコンダ』)
プレヴィターリ指揮/ミラノフ、ディ=ステファノ、ウォーレン、エリアス共演/ローマ聖チェチリア音楽院管弦楽団&合唱団/1957年録音
>ちょっと意表を突くメンバーですが、Deccaのスタジオ録音です。そして各々のキャストが非常に役にハマっていて、マイナーな音盤ながら個人的にはかなり好きなジョコンダ。彼はいつもながらの荒削りな歌唱で、頑固でプライドの高そうな権力者の人物像を作り上げています。アリアが出色で、苦虫を噛み潰したような顔が目に浮かぶようです。また、ラウラに死を迫る場面は大変迫力があって、これなら確かに家の名誉の方が人の死よりも大きいと考えていそうだなという感じ。渋みのある存在感が演奏全体の印象を盛り立てています。

・フェランド(G.F.F.ヴェルディ『イル=トロヴァトーレ』)
プレヴィターリ指揮/デル=モナコ、ゲンジェル、バスティアニーニ、バルビエーリ共演/RAIミラノ交響楽団&合唱団/1957年録音
>RAIのオペラ映画の音源。映画版なので、ちょこまかと細かいカットが入っています。デル=モナコのノリが今一つ悪いが、放送音源にもかかわらず全体にしっかりイタオペした佳演。ここでの彼は無骨な軍人らしさがよく出ていてこれもまた秀逸。伯爵の第一の部下であることもしっくりくるし、軍団から昔語りをせがまれる、或る種の人望的なものも滲み出ているように思います。先程来たびたび述べているように声量もあるので、アズチェーナを引っ立てる場面のアンサンブルもしっかり聴こえてきてよいです。

・ジョヴァンニ・ダ=プローチダ(G.F.F.ヴェルディ『シチリアの晩禱』)
ヴォットー指揮/プロッティ、フェラーロ、ロベルティ共演/トリエステ・ヴェルディ劇場管弦楽団&合唱団 /1959年録音
>録音に恵まれなかったメンバーが揃ったライヴ音源で、カットこそ多いもののかなりホットな演奏が繰り広げられていてオススメ。共演のフェラーロとプロッティがそれぞれかなり高い音を朗々と鳴らしていてゾクゾクします。さてそんな中でクラバッシは、他の人物の心の揺らぎなどよそにひたすら革命に邁進していく実在の英雄プローチダを演じています。ここでもまた全体に渋みの効いた精悍で厳しい人物を構築する一方、有名なアリアで歌われる故国愛は真実味に満ちており、感銘を受けます。最後にはアッリーゴたちを追いやってしまうものの、本来は高潔な人物であることが感じられるパフォーマンスです。

・エンリーコ8世(G.ドニゼッティ『アンナ・ボレーナ』)
ガヴァッツェーニ指揮/ゲンジェル、シミオナート、ベルトッチ共演/RAIミラノ交響楽団&合唱団/1958年録音
>あの凄まじいカラスのライヴの裏音源と言いますか、同じくガヴァッツェーニの采配と楽譜により、シミオナート以外の面々を入れ替えての放送音源です。クラバッシはカラスの方ではロシュフォール卿を演じていて、そこでも第3の男らしいアシストをしているのですが、ことこの演目に関してはエンリーコの方がいいと思います。国王らしい品格のある充実した声を持ち合わせている一方で、逆らう者は一切赦さないやや狂信的なまでの強い意志を感じさせます。アンナに対する恐ろしいまでの冷酷さが非常にリアルに歌われていて、嫌な男だと思う以上に恐ろしさが印象に残ります。生涯に妃を何人も取り替えたヘンリー8世という人を考えると、これは大変な説得力ではないかと。シミオナートのこの役をまともな音質で聴けることもラッキーですし、ゲンジェルがスタジオで録音したものという意味でも貴重です。
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オペラなひと♪千夜一夜 ~第九十七夜/公演の隠し味~

前回も言ったとおり、4回に亘って脇役をご紹介していこうと思っております^^
本日は2回目。前回は男声だったんで、今回は女声。

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ステファニア・マラグー
(Stefania Malagù)
1932~1989
Mezzo Soprano
Italy

女声の脇役って男声の脇役に較べると比較的パートに拘りがないところがあって、ソプラノの人がメゾの役やったり逆もまたあったりなかなか悩むところ。この人の場合も「ソプラノ」とされていることも結構あるんだけど、まあ声質からいくとメゾかなと思います。

脇役歌手のご多分に漏れず、彼女もかなり広大なレパートリーを誇り、特にある時期の伊系のレパートリーではアンナ・ディ=スタジオと並びかなりよくお目にかかる人です。大きく扱われない小さい役でいくつも出ているので、ディスコグラフィーが調べづらいったら^^;複数の録音が多く残っていて手に入りやすいところでは、フローラ(G.F.F.ヴェルディ『椿姫』)やベルタ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)あたりが挙げられます。いずれも必ずしも歌うところの多くない役ではありますが、フローラはあらすじ上軽んじられない役柄ですし、ベルタにしてもちょっとエクストリームな主人公たちを横目で見ながら観客に寄り添う役割を鑑みれば、適当な人を宛がうと興を殺ぎかねないところ。こうしたところで隠し味的、品のいいスパイス的に良い仕事をして呉れる人なんですよね、だからこそ多くの録音で起用されています。

あまり写真が出てこないのですが整った顔立ちの一方で、ベルタでの映像などを観ると老け役的なメイクをしても自然に見えます。若い召使から老婆まで様々な役柄で違和感なく馴染めるというのは、歌でも視覚でもハードルの高いところですし、そういう意味でも重宝されたのではないかと思います。

<ここがすごい!>
どんなに僕が頑張ってバスやバリトンの魅力を説こうと、オペラの花形が女声であることは覆りません。多くの演目でヒロインたるソプラノが、ロッシーニなどではメゾが舞台の中心を担っていく訳です。逆にそうだからこそだと思うのですが、女声の脇役と言うのは活躍の場が男声の脇役に較べると際立ちにくいところがあります。前回のヴィンコのオススメ録音の一覧などをご覧いただければわかるとおり、バスなどではあらすじ上そんなに大事ではない役でもアリアや見せ場がついていたりする。一方で女声はどうか。ロッシーニやドニゼッティの時代の作品の息抜きとしてのシャーベット・アリアを歌う役としてはソプラノやメゾが登場することは少なくないにしても、一般にはあまり目立たない。フローラやスズキ(G.プッチーニ『蝶々夫人』)やメルセデス(G.ビゼー『カルメン』)は大事な役であっても歌の見せ所はあまり無い訳です。だってそんな見せ場があったら、プリマ・ドンナの印象と被りかねないですから。だから、割とこの分野の人たちは不遇と言いますか話題になりづらい。でも、そういうパートでも適当にまあ歌えるひとを配しておけばいいというのはやはりちょっと違っていて、その道のプロの人が歌うことでだいぶ役自体の印象が変わってくるし、ひいてはその舞台の印象が変わってくることもあるのです。

そういった意味で行けばマラグーと言う人は実に柔軟に物語の世界を膨らませることのできる歌手だと言っていいのではないかと思います。例えばアバドのライヴでのマルチェリーナ(W.A.モーツァルト『フィガロの結婚』)では、比較的声質も近いベルガンサが爽やかな少年然としたケルビーノを演じているのに対し、はっきりとオバサンと言う感じの年増らしさを出しています。それも年増は年増なんだけど醜い老婆と言う感じではなく、女としての魅力はまだもっているというような、この役にちょうどふさわしいぐらいの年齢感を絶妙に醸すのです。ベルタを演じているときはそれよりも更に歳の行った印象になるし、逆にフローラなどを演じる時にはそうしたオバサン感はむしろおくびにも出さず、ヴィオレッタの同業者、友人である華やかで艶めかしい普通の高級娼婦(つまりヴィオレッタのような悩みを抱えない人物)として、主人公たるヴィオレッタというキャラクターを目立たせるのに一役買っています。
そう、言ってしまえばオペラの主人公たちと言うのは、オペラの世界の中でのちょっと異常な人たちなんです。考え方が普通と違ったり境遇が普通と違ったり、その要素はいろいろありますが、ちょっと以上だからこそ主人公になり得るんです。で、脇役と言うのはそれに対し物語世界の中での「普通」を提示することにひとつ大きな意味がある。この世界の中での「普通」がこうだからこそ、主人公は悩み苦しむんですよと観客に納得させるんです。そういう意味でいくと、マラグーはどんな役柄でも実に自然にその「普通」を私たち聴衆の前に用意して見せます。これが不自然だと、一気に公演の作りもの感が増してしまうところを絶妙な塩梅で演じ、舞台を立体的にしていくんです。主役の素材を引き立てるのに、まさにこれ以上はない隠し味であり、多くの録音での起用はその証左と言うことができるのかもしれません。

<ここは微妙かも(^^;>
どんな脇役でも本当に器用に創りあげて行きますし、あまり上述しませんでしたが実際のところ歌もかなりうまいので、聴かせどころのある準主役級の役を演じても納得させてしまう実力もあるので、そこまで不満を感じることは殆どないと言っていいでしょう。
敢えて言うのであれば、派手さはやはりないので例えばマッダレーナ(G.F.F.ヴェルディ『リゴレット』)みたいな役をやったときには、もう一声パンチが欲しい気はします。

<オススメ録音♪>
・フローラ・ベルヴォア(G.F.F.ヴェルディ『椿姫』)
クライバー指揮/コトルバシュ、ドミンゴ、ミルンズ共演/バイエルン国立管弦楽団&合唱団/1976-1977年録音
>クライバーの指揮に痺れる1枚ですね^^フローラはヴィオレッタの友人の高級娼婦で、歌う場面こそ少ないものの、2幕後半の夜会の主であり、ヴィオレッタとの対比でも重要になった来る役どころです。マラグーにとってはそれなりに年齢が行ってからの録音ではありますが決して姥桜にはなりすぎず、華やかな社交界を生きる普通の女を演じています。短い出番ですが、その中にもヴィオレッタのカウンターパートとしてのキャラクターが籠められていることがわかるパフォーマンスであり、お見事。マゼール盤でもいい仕事をしています。

・ベルタ(G.ロッシーニ『セヴィリャの理髪師』)
ヴァルヴィーゾ指揮/ベルガンサ、ベネッリ、コレナ、ギャウロフ、アウセンシ共演/ナポリ・ロッシーニ劇場交響楽団&合唱団/1964年録音
>こちらは上記に較べてうんとコミカルで、言ってしまえばいい意味でオバチャン感が強い歌唱。騒々しい主人公たちをよそに客席に向かってぶちぶちと愚痴を呟いている様がリアルで楽しいです(笑)キャリアはこれからという若手が歌うことも多いですが、やはり彼女のように脇で鳴らした人が歌うと味わいも一入です(とはいえここでの彼女はまだまだ30代前半だった訳ですが。そうは思えない堂に入った歌いぶり)。一方で例えばバルビエーリのような往年の大御所が歌った録音も面白いのですが、聴かせどころもシャーベット・アリアですし、本来的にはここでの彼女のような歌唱が求められているように思います。同じメゾのベルガンサとの共演ですが、ヒロインとしてフレッシュな歌を聴かせるベルガンサときっちりキャラ分けがなされています。この2人は後にアバド盤でも共演していますが、こちらでもうまく棲み分けしており、この頃にはそれぞれの役の第一人者とされていたのでしょう。

・マルチェリーナ(W.A.モーツァルト『フィガロの結婚』)
アバド指揮/プライ、フレーニ、ファン=ダム、マッツカート、ベルガンサ、モンタルソロ、ピッキ、リッチャルディ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1974年録音
>アバドの若さが出た感はあるものの、面子の揃ったライヴ盤。先ほどのベルタから10年後の歌唱にも拘わらず、こちらの方が年増なものの容色の衰えていない女性像を作っていて、懐の深さを感じさせます。ここでもまたベルガンサと共演していますが、両者のキャラクターの違いがより顕著に顕れているように思います。折角彼女のように歌える人を配したのだから、マルチェリーナのアリアも歌えばよかったのに……と思わなくはないです^^;(バジリオも往年のテノールピッキを起用したなら、ねえっていう苦笑)とはいえ、女声も男声もそれぞれ声のカラーが違う人たちが登場していて、楽しめる録音です。

・アリーサ(G.ドニゼッティ『ランメルモールのルチア』)
サンツォーニョ指揮/スコット、ディ=ステファノ、バスティアニーニ、ヴィンコ、リッチャルディ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1959年録音
>メンバーの揃った佳演。何と言っても他にこの作品の録音のないバスティアニーニとヴィンコがいい味を出しています。いつもながらキレッキレのスコット(と言っても必ずしも彼女のベストではないかなと思いますが)に対して、温和で心底ルチアを心配している侍女という風情が感じられます。また、有名な6重唱からフィナーレにかけては意外とバリバリ聴こえて来て欲しいパートなのですが、そこでの声量も十分なもの。名アシストぶりが顕れていると言えるのではないかと^^

・ベルシ(U.ジョルダーノ『アンドレア・シェニエ』)
サンティーニ指揮/コレッリ、ステッラ、セレーニ、ディ=スタジオ、モンタルソロ、モデスティ、デ=パルマ共演/ローマ歌劇場管弦楽団&合唱団/1963年録音
>不滅の名盤。主要3人が飛び抜けて素晴らしい上、細々とした場面で活躍して欲しい小さな脇役たちがこれ以上はないぐらい粒ぞろいのメンバーです。さて我らがマラグーもここではそんな脇役のひとつベルシを演じていますが、ここではまたこれまでの他の役とはだいぶ違った人物造形をしていて、抽斗の多さを感じさせます。上品な貴族の娘であるマッダレーナに対して、小憎らしいぐらいのアグレッシヴで軽々しくて蓮っ葉な小娘ぶり。同じく脇役のスペシャリストであるディ=スタジオのマデロンが渋い老婆ぶり。2人とも康サポートですが、逆だったらどうなるかな?というのもちょっと聴きたくなります^^

・アリス(G.マイヤベーア『悪魔のロベール』)
サンツォーニョ指揮/クリストフ、スコット、メリーギ、マンガノッティ共演/フィレンツェ5月音楽祭管弦楽団&合唱団/1968年録音
>最後に彼女の録音の中では恐らく最も大きな役を。この大作グラントペラの主人公のひとりであるアリスは、しっかりとしたアリアも準備されていれば、題名役のロベールや魅力的な悪役であるベルトランとも絡む場面が多いのですが、このメンバーの中であっても決して聴き劣りしない立派な歌唱を披露しており、その実力の高さを感じさせます。また、この作品のもう一人のヒロインであるイザベルに較べるとより演劇的な部分に重点が置かれていることも、脇役功者の彼女の良さを際立たせているようです。伊語盤でメンバーも伊的にすぎるところはありますが、この娯楽大作のエンターテインメント性と言うところを考えるなら、聴き逃せない録音ではないかと思います。
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オペラなひと♪千夜一夜 ~第九十六夜/気をつけよ!気をつけよ!~

さて100回までラストスパートと言うことですが、前回宣言したとおりここからまたシリーズもの。実はずっとやりたかったんですが名脇役シリーズです!

アリアをドカンと歌って注目を浴びまくる主役もオペラの世界には大事なのですが、その音楽や演劇の世界をより豊かに、広くするのは、魅力的な脇役たちです。そこをケチるのと、いい人を持ってこれるのではだいぶ公演全体のイメージが変わってきてしまう。
ややっこしいことにここにいい歌手を持ってくるのは大事なんだけれども、必ずしも大物を持ってくればいいかと言うと、また違うもの。いや、もちろんカメオ出演的に大物が出てきたりすればそれはそれで流石なパフォーマンスをして呉れることも多いんですけど、主張が強すぎてしまうこともままあるんですよね^^;
となると、脇役歌手たちの出番になる訳です。

そんな脇の名優たちをこれから4回に亘ってご紹介していきます。

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イーヴォ・ヴィンコ
(Ivo Vinco)
1927~2014
Bass
Italy

綺羅星のようなスターが伊ものを彩っていた時代の、数々の名演を陰に日に支えた、脇役バスきっての名手の1人です。脇役脇役と連呼していますが、実際にはフィリッポや宗教裁判長(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)、ザッカリア(同『ナブッコ』)やアルヴィーゼ(A.ポンキエッリ『ジョコンダ』)といった主役クラスの役も歌っており、そこでも充分な活躍をしていることからも、その実力は伺えるのではないかと思います。

派手さこそあまりありませんでしたが、風格のある厳めしい美声としっかりした歌で舞台をキリッと引き締める、いかにもヴェテランの名優と言った風情があります。バスはチョイ役であっても年長者の役や権力者の多いものですが、そうした役柄を演じても決して物足りなさは感じさせず、むしろ僅かな出番であってもどっしりとした役柄相応の落ち着きと存在感を示して呉れる人と言えるでしょう。

私生活では烈女フィオレンツァ・コッソットの夫君として長く知られており、共演も多いです。今回ご紹介するディスクでもかなりの数一緒に登場していますし、ちょっとほっこりするようなエピソードもあるのですが、晩年に離婚しています。
親族関係だと甥っ子のマルコ・ヴィンコがモーツァルト、ロッシーニ、マイヤベーアなどで現在活躍中、来日もしています。

<ここがすごい!>
ヴィンコを評価しているオペラ聴きに彼のオススメの録音は何かを尋ねたら、多分10人中10人が筆頭に挙げるのがセラフィン盤『イル=トロヴァトーレ』(G.F.F.ヴェルディ)のフェランドでの歌唱ではないかと思います。ここでの歌唱は、本当にもうべらぼうにうまい!この役はギャウロフやトッツィと言った大御所も録音しているのですが彼らを含めても、この役のベストでしょう。そしてそこに、彼の美質と言うのは良く顕れているのではないかと。

『イル=トロヴァトーレ』ではバスが俎上に上ることは殆どありません。歌う量から言っても、主役4役の方が圧倒的に多いですし、彼らに強烈な個性も与えられているからです。しかし一方で、実は開幕第一声(Allerta! Allerta! ―― 気をつけよ!気をつけよ!)を発して観客をオペラの世界にぐっと引きこむのがこの役なら、この異常な物語の背景を伝えるのもこの役で、そういう意味で公演全体の成否を握っているとも言えます。変な話、ここでずっこけてしまうと、その後の主役4人が活かしづらくなってしまう。ヴィンコの声や歌唱には派手さはありませんが、まず緊張感があります。Allerta!の一声で衛兵たちだけではなく、聴衆である我々もまた舞台に気をつけねばならないと感じさせるような力があるのです。次いで口跡の良さがあります。話のうまい人は、その語り口だけでぐっと聴き手を引き寄せてしまいますが、ちょうどそれと同じように、伯爵家の因縁話をぐいぐいと聴かせてしまうのです。そして、歌がうまい。雰囲気だけで誤魔化す訳では決してなく、細かい装飾などをきっちりこなす技術もあり、非常に端正で説得力のある歌。彼のフェランドで聴くことのできるこうした一連の長所を、堅実に安定的にいずれの演奏でも感じさせるのが、ヴィンコの良さであり、プロ根性的なところではないかと思います。チョイ役であってもいい仕事をするんですよね^^

伊人にしてはやや硬さのある声なので、流麗なカンタービレを聴かせるタイプではないのですが、他方でそれによって僅かな出番であっても登場人物の威厳や重量感を増している部分もあるように思います。如何にも峻厳な権力者であったり、尊敬を集める年長者という感じ。そういう意味で声もまた彼の得意とした役柄にあっていたと言いますか、或いは知的な彼のことですから、自分の声の特質をよくわかっていたんだろうなという気もします。

<ここは微妙かも(^^;>
上述もしましたが、実力はあるけれども派手さはありません。また安定感のある実直な歌唱と言うことを裏返すと、大冒険をするタイプではないということにもなります(というか、脇を中心にしている歌手にとってはそうしたことは必ずしも必要ないことですよね)。ドン・バジリオ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)のように大袈裟にやった方が面白い役などでは、やや食い足りなさを感じるときもあります。

<オススメ録音♪>
・フェランド(G.F.F.ヴェルディ『イル=トロヴァトーレ』)
セラフィン指揮/ベルゴンツィ、ステッラ、バスティアニーニ、コッソット共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1962年録音
>好みはあれど不滅の名盤でしょう。この盤の魅力は既にあちこちで語られていますし、ヴィンコの良さについても上述している訳ではありますが^^声の豊かさの面でも最も充実した時期のものですし、録音もgood!渋いながらも筋肉質な美声が、如何にも伯爵麾下の老軍人といった風情があります。バスティアニーニとの声の相性もいいですね、物凄くうまくて存在感もあるんですが、決して主役を喰わない絶妙な匙加減です(これがギャウロフやトッツィだと伯爵より強くなってしまう…というか彼らが出てる音盤の伯爵役がどちらも弱過ぎるという説はあるwそれもかなり有力w)声量もかなりあるので、アズチェーナがひっ立てられるところの裏でのバスティアニーニとの掛け合いも聴き応えバッチリです!フェランドを聴くなら(という聴き方も酔狂だけど)、まずはこれを!

・スパラフチレ(G.F.F.ヴェルディ『リゴレット』)
ガヴァッツェーニ指揮/バスティアニーニ、クラウス、スコット、コッソット共演/フィレンツェ五月音楽祭管弦楽団&合唱団/1960年録音
>筋肉質と上述しましたが、そういうところが活きているのはこちらも。ネーリのような凄みの効いた声の殺し屋ももちろん恐ろしいですが、ヴィンコの場合は精悍でドスが効いた迫力よりも職人気質的なリアリティがあります。渋みのある声は低い音域でもしっかり響き、リゴレットの気持ちを煽るのには充分過ぎるほど。ここでもバスティアニーニやコッソットとの相性は◎です(ただ、彼らがこの役に合っているかと言うと微妙なところはありますが^^;)

・宗教裁判長(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)
サンティーニ指揮/クリストフ、ラボー、ステッラ、バスティアニーニ、コッソット、マッダレーナ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1961年録音
>スカラ座不滅の名盤ですね。彼の演じているものの中では主役級の役どころのひとつでしょう。彼の厳しい声が役柄と非常に合致していて、派手なことをしている訳ではないのですが非常に説得力がある演奏になっています。ネーリやタルヴェラと言ったこの役であたりを取った人たちはかなり力で押していく人が多いように思いますが、むしろここで聴かれる彼の歌で印象に残るのは、その歌唱の丁寧さや正確さで、装飾なども実にきっちりと歌っています。ヴェルディが書いたとおりに歌うことで得られる効果を知ることができる点でも貴重でしょう。かなりエモーショナルに歌うクリストフとも好対照です。その他のメンバーもこの作品の一つの範足りうる見事な歌唱!必携の録音でしょう。

・オロヴェーゾ(V.ベッリーニ『ノルマ』)
デ=ファブリティース指揮/ゲンジェル、コッソット、リマリッリ共演/ボローニャ市立劇場管弦楽団&合唱団/1966年録音
>これはメジャーではないですが、数あるノルマの中でも指折りの超名演と言っていいと思います!ここでも雰囲気作りの達人ヴィンコが冒頭から威厳たっぷりの堂々たる歌唱で盛り上げています。またライヴと言うこともあってか、長老としてのどっしりとした存在感に加えてやや荒々しい表情付けになっているのですが、これがローマ帝国に虐げられた異教徒の長という感じを実によく引き出しています。この演奏、このあと出てくるゲンジェル、コッソット、リマリッリの3人もやや異常なテンションの高さで切り結んでいくのですが、そうした熱演の下地を作っていると言ってもいいのではないかと^^大推薦盤です!

・ザッカリア(G.F.F.ヴェルディ『ナブッコ』)
バルトレッティ指揮/バスティアニーニ、パルット、オットリーニ、ロータ共演/フィレンツェ五月祭管弦楽団&合唱団/1961年録音
>これもまた彼にしては大きな役ですが、その実力を遺憾なく発揮しているものではないかと。重心の低い力強い声が、民衆を導く宗教的指導者と言う役柄にも似合っていますし、異教の王への怒りをかなり直截に荒々しく表現する一方で、静謐な祈りは敬虔でストイックな空気に満たされていて、彼のいろいろな芝居を楽しめる代物でもあります。共演は必ずしもベストではない印象で、中でもパルットがいまいちなのが痛い。バスティアニーニの男らしいナブッコは魅力的ですが、ライヴ的な瑕はやや多いか。ないものねだりですが、円熟を迎えてからの歌唱があったらどれだけ素晴らしかっただろうと思ってしまいます。。。アリアのない役ですがイズマエーレのオットリーニがハリのある美声で聴かせます。

・バルダッサーレ(G.ドニゼッティ『ラ=ファヴォリータ』)
グラチス指揮/コッソット、アラガル、コルツァーニ共演/トリノ王立歌劇場管弦楽団&合唱団/1968年録音
>こちらも名演。彼の辛口の声と歌い回しが、息子に、王に、王の妾にと各方面に怒りまくっているこの権力者の姿をよく表していて、特に2幕フィナーレの衆人の目の前で王の態度をなじるところなど鳥肌が立つような迫力があります。最低音域のパートでもあり、実際の権勢を握っている役柄でもある訳ですが、そこをしっかり決めて呉れているので演奏そのものも引き締まった感じがします。若いパワーに溢れたコッソットと瑞々しいアラガルに、録音の少ない名手コルツァーニと共演も聴き逃せません。

・アルヴィーゼ・バドエロ(A.ポンキエッリ『ジョコンダ』)
ヴォットー指揮/カラス、フェラーロ、カプッチッリ、コッソット共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1959年録音
>カラスの新しい方のジョコンダですが、こちらもまた役者が揃っています。ここでも権力者ではあるものの、思いどおりにならない男の憤懣やるかたなさみたいな感じが顕わになっていて秀逸。頑固で冷酷な人物をよく描いていて、妻の死体の横でいけしゃあしゃあと華やかな宴を開いてしまうところなどもリアルに感じられます。カラスがここでもまたドラマティックな歌唱を披露している他、若きカプッチッリののびやかな美声が見事なバルナバ、キレッキレなコッソットなど聴きどころには事欠きません。これまた録音の少ないフェラーロも程よくリリカル程よくロブストでこの役柄にあった理想的な歌唱。名盤です。

・ライモンド・ビデベント(G.ドニゼッティ『ランメルモールのルチア』)
サンツォーニョ指揮/スコット、ディ=ステファノ、バスティアニーニ共演/ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団/1959年録音
>慣習的なあるものの、個人的には低音陣に魅力を感じる音盤です。いやスコットもディ=ステファノもいいんですが、彼女らについてはもっと出来のいい別の音源があるし、というところ。ここまでのところはどちらかというと怒り狂っているようなレパートリーが並んでいましたが笑、こうした優しい役でも滋味のある歌唱を遺しています。この役はギャウロフやシエピ、レイミーと言った大物が演じても説得力のある所ではあるのですが、ヴィンコが演じると或意味でフェランドなどと同じように、控えめながら言うべきことはしっかり言う忠臣というような人物像が見えてきます。2部1幕のフィナーレの仲裁には説得力がありますし、ルチアの発狂を嘆く場面も強く訴えかけるもの。そして彼が仕えるのがここでもまたバスティアニーニ!おそらく数あるエンリーコの中でも最も気品ある貴族的なものでしょう。嫌な奴なんですが、兎に角カッコいい!

・コッリーネ(G.プッチーニ『ラ=ボエーム』)
フォン=カラヤン指揮/フレーニ、G.ライモンディ、パネライ、ギューデン、タッデイ共演/ヴィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団/1963年録音
>こちらもまた名脇役ヴィンコの持ち味に合った役だと言えるでしょう。見せ場の小さなアリアが印象的で有名な役ではあるのですが、実演では若者たちのアンサンブルでの出番が中心になってきます。主役の面々を立てつつ、出過ぎず埋もれず自分の仕事を自分の流儀できっちりやるというのは、アンサンブルが多い演目では重要ではありますが、一方で難しくもあります。ここでの彼はそういう匙加減が絶妙です^^共演陣も理想的!(何度聴いてもショーナルにタッデイでびっくりするw)

・バルトロ(W.A.モーツァルト『フィガロの結婚』)
ジュリーニ指揮/タッデイ、モッフォ、ヴェヒター、シュヴァルツコップフ、コッソット、カプッチッリ共演/フィルハーモニア管弦楽団&合唱団/1959年録音
>最後に毛色の違うものをひとつ。伊ものの重たい演目でのバイプレーヤーというイメージが強い彼ですが、こんなものも遺しています。そしてこれがまた面白い!コレナのような如何にもブッフォでもなければ、モルのようなモーツァルト流儀と言う訳でもないんですけれども、絶妙に人間臭いバルトロ。フィガロへの復讐を熱く語れば語るほど、「うまくいきませーんよー」というオーラが漂ってきます笑。それでも不思議と嫌みのない、飽きの来ない、そんな人物に仕上がっています。こちらも共演が豪華ですがベストは伯爵夫人でしょう。カプッチッリのアントニオはやたら声が輝かしくて笑えますww
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オペラなひと♪千夜一夜 ~第九十五夜/歌心あふれるGiapponese~

いよいよ四捨五入すると100回と言うエリアまで入ってきました!
思えば遠くへ来たものだ、などと我ながら暢気な驚きを隠せません。そして、こんな中身の記事でもきちんと読んでくださっている方がいらっしゃるのですからありがたい話です。
ちなみに、次回から4回はまたちょっとシリーズものを準備しています^^

ここまで様々な国の歌手をご紹介してきましたが、どうしてもオペラの生まれた西欧文化圏の人たちが多くなります。これはまあ致し方ないことではあるのですが、一方で昨今のグローバルな流れの中で、東洋人も活躍する機会を徐々に掴めるようになってきています。コロラテューラの名手ジョ・スミを輩出した韓国、近年各地で活躍する歌手が登場している中国、そして我らが日本に於いても国際的に活躍する歌手が登場しています。
100回を前にしてそうした我が国の名手の1人を、今回はご紹介しましょう。

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堀内 康雄
(Horiuchi Yasuo)
1965~
Baritone
Japan

現在日本で実力のあるオペラ歌手を考えたときに筆頭に挙がるひとの1人でしょう^^
伊もの、特にヴェルディでの彼の歌の見事さは衆目一致するところではないかと思います。

私が彼の歌を初めて聴いたのは実はオペラではなくて、もう10年ほど前になるでしょうか、池袋芸術劇場での『カルミナ・ブラーナ』(C.オルフ)のバリトン独唱でした。輪郭のくっきりした美声と力強いカンタンテは強く印象に残り、ああ日本にもこんなに素晴らしいバリトンがいるんだと感動したのを覚えています。とはいえ恥ずかしながら当時は日本人歌手の知識は殆どなく、『カルミナ』なんてバリトンのオイシい楽曲で、しかもたまたま知人の伝手で1階の前から数列目という非常にいい席で鑑賞できたにもかかわらず、今思うとかなり勿体ない聴き方をしていたような気がするのですが^^;

最初の印象が『カルミナ』だったので、独もの中心に活躍されていると暫く勝手に思っていたのですが、その後暫くして確かNHKのニューイヤーでヴェルディを聴いてその本領を知って惚れなおしました。実演にも何度か足を運び、毎度その力演に感服しています。正直なところ無名のバリトンを海外から招聘するんだったら、彼に歌ってもらった方が良かったんじゃないのと思った公演も少なからず…それぐらいの実力者です。

個人的には音源が少ないのが寂しいです。全曲の吹き込みとまではなかなかいかないにしても、せめてアリア集でも出していただけたら勇んで買いに行くのですが^^;

<ここがすごい!>
聴くたびに思うのは、その持ち声の素晴らしさでしょう。響きが非常に豊かで甘みのある美声。日本人歌手としてと言う話ではなく、オペラ歌手全体でみてもかなり恵まれた声と言っていいのではないかと思います。やわらかでしっかりと実の詰まった声は流麗な旋律によく栄えます。年末には第9も歌っていますし私が最初に聴いたオルフも良かった訳ですが、そうは言ってもやはり歌心に溢れた伊ものを歌っているときがいちばんでしょう^^まさに水を得た魚と言うべき堂に入った歌いぶりを楽しむことができます。

そう、先ほど「歌心」ということばを遣いましたが、彼の歌には本当にこれが籠っているように思います。類稀な声そのものに頼って歌うのではなくて、楽譜や歌詞をきちんと掘り下げて、更に役柄に共感して歌っているのが音声のみからでもひしひしと感じられるのです。歌心というと感情の赴くままにというイメージを持たれる方もいらっしゃるかと思いますが、私自身は知的な分析と組み立てがあって初めて成り立つものだと考えています。もちろんその分析と組み立てはあくまで骨組みで、それだけポンと出されても説明臭くなってしまう。その下地ができてからがセンスの出番で、そこから裏付けられる、この人物ならどうかと言うものの蓄積が、説得力のある歌心を作るのではないかと。つまり、そこにたどり着くまでには入念で知的なアプローチと卓越した表現のセンスとが重要なファクターになると思うのです。堀内の歌は決して説明的ではないですが、そもそもののセンスがあった上で、こうしたしっかりとした“仕事”がなされていることがひしひしと感じられます。基本的には彼の歌は非常に端正で、時たま声を荒げるなどの芝居を最小限で加えるというスタイルだと思っていますが、そうした裏の部分が垣間見えるからこそ、ただ綺麗に歌っただけという印象には絶対にならない。むしろそうして考えた末に、整った歌い口に行きついているんだということがわかる歌唱と言えるのではないかと。
内外問わずこうした歌を聴かせる歌手はほんの一握りですし、蓋し日本が誇る世界第一線の藝術家と思っています。

まずはやはりヴェルディで聴きたいと思う人ではありますが、ドラマティックな歌唱が要求されるより時代の下った作曲家の作品にも合っています。特にジェラール(U.ジョルダーノ『アンドレア・シェニエ』)やスカルピア(G.プッチーニ『トスカ』)は、僕自身聴けているのはいずれもNHKニューイヤーのガラでの歌唱だけですが、いずれも絶品です。全曲も是非とも聴いてみたいところ^^

<ここは微妙かも(^^;>
伊ものが最高だと述べてきましたが、やはりヴェルディを歌うようなバリトンなので、転がしの多い役などはちょっと違うかなと言う印象です。一度フィガロ(G.ロッシーニ『セビリャの理髪師』)の実演を観たときには、その主役としての抜群の存在感は傑出している一方で、どうしてもロッシーニ対しては重たいという感じは否めませんでした。カプッチッリやバスティアニーニのフィガロを聴いたときに持った感触に近いです^^;

あとは繰返しになりますが録音が少ない……どうやら西国のレーベルで『リゴレット』と『ナブッコ』(いずれもG.F.F.ヴェルディ)を入れたものがあるようなのですが、入手はかなり困難な模様。それなりに頑張って探しているのですが^^;

<オススメ録音♪>
・マクベス(G.F.F.ヴェルディ『マクベス』)
サッカーニ指揮/ルカーチ、キシュ、タノヴィツキ共演/ ブダペスト交響楽団&合唱団/2009年録音
>現在のところ手に入るオペラの音盤としては唯一のもの。終幕の合唱に欠損があったりバンクォーのタノヴィツキが非力だったり残念なところもあるものの、彼の得意とするヴェルディ、しかもいろいろと要求の多い役であるマクベスを全曲堪能できるという意味ではこれは非常にありがたいです。果たして期待どおりの名唱!伊的なやわらかでたっぷりとした声に加えて、彼一流の知的な役作りが冴えています。この役はカンタービレを聴かせる伊国の歌手では狂乱や幻影の場面の表現がのっぺりしがちな一方、そういった場面では秀逸な歌唱を聴かせるフィッシャー=ディースカウなどでは流麗さや伊ものに欲しい声のふくよかさに欠けたりして意外と納得のいく演奏が少ないなかで、その渇を癒すのに十分なパフォーマンスではないでしょうか。王にまで登りつめるふてぶてしい武将としての顔と罪の意識に苛まれる気弱な男としての顔といずれも感じさせる多面的な演唱はまったくお見事です。彼に対してもう一人の主役と言うべきルカーチも、立ち上がりこそ不安定なものの、パワーのある声をフルに使って隈取りのマクベス夫人を作っています。この作品はこの2人の出来次第でかなり印象が左右されるので、彼らの出来がいいのは大変嬉しい!^^洪国の名テノール、キシュもまたいい仕事をしています。まずは堀内の魅力を知るためにはいい演奏ではないかと。

・ポーザ侯爵ロドリーグ(G.F.F.ヴェルディ『ドン・カルロ』)
佐藤指揮/コロンバーラ、佐野、浜田、小山、妻屋、ハオ、ゴーティエ共演/ザ・オペラ・バンド&武蔵野音楽大学(合唱)/2014年録音
>これは実演(コンサート形式)を観に行きました。仏語版日本初演と言うことでしたが、単に仏語5幕版と言うだけではなく部分的に初演の音楽を取り入れた演奏で、熱狂的なヴェルディに酔ったというよりは、より学究的に面白い公演だったと思います。登場人物の印象も伊語版と仏語盤ではかなり異なっていて、伊語版ロドリーゴでは熱気のある政治活動家という空気のある一方、仏語版のロドリーグではより知的な思想家的な雰囲気を纏っている訳ですが、しっかりとこの人物造形の違いを感じさせるアプローチでした。馬力のある声とアツい表現で押していくというよりは、丁寧に練り上げた品のある優美な歌いぶりで、この誰からも頼られる人物を真摯に描き出しているという感じ。見せ場である死の場面も華々しく散る訳ではなく、しみじみと哀しみを感じさせるような歌唱でした。

・リゴレット(G.F.F.ヴェルディ『リゴレット』)
詳細不明
>これは残念ながらyoutubeにあがっていた“悪魔め鬼め”しか聴くことができていませんが、それだけでもまさしく絶唱と言うべきもの。しかも、それが性格的な演技や或意味で仰々しい歌いぶりから齎されたものではなく、丹念に整った歌を磨き上げた結果に出来上がっている点が、尚のこと凄いことだと思います。その声の質も含めてブルゾンと比較している人もいましたが、それはこれを聴くと納得がいきますね^^しかしこれを聴くと、入手困難な全曲盤をどうしても手に入れたくなるという…笑。

・バルナバ(A.ポンキエッリ『ジョコンダ』)
菊池指揮/マトス、イグン、カッシアン、彭、鳥木共演/東京フィルハーモニー交響楽団
合唱、藤原歌劇団合唱部&多摩ファミリーシンガーズ/2009年録音
>これは全曲がTV収録されたものがあるそうなので全曲観たいのですが、部分的にしか観られていないです(マトスがそれはそれは凄かったらしい…アルヴィーゼの彭がダメダメだったというからそれはちょっとアレなんだけど)。この役はイァーゴへと繋がる癖の強い悪の権化ですが(本作の台本を書いたのは、後に『オテロ』の台本を手掛けるボーイト)、堀内はいつもながら整った歌から多面的なキャラクターを創りあげています。舟歌でののびやかで明るい高音も華がある一方、独白で漂わせるどす黒い空気もまた悪の魅力を感じさせます。伊ものを得意とする彼の面目躍如と言ったところではないかと^^

・カルロ・ジェラール(U.ジョルダーノ『アンドレア・シェニエ』)
飯森指揮/東京フィルハーモニー交響楽団、新国立劇場合唱団、二期会合唱団、藤原歌劇団合唱部/2009年録音
>残る2つは上述のとおりNHKニューイヤー・オペラ・ガラで視聴したものです。歌われたのは当然アリアですが、これがまた秀逸!革命の成功で栄華を得ながらも、齎された結果が理想とは乖離してしまったジェラールの想いを、苦々しいダンディズムで活写しています。魂を抉るような彫り込みの深い歌唱で、客席の大ブラヴォーも納得のもの。歴代あまねく名バリトンたちがこの歌をうたってきていますが、その中でも指折りのものではないかと!

・スカルピア男爵(G.プッチーニ『トスカ』)
下野指揮/東京フィルハーモニー交響楽団、新国立劇場合唱団、二期会合唱団、藤原歌劇団合唱部/2012年録音
>ここでのテ=デウムがまた大変な名唱!屈折した性格的な役作りに重きを置くのではなく、貴族的で品位があってむしろ優雅なぐらいの歌い口にも拘わらず、何処をとっても噎せかえるような悪の匂いを纏った演唱です。非常に大物感のある、スケールの大きな悪役ぶりで、刺されてもそう簡単には死ななさそうwこれだけラスボス感のある、堂々たるスカルピアはなかなか聴くことができません。彼に合わせるなら相当気の強いトスカと立派なカヴァラドッシがいなければ位負けしてしまうでしょう。
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